0.5. イーシュトラインにて
高速乗合馬車は、東海岸北部最大の都市
イーシュトラインの中央広場に到着した。
これより北の辺境は、
特にリトル・ウイング村に近づくにつれて
雷のゴンゴルドの手下がうろついており
一般の乗合馬車は危険であるとのことだ。
ここからは、リトル・ウイング村に行く方法を
自分で見つけなければならない。
前回の一時帰省の際もそうであった・・・
答えは決まっている。
役場の冒険者ギルドに依頼を出す他ない。
しかしながら、そう苦労せず
すぐに見つかるだろうと鷹を括って
役場を目指すことにした。
通りがかりの小さな可愛らしい菓子店で
フィヨナお婆ちゃんの好きそうな
りんごのクランブルケーキを見つけた。
都で買った紅茶とも合いそうだ・・・
と、そのケーキを買うことにする。
財布をポケットから取り出そうとした時
ぽろっと、先ほどの高速馬車の乗合証明書が飛び出てきた
それは隣で会計のために並んでいる、初老の紳士の足元に落ちた。
ユーリはすみません、と小声で謝り
慌てて拾おうとする。
紳士はスッと証明書を拾い上げて
その紙をじっとみてから、渡してくれた。
会計を済ませ、店を出ようとすると
先ほどの紳士がついてきて尋ねてきた。
「君、リトル・ウィングに行くのかね?」
ユーリが振り返る。身なりの良い紳士であった。
「はい、そうです。」
乗合証明には、最終目的地は記載が必須であった。
「先ほどの高速乗合の馬車できたのだろう?
何やらあそこは今大変らしいじゃないか
数日前、雷のゴンゴルドにちょっかいを出した冒険者がいたとかで
昨日は周辺に大雷が落ちて
住民に避難命令まで出たそうだぞ。」
「え?そうなんですか?」
「私もリトル・ウィング村に用事があるんだが・・・
続報が無く、あそこも辺鄙なところだから状況も掴めないらしくて。
数日前の雷を観測してから王都の偵察員が行ってるらしいのだが・・・
お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
ユーリは自身の顔が
一瞬のうち冷たくなったことに気がついた。
元々色白な方ではあるが
他人から見たら更に青白く
酷い顔色なのだろうと想像がついた。
「や、すまない、しかしこれが事実なんだ。
お嬢ちゃんも大変だろうが
少々この街で状況確認をしてから行ったほうが良いよ。」
とだけ言うと、紳士は
失敬、と言いながら気まずそうに
サッサと姿を消してしまった。
リトル・ウイング村方面に大きな雷と、住民の避難命令
フィヨナお婆ちゃん、小羽屋、リトルウイング、雷・・・
もっと早くお婆ちゃんを都に連れて行く判断をすればよかった
ゴンゴルドに手を出したのは誰・・・・・?
ユーリはしばし菓子店の前で立ちすくんだ。
待て待て、一旦落ち着いて、現実を受け止めようじゃないか。
巡りめく思考を一旦落ち着かせよう
ふーうっ、と大きなため息をついた。
ここで自分が取り乱しても状況は変わらない。
情報を集めよう。
どちらにしろ行かなければならない
イーシュトライン役場の冒険者課へ・・・!
イーシュトライン役場はその菓子店から歩いて数分で到着した。
石造の立派な建物に入ると
入口からほど近い場所に冒険者課はあった。
既に冒険者風の人々が群がっており
混乱していることは、誰の目から見ても明らかであった。
冒険者は口々に騒いでいる。
「おい、リトルウイングはどうなってる?」
「ゴンゴルドは?」
「あの雷はなんだ?」
受付係の人もかなり困っていた
「落ち着いてください!只今情報収集中です!!」
「リトルウイング行きの乗合馬車はねぇのか?」
「只今、リトル・ウイング村は入村規制がかかっています!!」
「今、リトル・ウイング村へは行けませんよ!!」
やはりあの初老の紳士が言っていたことは本当だったんだ。
ユーリはまた顔が冷たくなるのを感じた・・・
「あれ、ユーリ・・・だよね?
ユーリエ・ローワン!こんなところで何してるの?」
急に、名前を呼ばれた。
その方を見やると
ややぽってりとした風貌の同い年くらいの男性が
気の抜けた顔で立っている。
その顔を見ると一気に様々な思い出が蘇ってきた。
そこには、ユーリの小さい頃
リトル・ウイング村へ旅行に行くと
良く一緒に遊んだ子供。
毎年旅行に来たら、同い年の子供の少ないところだったので
お互い楽しかった。
一緒にカエルの足を縛って散歩風に泳がせたな・・・
ザリガニを釣って、道の端から端へ競走させたな・・・
こんな変な思い出はもはやどうでもいい。
小羽屋の隣の家に住んでいた
最新情報では、フィヨナお婆ちゃんを手伝って
忙しさのあまりトンズラしたと言われている
エミル
・・・が、10年、成長したような姿の青年が立っていた。
おそらくは、エミル本人、その人である。