45. 停戦合意
「朝食の準備!!」
ユーリは飛び起きた。
習慣は染み付いているもので
どんなに深酒をしても
小羽屋の朝食準備のためには目が覚めるものだ。
辺りを見渡すとまだ暗い。
いつもの起床時間よりまだまだ早い様である。
損したような得をしたような気分になる。
いつの間にか自室で寝ていたらしい。
しかも寝巻きでは無く
元着ていた服のままである。
どうやって帰ってきたのかの記憶が曖昧だ。
最後サムエル御一行、ザイカ、ザイカの彼氏、モメラスと一緒に小羽屋で
二次会が開催された記憶がある。
うん、おそらく大丈夫だろう・・・
自身を言い聞かせる。
今確かめる術はないのだが。
・・・
本日は朝食の準備を早く終えて
村役場へ赴く。
昨日の収穫祭の後片付けに加勢するためである。
ところが、昨日の今日、午前中にして
すっかりお祭りの設営が撤収されていた。
皆、あんなに飲んでいたのに。
よく片付けまでできたなと
ユーリは感心してしまった。
村長が歩いていたので声をかけてみる。
「例年片付けはコボルト達の仕事なんだ。
だからこのお祭りの時期は
いつもよりご馳走をこっそり用意してる。
昨日も宴席の片隅に沢山のお粥を用意したんだよ。
多分村中のコボルトが集まって、片付けてくれたんだね。
この祭りは本当にさまざまな種族の者達が参加しているんだ。」
村長は誇らしげに語っていた。
そうか、じゃあヒーロも参加していたかもしれない。
・・・一緒に酒宴を楽しみたかったと思ってしまうのは
きっと、ユーリのエゴなのかもしれないが。
少々惜しい気がした。
その晩、何となく厨房で食材の在庫整理をしていたら
ヒーロの気配がしたので
声をかけてみることにした。
「ヒーロ、お疲れ様。
昨日収穫祭に参加した?」
ヒーロはユーリの目の前にスッと現れた。
ニコニコと笑っている。
「はい、参加させていただきましたわ。
ユーリの演奏も興味深く拝聴していましてよ。
とても素晴らしかったです。
珍しい楽器ですわよね。
とても好きな音色ですわ。」
・・・聞いていてくれたのか。
「あ、ありがとう。ヒーロ。
ち、ちなみに何だけど、私結構酔ってた?
知ってる?」
ヒーロに聞いてみることにした。
サムエル達は早朝に転移の鏡で帰ってしまっていて
会う事ができなかった。
ヒーロは少々考えて話す。
「そうですわね、私からしてみれば、
酒の精霊がかなり
ユーリの理性を司る部分を
食しているように見えました。
ですが、周りから見れば
いつもより少々おちゃらけたユーリに
見えただけではないかと思いますわ。」
・・・独特の言い回しに
安心して良いのか悪いのか
判断がつかずにいた。
「酒の精霊は人の強い理性と記憶
特に楽しくない記憶が大好物なのです。
飲みすぎますと、逆に飲まれてしまいますわよ。」
「気をつけます・・・」
ユーリはまた、いつまで続くかもわからない
断酒を決意することとなる。
「それより、如何なのでしょうか?
私が小耳に挟んだことは本当なのですか?」
・・・話が見えない。
「何のこと?」
ヒーロはハッとし
耳をパタパタとした。
しばらく黙っていると
話始めた。
「闇の帝王が、多種族連盟の停戦の申し出を
受け入れた、とのことですの。
・・・明日プレスリリースされるらしいので
本当のことなんですわね・・・」
と言ったきり
ヒーロは消えてしまっていた。
いつもの綺麗な厨房にポツンと取り残されるユーリ。
しかしその真偽はすぐに確かめられることとなる。
次の日の朝、控え室に行くと
テーブルの上に新聞が置いてあった。
おそらくはサムエルの仕業である。
表面に出ている、一面を見る。
“オテロ・スカルピア氏停戦に合意”
号外であった。
オテロ・スカルピアというのが
闇の帝王、と呼ばれている者なのか。
ユーリも名前を初めて聞いた気がした。
闇の軍勢を率いている、闇の帝王。
・・・このオテロ・スカルピアは
種族、性別、年齢
何もかもが不明であった。
記事を読んでも
オテロ・スカルピア本人のことは
名前以外分からない。
雷のゴンゴルド、ダークエルフオネギンの上司であり
ユーリの出生地を焼き払った張本人だ。
ただその新聞には
ずっと光の民が中心に構成される多種族連盟が提示していた
停戦の申し出、そしてその条件を呑む旨を
手下のオーガが示してきたことが書かれていた。
平和な世の中が実現されるなら
それに越したことはないのだが・・・
ユーリは、ハッと気づいたことがあった。
「ゴブリン退治合宿ってどうなるんですか?」
その晩訪問してきたサムエルに問う。
平和な世の中への期待とか
闇の帝王オテロについてとか
そんな疑問より
真っ先にそっちが気になってしまう性分が
一瞬、嫌になる。
しかしながらユーリにとっては一番の感心ごとだ。
ここリトルウィング周辺で悪事を働いているゴブリンたちは
雷のゴンゴルドの残党であった。
ゴブリンは、場所によっては
四大陸多種族合同裁判所や多種族連盟に
加入している自治区だってあるくらいだ。
組織的な動きをすることが知られている。
停戦とあれば、もちろん大人しくなるのではないか。
「もしかしたら、進行停止かもね。」
サムエルは意外とあっさり
諦めている様に見える。
「ま、よくある事だよ。
こういうのって情勢に左右されるから。
せっかく観光組合まで作ったけど。
・・・まあ、無駄にはならないさ。」
サムエルは今日は何も持ってきていない。
最近飲み過ぎ食べすぎたものと思われる。
それはユーリとて同じであった。
ハチの嫁の九と子のおもちが来たので
おもちと猫じゃらしで遊びながら話していた。
九はユーリの膝の上を陣取っていた。
「まあ、発想としてゴブリン合宿って暗いじゃない?
それより、収穫祭の方が僕は感動したな。
あんなに多種族間が仲良く合同で何かするって
なかなか経験できる事じゃないからね。
あの発想で、町興しした方が絶対良いよ。」
「・・・それはそうですが。」
「これから停戦で治安が良くなったら
きっと冒険より旅行ムーブの方が強くなるから
娯楽の方に走るべきだよ。
閑散期は音楽と舞踏で誘致するのが良いな。
ここには、いい舞台もあるし。」
サムエルは続ける。
「そうすると、お客様が旅行出来る客層
中流から富裕層になってくるよね。
そうすると単価も上がるし
お客さんの層が圧倒的に良くなるよ。」
なるほど。
ユーリもその方が良いと思えてきた。
何となく、イメージは湧くのだが・・・
「具体的にどうしましょう?」
「閑散期は、演奏会とか、演舞会とか
開いたらどうかな。
僕も知り合いに声かけてみよう。」
サムエルはうーんと考える。
「しかも、お客様を引っ張ってこられるくらいの人
じゃないといけないよね。」
すくっと立ち上がった。
「ちょっと当てを辿ってみる。」
とだけいうと
またあっと今に鏡の向こうへ帰っていってしまった。
おもちは急に猫じゃらしの元がいなくなったので
少々名残惜しそうに鏡をじっと見つめていた。
サムエルの当てか・・・
何かまたよからぬ予感がする。
そして小羽屋は
この収穫祭が終わると
絶賛閑散期に入るのである。




