46. 雰囲気
世の中は闇の帝王との停戦合意に湧いていた。
一向に闇の帝王ご本人の
肝心な情報は明るみにならないが
停戦の申し出を受ける声明を発表したと言う
闇の帝王直近の人喰い鬼ザラストル。
彼の噂が早馬の様に駆け巡った。
オーガ
ユーリがここへ来るきっかけとなった
雷のゴンゴルドもそうであるが
人喰い鬼として知られている。
人間より2、3回り大きく筋肉質な体
ツノや牙が生えていることが多い。
いかにも恐ろしげな見た目をしている。
しかしながら、やはりオーガもゴブリンと等しく
高度な社会構築をする種族と知られ
人、人以外も以外も捕食することから
その恐ろしさは人々に焼きつかれることになっているのだが
人及び光の民は捕食しないと宣言して
光の民の国の中に自治区を持つ者達も多くいる。
人間領にもいくつか有名な自治区が存在しており
四大陸多種族合同裁判所に加入している自治区もあるのが有名である。
話題のザラストル
と言うオーガは
闇の民の軍勢領土に拠点を置いているものの
極めて紳士的で、知的
生涯で一度も
光の民の種族を食したことが無いと宣言しており
非暴力的な対応を好むと言うことが
専らの話題であった。
日刊多人種新聞の一面に映るザラストルは
似顔絵であるが、オーガとは思えない
穏やかな顔をしていた。
もっとも、ユーリはオーガに対峙したことが
一度もなかったので
オーガの顔が本来どんなものかは
当然に知らない。
こうも平和な話題に事欠かない新聞を読んでいるにもかかわらず
ユーリは眉間に皺を寄せて、渋い顔をしていた。
ユーリの懸念通り、通称ゴブリン合宿
"リトルウイング村ゴブリン討伐訓練合宿 ~冒険者育成プロジェクト~"
これは、正式に一時見合わせとなってしまった。
実際、停戦の話題が浮上してからはゴブリンの出現が
ぴたりと止まったのである。
「これからって、景気は良くなるんでしょうか
悪くなるんでしょうか?」
ユーリはその晩、サムエルに
転移の鏡ごしに話しかける。
収穫祭が終わるとリトルウィングは途端に寒くなり
雪がちらつく季節となった。
雪景色を楽しむにはまだ早いし
何につけても寒いため
観光のお客様はめっきり見なくなってしまった。
それに加えて、今後討伐目的の
冒険者がいなくなるとあれば
集客の希望もない。
・・・元々ゴンゴルドインパクト以来ほとんど
目立った冒険者のお客様はあまりいないのだが。
「これから軍縮も始まるかもだし
戦争特需があった所はもちろん景気が悪くなるよね。
でも、インフラ再生事業とか
投資家が動きやすくなるとか
輸出業も盛んになるかもだからね。
前も言ったけど、こう言うのはどっちに乗っかるかだよ。
どうとでもなるんだから。」
「目先のことに囚われない方がいいよ。」
サムエルの言うことはご最もであり
将来的にはもちろんそうなのであろう。
だが、現にユーリは
今月の資金繰りに頭を悩ませていた。
繁忙期閑散期と言う波にすら、抗えていないのに
この大きな情勢変化に
どの様に飲まれていくのであろうか。
たまらなく不安な気持ちになる。
そんなユーリの心理を察してか
サムエルは続ける。
「ひとまず、この間話したと思うけど
こうなった以上は
娯楽系に走った方がいいと思うよ。
音楽と舞踏で誘致!
この辺りの奴ならすぐ呼べるから
定期的に来てもらおうよ。」
転移の鏡の向こうからチラシが何枚か飛んできた。
それを見ると、綺麗な女性の絵と
彼女らのものであろう名前
プロフィールが書いてあった。
「プロの舞踏家と、演奏家ね。
界隈ではかなり有名な奴らだよ。
①の人には既に話してるんだけど
かなり興味持ってたよ!」
何やらデジャブである。
・・・が、しかし
今回は弟子ではなく同業者か。
今回はここで自分の下で
働いてもらうわけでは無いので
大丈夫・・・と思いたい。
①と書いてある紙を見る。
綺麗な人間の女性であった。
ユーリよりは少々お姉さん
エリナやクラウド達よりは
少々年下に見える。
ミレーネ・サーラ
横笛の演奏家であった。
舞踏もするとのことである。
ユーリは収穫祭の後からずっと考えていた。
あの収穫祭の様に
音楽と舞踏が溢れる村
と言うものには非常にそそられる物があった。
魔物討伐の依頼のついでに泊まるのではなく
この村に来たい
この宿に泊まりたい
そう言うお客様にもっと来ていただきたい。
是非この何も無い辺境の村の宿屋
と言う位置付けからは脱却したい。
その思いは強かった。
「このミレーネ様は・・・どうすれば良いですか?」
決意は固いものの
そう簡単にアイディアは出てこない。
「これから閑散期になるから、それを使って
こう言う演奏家や舞踏家を呼んで
タダで泊まらせる代わりに
演奏会やって!
みたいに、したいんだけど。
とりあえずは
こことの相性もあるから
何人か呼んでみたいんだけど
どうかな?」
・・・ユーリとしては
すぐにこのアイディアが良いのか悪いのか
判断をしかねていたが
ここは乗っておくべきであると判断した。
「お願いします!」
・・・
「雰囲気が悪いって言われたんだけど。」
サムエルはかなり不機嫌である。
「何の話ですか?」
ある晩突然鏡の向こうから話しかけてきた
サムエルが急に何を言い出すのか
ユーリにはさっぱりわからなかった。
「ミレーネが、支配人の雰囲気が悪いって言うんだよ。」
サムエルはかなり怒っていた。
ユーリは思考が停止していたが
何故そう言われるに至ったのか。
とりあえずは
ここ数日のことを思い返すことにした。
・・・
あの、音楽と舞踏とで宿泊客を誘致しようと決意した夜その数日後
サムエルはミレーネ・サーラを連れて
小羽屋に現れた。
王都に住んでいた彼女のために
ザイカの高速馬車も
もう一つ王都よりの街まで駆けつけた。
ザイカが手を引いて
馬車から優雅に降りてくるミレーネ様は
写真で見るよりも大層美しく
女のユーリですら惚れ惚れする女性であった。
あの紙に書いてあった通り
王立劇場を満席にする横笛奏者
と言うのも頷ける。
ユーリは高速でなければ
馬車も操れる様になっていたので
ミレーネに観光案内をし
食事は・・・マシなところがないので
全てユーリとサムエルで用意した。
ユーリとサムエルはこの日のために
数日間寒い中釣り糸を垂らし続け
ルミナストラウトとヌマエビを
しこたま集めた。
その日の、朝取れ野菜を仕入れ
ルミナス高原牧場から上等なチーズ
羊も一頭
尊き食肉にしてもらったのである。
ミレーネは終始笑みを湛えていた。
最も、ユーリとはあまり会話をしなかったが。
サムエルとは楽しそうに過ごしていたと
お見受けしたが・・・
・・・
「雰囲気が悪い。」
今、ユーリは現実のレベルに戻ってきた。
あれの後で、雰囲気が悪い・・・・
「あいつも、有名な、いわゆる業界人だからな。
君の気苦労が滲み出てて楽しめない。
とか言うんだよ。」
それを聞けば
日常の接客でも、ユーリには覚えがある気がした。
冒険者や、学者相手ならまだしも
観光でウキウキのお客様や
ハネムーンでウハウハのお客様を
さっきまで日々の資金繰りと
人材不足に悩みまくっていた頭で
御対応するのだ。
突如、金槌で頭を殴られるような感覚に見舞われる。
ようやくユーリが抱えていた
この違和感が言語化された気がした。
支配人の雰囲気が悪い。
しかも、ユーリからしてみれば
かなり頑張って接待した、と思う。
サムエルとも綿密に意識合わせもした。
されど、結果は結果。
きっとユーリの想像も付かぬほどの大舞台を
何度何度も経験した
ミレーネならではの表現なのかもしれない。
それに尽きる。
支配人の雰囲気が悪い。
だから、台無しだと。
そう言うことだ。
グゥの音も出ないお言葉だ。
「でもさ、こんなに大変なのに
そればっかりは仕方ないと思うんだよね。
でも、お客様にそれ言われちゃうのは良くないからさ!
僕もたまに舞台公演の後“疲れてたの?”とか
聞かれると焦るわけで・・・」
サムエルは慌ててフォローしていた。
ユーリが暫し
魂が抜けた顔をしているのを
見受けたのだろう。
しかし、ユーリの耳にはほとんど入って来ない。
あのミレーネ様だとて
あの地位に上り詰めるのに
相当の苦労をしただろう。
それをお首にも出さず・・・
「ミレーネ様にご満足頂けなかったと言うことでしたら
申し訳ありません。その様にお伝えください。
以後、気をつけ、精進いたします。
サムエルにも・・・申し訳ありません。」
ユーリはミレーネ様とサムエルに対して
今思ったことを精一杯発言するしかなかった。
気をつけ方など、勿論思いつかないのだが。
今回のこの
支配人の雰囲気が悪い。
と言う言葉は、いつもの他の批評と比べると
胸にくる物があった。
何やら非常に自分が情けなく思えてくる。
サムエルは、うんとも否とも言わない。
暫しの沈黙が訪れた。
次の発言はサムエルであった。
「まあ、実力ある人にこう言われたことは
事実だからさ。
これは、現実として受け泊めよう。
今後こう言われない様にしていこう。」
サムエルは、これ飲んで、と
王都で買ってきたと思われる
高級そうなワインのボトルを
その場に置く。
そして、足早に本日は
転移の鏡の向こう側に帰っていってしまった。
”支配人の雰囲気が悪い”
その言葉を反芻しながら
暫し、サムエルが置いていったワインのボトルを見つめていた。
転移の鏡が
普通の姿見鏡に戻る頃
眉間に皺を寄せ暗い顔をした
自身の顔がが映り込んでいるのが
ユーリには見えた。
確かに、これは雰囲気が悪いな。
一層、胃の奥をぐっと掴まれる様な気分になった。
ユーリの膝にはやがて
猫の九が座り込み
ゴロゴロと聴き心地の良い声を
放っていた。




