47. オーガの使節団
また別の日になる。
どんよりとした曇り空で非常に寒かった。
食堂の暖炉の火を
たとえ誰もいなくても焚べねばならぬと
ユーリはいそいそと準備をしていた。
控え室に戻ってくると
デスクの上にメモが置いてあった。
サムエルからである。
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ユーリエ・ローワン様
今夜極秘の会議をしたいので
午後10時ごろまた来ます。
念の為防音の魔法と、対物理結界を
控え室に施してください。
サムエル・ロビンズ
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サムエルの字は何というか
エルフ文字と人間の共通文字とを混ぜたような
不思議な筆跡をしていて
ユーリからすると少々読みにくい。
最近サムエルはお忙しいらしく
こちらに来る事がグッと減った。
しかしこうしてメモ書きが置いてあることは
増えていたのである。
それにしても、極秘・・・
ここまで徹底して漏らしたくない話題とは
一体何なのか。
ユーリは少々ビビっていた。
防音の魔法、ユーリもやったことはなかったが
おそらく対物理結界に条件を加えれば
何とかなりそうだと
応用してみることにした。
そして、迎えた午後10時。
しかし、サムエルは10:30に現れた。
先の会議が長引いたと言い訳している。
何やら疲れた顔をしているのだが
あえて言うまい。
もう、サムエルが嫌いなワードも心得ている。
代わりにお疲れ様ですといいつつ
紅茶と、いつものしょっぱいクッキーを出した。
サムエルは話始める。
「新聞で読んでると思うけど
闇の帝王の側近のザラストルっていうオーガが
スポークスマンになって停戦合意が進んでるでしょ?
・・・君に話したっけ?
彼って以前僕を闇の軍勢に勧誘してきたオーガなんだよね。」
ユーリはこの情報には驚いた。
以前、エルフ国王妹殿下のご成婚式で演舞しに行った際
オーガの大臣に会って
”力を与える代わりに一緒に世界を征服しよう”
って言われた・・・と
話していたのを思い出す。
「あの時のお話のオーガだったんですね。
そんな物騒なこと言う人だったんですか?
報道ではかなり紳士的で友好的な人物だと・・・」
サムエルは渋い顔をする。
「うん・・・というか
かなりの役者って感じかな。
情勢次第でどっちにも良い顔できる感じ。
外交官にはもってこいな奴だと思う。
個人的にはあんまり信用したくないけどね。
エルフ王と、人間の外交官長には正直に進言した。
・・・後、あいつすごい女好きだぜ!」
なるほど、やはり裏の顔
と言うものは誰にでもある者なのだな。
・・・最後のはどうでも良い情報である。
サムエルはまた切り出す。
「いや、こんな悪口を言うために来たわけじゃないんだよ。
それでね、このザラストル率いる闇の軍勢の使節団が
今度の停戦合意の調印のために
セントラルタワーに来ることが正式に決まったんだよ。
これプレスリリース前だから!
絶対喋っちゃダメだからね!」
ユーリは目を開いた。
セントラルタワーとは、150年前多族種連盟が
ここ、東大陸に近く太中洋の南部に浮かぶ島に
本拠地となる塔を建てたのである。
これがセントラルタワーと呼ばれる
建物であった。
「そこで考えたんだけど、いくつか経由地が必要でね。
北の本拠地からは遠いからさ。
で、今ザラストルは
丁度この東大陸の上にある
島にいるらしいんだ。」
「・・・それって・・・」
サムエルはハッとする。
「あ、そうか、もしかしてユーリが生まれた島か。
また複雑だな・・・でも良い機会だと思うんだよね。
勿論無理強いはしないけど。」
サムエルは、気まずそうに言う。
今ザラストルがいる島は
十数年前闇の軍勢に乗っ取られてしまった
ユーリの生まれ故郷のことであると思われる。
ユーリがそこで過ごしたのはほんの1,2年ほどなので
島の記憶は無いのであった。
「・・・えと、だから何をしろと? 」
問題はそこであった。
「ルート的にここが経由地に丁度良いんだよ。
自前の高速馬車で来ると思うけど
やっぱり一回はどこかに泊まったほうが良いらしくて。
受け入れてくれるところは少ないみたい。
特に地方はね。
だから、小羽屋で使節団受け入れしてみない?
・・・と思って。
そうすれば、多種族連盟に恩も売れるし
お金も出るからさ。」
ユーリは、サムエルの言動には
もうそうそう驚かないだろうと思っていたが
ここに来て性懲りも無く驚くことになるとは。
ユーリが混乱して何も言えないでいると
サムエルはフォローする。
「そりゃね、気持ち的に難しいと思うんだ。
だから、絶対に無理強いはしないけど・・・」
「あ、いえ、そうではなくてですね。」
ユーリは、一旦自身の懸念点をまとめて
また改めて発言する。
メモを取り出した。
「まず、何名様ですか?」
「ザラストル含めて5名」
・・・思ったより多い。
しかも絶対1人一室だろう。
「いつですか?」
「少なくとも調印式の1週間は前についてないといけないから
今から2週間後くらい。」
・・・またえらく急な話だ。
「何泊ですか?」
「多くても2泊だと思う。」
・・・うーん。
ユーリは少々悩む。
基本的には、泊まりたいお客様をお断りするのは
自身の浅い支配人としての経験であるが
ポリシーに反する気がする。
引っかかるのは、自身の気持ちというよりは・・・
「何点か私が懸念するのは、村民の安全と、宿泊客の安全・・・
そして、ゴンゴルドの件もあった訳ですし
村民のオーガに対する感情は他より良くないですよ。
だから、村民に知られるのはまずいですよね。
あと、政治的に、北東島出身の私が支配人の宿に泊まるって・・・
どうなんですか?」
一気にしゃべった。
サムエルは一瞬驚いた顔をしたが
うーーん・・・と
悩み始めた。
「そこは、極秘にしてもらおう。
イーシュトライン侯爵と
リトルウィング村長には話を通すとして。
安全については、クラウドとも相談するし
彼らも流石に、今この時期に人を襲うことはしないだろ?」
・・・ユーリは他に何か見落としている問題がないか
深く考える。
やはり問題は、安全面と政治的なことだ。
「それがクリアできるのであれば、私は良いと思います。
特に、今回の滞在が極秘でということであれば。」
サムエルは、素直に驚いた顔をした。
「ユーリって、こういう所、本当にすごいよね。
頑なに見えて柔軟と言うか・・・
提案しておいて何だけど。
僕もゴンゴルドの件もあったし
リトルウイングはどうかなと思ったんだ。
他の地域の宿屋とかも軒並みお断りらしいんだ。」
ユーリは褒められたと認め
素直に照れることにした。
「とはいえ、政治的な判断と
イーシュトライン侯爵閣下
リトルウイング村長の判断になる訳ですけど。」
ユーリの方は、よしっと覚悟を決めた。
「今の所閑散期で、あまりお客様もいらっしゃらないので
基本的に受け入れはできると思うのです。
いらっしゃる時期にお客様がいた場合、ルミナス高原牧場さんに
引き取ってもらいます。」
ユーリは脳内でシチュエーションを展開し始めた。
オーガの外交官ザラストル御一行のご宿泊が正式に決まったのは
これより3日後のことであった。




