44. 収穫祭-演奏
結局のところ音楽隊は
元々の状態に近い編成に収まった。
とて、様々な改良をしてみたものの
ユーリの楽器の場違い感は拭い去ることができなかった。
しかしユーリも
枯れ木も山の賑わい程度に思ってくれ・・・と
諦めに近い感情が湧き起こる。
最早誰も気にしていないということに気がついた事も
あったかもしれない。
あたりが少々薄暗く、夕焼け色に染まる頃
モーリス村長の挨拶を皮切りに
第150回収穫祭がスタートした。
ユーリ達音楽隊は直前まで練習していたので
役場の一室からそれを見守ることになった。
伝統として最初に開催地の長が挨拶する。
後は
ドワーフ自治区長
エルフ自治区長
トロル自治区長
レプラコーン自治区長
それそれの挨拶の順番は公平を記すために
くじ引きで決まる。
このイーシュトライン観光組合と
小羽屋のランタンが掲げられているこの仮設舞台は
とても立派なもので
魔法で音響が良くなる様になっている。
主にモメラスが力を貸してくれた。
「音が伝わる、と言うのは
空気の振動だから
シルフに振動を手伝ってもらって
湿度も大事だから
空気中のウンディーネにも働きかけると良いよ。」
とのことであった。
舞台のとある位置には
ユーリが拡音の魔法陣を書いたので
その上で喋ると自ずと
声がとても大きくなる。
変わるがわるにその壇上に上がる各自治区の代表
そして今度は来賓挨拶がはじまる・・・
ユーリは時々自分の意識が遠のくのを感じた。
いかんいかんと
目をシバシバさせる。
隣にいるサムエルは
前を見て目を開けているが
目が白黒している。
おそらく全員そうである。
挨拶は、イーシュトライン侯爵の番になった。
閣下は颯爽と壇上に登っていく。
スッと、お辞儀をして
聴衆を見渡す。
「皆様!ご安心ください!
どうやら来賓挨拶も私で最後です!
私からは最早何もありません!
皆様が言い尽くしてくれました!
この記念すべき会を楽しみましょう!」
と実に簡潔な挨拶で締めてくれた。
会場が一番沸いた挨拶であった。
粋だなあ。さすがは太鼓の達人だ
と、ユーリは感心して、目が覚めた。
各種族はブースごとに分かれ
各自治区の名物料理や飲み物を振る舞い
ちょっとした物販も行われている。
確かモメラスも
自身で醸造したエールを振る舞っていると聞いている。
ザイカもどこかで楽しんでいるだろうか。
ユーリもこのお祭りは初めての体験で
見てまわりたい、と言う強い欲と戦っていた。
残念なことにユーリ達の出番が終わるまでは
お預けである。
「へー、こんな感じなんだな。
初めて見たよ。」
サムエルもこの祭りに感心していた。
「レプラコーン製のブーツなんて
王都で買ったらいくらするんだよ・・・
大量に仕入れて転売して良いかな?」
サムエルはレプラコーン自治区のブースを見て言う。
笑ってはいたが、目が本気であった。
「止めませんけど、ぼったくられない様に
気をつけてくださいね。」
レプラコーンは靴職人の妖精として有名で
基本的には他の種族に友好的であるが
例の四大陸多種族裁判所に加入していないのである。
・・・そう言うことである。
いくつかの余興が行われた後
ついにはユーリ達の演奏の出番が回ってきた。
流石に緊張のあまり体が強張る。
壇上に上がる間際となる。
サムエルに肩をポンと叩かれた。
「僕の動きよく見て演奏するんだよ。」
それだけ言うと
いつもの様にさっさと
舞台に行ってしまった。
ユーリもそれに続く。
壇上に立つと、やけに舞台の外の光景がよく見えた。
しかし、演舞の鑑賞に一生懸命な人は少数派で
殆どの者が花より団子が如く
飲み食いに夢中である様に見えた。
・・・かえって緊張しなくて良い。
会場の喧騒はやまないが
舞台では、舞台にいるものしかわからない
束の間の静寂を迎える。
サムエルが動き出すのに合わせて
ユーリのツインコルダの演奏が始まった。
最初の演目が一番今回改変されたところである。
冒頭にユーリのソロパートが存在するのだ。
会場には想像以上の
大音量なツインコルダの音が流れる。
バンドのメンバーにも了解を得ているのだが
ツインコルダは音が小さく
編成人数が増えた影響もあったので
拡音の魔法を使わせてもらった。
モメラスが施した音響を良くする魔法も
良い効果を見せていた。
艶のある、しっとりとした音色が特徴のツインコルダの音色と
それに合わせたサムエルの舞踏。
後ろから、サムエルが踊る様を
ユーリが追う。
絶対のポイントは必ず合わせる。
サムエルが目線で合図してくれる。
それがぴったりと合うと
ユーリも何とも言えなくなる様な高揚感を覚える。
少々の間のユーリとサムエルのデュオ。
それが終わると、他の楽器が合流し
乗りの良い演奏が始まる。
サムエルの舞踏もそれに合わせて
複雑な動きになっていく・・・
そして、最後の演目、終盤。
イーシュトライン侯爵の太鼓ソロ
乱れ打ちがあるのだ。
閣下の意外な一面に会場の一同が湧く。
今回一番の盛り上がりを見せる。
この閣下はすごい。
音楽でも語られる、閣下のカリスマ性。
ユーリも感心せざるを得なかった。
演奏は紆余曲折ありながらも
大成功と言って良いはずだ。
バンド演奏は聴衆の拍手喝采を受けて
終わりを迎えた。
バンドメンバーが舞台袖に帰ってきた。
ユーリはいつも使わない脳の分野を使った様で
出涸らしの様になってしまっていた。
「ユーリ素晴らしかったわよ。」
と言って、クロエがぎゅっと、抱擁してくれる。
包み込まれる柔らかな感触と
華やかな良い匂いが、鼻の奥をくすぐった時
ハッと、目がさめた。
皆からも、ツインコルダ良いな!
ハマりそうだ!
俺にも教えてくれよ!
などと、声をかけてもらった。
そして今回のメインプレイヤー
特にイーシュトライン侯爵には
スペシャルな拍手を送らねばならない。
ユーリは表情筋がすでに限界を迎えているのを感じていたが
最後の力を振り絞って
この、名前も無いお互いの演奏を讃えあう行事に参加する。
遠足はお家に帰るまで
演奏会は・・・この行事までがセットである。