41. 収穫祭準備とユーリの回想
収穫祭まであと一週間という所であった。
街へ出かければところどころに装飾が施されている。
人々もどこか浮き足立っており
舞台で演奏するのであろう楽器を練習している人も多い。
街はお祭りモードへと移行しているのである。
ユーリは音楽が好きであった。
ちょうどバンドネオン、と言う楽器を演奏している人がいる。
両端のボタンを音階を決める押しながら
蛇腹の吹子を機能させつつ奏でる楽器である。
特にこの楽器はお気に入りだった。
とても難しい楽器で
"悪魔の作った楽器"とまで言わしめられるほどだ。
ユーリも習おうと思って一瞬で諦めたのだ・・・
今は聞くだけで良いと思うことにしている。
ユーリは例の収穫祭では
食事提供の役割も与えられている。
鹿肉のシチューを用意する。
この鹿肉は牧場のフェリクス爺ちゃんが
狩って来たものだった。
ちなみにフェリクス爺ちゃんはバンドネオンの名手だった。
本当にあの爺ちゃんは何者なのか。
ざっとシチューが150食分とのことで。
あらかじめ作っておいて
氷結魔法を施するのである。
小羽屋にある一番大きい鍋でも
3回は作って氷結魔法をしなけねばならない。
当日はザイカと作った即席釜戸が活躍する。
ザイカと言えば・・・
思い出すたびにユーリはガックリする。
ザイカの退職願は
ユーリをひどく動揺させていた。
また別のベクトルでも衝撃を受けているのだ。
ザイカの退職理由。
・・・冒険に行きたいから。
ユーリには夢と言うか
やりたい事の様なものが
明確にあった事があるだろうか。
いつも何かの大きな波に流されている。
進路の決定も魔法が他の人よりも得意であったと言うだけだ。
小羽屋を管理しているのも、フィヨナお婆ちゃんのためだった。
もちろん、フィヨナお婆ちゃんは寛容な人で
ユーリのわがままは聞いてくれるはずだが・・・
冒険に出たいから、行く。
そんな人生があるとは、考えたこともなかった。
冒険に出る?
もしかしたら死ぬかもしれない。
致命的な怪我を負うかも。
特にユーリは
痛いとか、暑い、寒いと言う環境が大嫌いだった。
生き残れても、その先は?
諸々考えが止まずに頭がうるさい。
ユーリには到底実践出来ないことだった。
警備保障担当のケットシーのハチが今朝
人喰い魔物のオオカメレオンを捉えたことを報告してくれていた。
「おい、ユーリ聞いてんのか?
このカメレオン、討伐以来が出てたから
村役場に申請したら報酬もらえるぞ。」
ハッとユーリは、現実世界に戻ってくる。
「ありがとうハチ。」
頭と喉をヨシヨシする。
ゴロゴロ言い始めるハチ。
このゴロゴロ音には無数の
癒し周波数がある。
「いつものこれあげるね。」
牧場のお爺さんに教えてもらった
例の魚と貝のドロドロ。
猫が飛びつくほどに食いつきが良いので
ユーリはこのえさを“猫まっしぐら”と呼んでいた。
にゃわわわと言いながら、ハチはがっつく。
妻子の九とおもちも餌の気配を感じたのか
やって来たのだが
その前にハチが全部食べてしまった。
後で九とおもちの分も用意しよう。
今日は庭のメンテナンスに
トロルのモメラスも来ていたので
それとなく聞いてみた。
「ザイカのこと聞いた?」
「うん、聞いたよ。
ずっと冒険に出たいとは言ってたからね。
このタイミングでとは思わなかったけど。」
作業を止めてユーリの方を見る。
「・・・ユーリも大変だと思うから
俺も出来ることは協力するよ。
ザイカほど機械が得意な訳じゃないけど。
ちょっとした店番くらいならできるし
どうしても外出の用事がある時とか
呼んでよ。」
「モメラス・・・!」
「もちろん、小羽屋相場の時給と
噂のお粥の賄い付きでね。」
にっこり付け足す。
お支払いさせていただきます!お粥は食べ放題です!
とユーリは深々と頭を下げる。
実際お願いするかは別としても
今のユーリにはジーンと沁みる。
本当にありがたい金言であった。
そして、ユーリは少々心配になってきた。
「あの、モメラスは冒険出たいとか
そう言う予定はある・・・?」
モメラスは一瞬ユーリの顔を見てキョトンとしたが
吹き出して笑う。
・・・笑われてしまった。
「笑ってごめん、無いよ!
俺は冒険したい欲は無いかな。
戦いは好きじゃないし
家に妹と弟が7人いるから
遠出が無理!」
・・・モメラス兄弟そんなにいるんだ。
また意外な発見である。
「でもユーリが冒険に行きたいって言うなら
付き合うから、声かけてね。」
モメラスって本当に良い人、否トロルだ・・・と
しみじみ存在のありがたみに浸った。
とはいえ、ザイカとは3ヶ月もまだ時間がある。
引き継ぎに加え
・・・残って貰えるように何とか引き留めよう。
基本去るもの追わずの性格だったユーリだったが
今回は流石に、頑張って引き止める。
と意気込んていた。
ザイカが友達と言うことは置いておいても
それだけザイカの仕事ぶりには
心の底から助けられていたのである。
ここで新しい人材確保、育成・・・
今のユーリにはとても出来る気がしなかった
と言うのも事実である。
諸々考慮すればやはり
ザイカは引き止めるべきである。
と、判断していた。
そして、最近小羽屋を経営していて
自分について気がついたことがある。
薄々感じていたことだが
ユーリは極端に、他人に興味が沸かない性分なのだ。
他人の醜聞に興味がないことは勿論のこと
基本的に他人にどう思われようと気にならい
他人がどう思っているのか気にならない。
故に人に固執しないし、期待もしない。
いつかエミルにそれを指摘されたこともあった。
利点のようで欠点であると
ユーリは今でこそ思う。
退職していった人たちを引き留めたことも無かったけれども
・・・思い出すと嫌な気持ちになるが
何故エミルや他の従業員達が出て行ったのか。
突き詰めれば
お客様がどうしたら泊まってくれるのか。
そこまで辿り着ける様な気がする。
ユーリは今までの自分の概念を一旦疑って
他人の私生活や思考、行動に
あえて、人に興味を持って
また、少々執着してみようと考えたのである。
・・・・
最近の出来事をぐるぐる考えながらも
収穫祭に出すシチューのために
精神統一修行の如くジャガイモの皮を剥いていた。
ジャガイモの皮を剥いて、芽をとって
具材と合わせ火にかけたら
明日の朝食準備に入らねば。
最近では朝食の利用が増えてきて
ピザの時よりも好評であるとの感触がある。
他の宿に泊まっている人でも
朝食だけ利用したいと言う申し出を受けることが増えてきた。
多少割高に設定して、受け入れられる時は受け入れている。
今日はいつもの様に現れたサムエルが
一緒にジャガイモの皮を剥いてくれていた。
サムエルも皮を剥きながら色々と教えてくれた。
イーシュトライン役場の宿屋番付表は
思いの外お客様の感想が貼られているとのことである。
「小羽屋は特に良いこといっぱい書いてあるから、
一回君も見てほしいなー
朝食のことも、お粥が美味しいって書いてあったよ!」
とのことである。
非常にありがたいことだ。
「部屋に髪の毛落ちてたって評価あったよ。
そこちゃんとヒーロに共有してね!」
「・・・はい。」
まあ、この話は聞いているに違いない。
先ほどまではサムエルと少しだけ演舞の練習をしていた。
自分の見立てでこのツインコルダを投入したのだろうに
「音が単純、歯切れが悪い。」
と言われてしまった。
サムエルの演舞は
エルフ国の伝統舞踊とのことで
激しくくるくる回ったり
強い足さばきや
素早いステップが特徴であった。
愛好家が多く、エルフ以外の種族にも
人気が高いらしい。
時々短剣を用いたりする。
これが冒険で前衛として活用できるとのことだ。
ユーリは母以外のツインコルダの演奏を
聞いことがなかったので
正解は良く知らないが
絶対サムエルの踊りは
ツインコルダとは対極にいる。
・・・仕方がない、頼んだ手前もあるし
ご要望の通り頑張って弾くとしよう。
今までこういうお祭り事も
仕事をこなす必要な行事で
面倒以外の感情がなかったのだが
今回は晴れてステージ参加もするし
楽しんでやってみようと
意気込んでいた。
他のメンバーと合わせられるのは前日と当日のみ。
太鼓の達人、基、イーシュトライン侯爵閣下と合わせられるのは
多分当日のみであろう。
少々そこが気に掛かるところであった。
そんなこんなユーリは複雑な思いを抱えつつも
第150回リトルウイング村収穫祭が近づいて行った。
サムエルの踊りはジョージアダンスをイメージしてます。
とてもカッコいいのでオススメです。




