40. 退職願
「ユーリ、申し訳ないんだけど
後三ヶ月でここを退職します。」
ユーリはある日の朝イチ
とんでも無いことをザイカから言い渡された。
「な、何で・・・?」
一瞬で色々なことが頭を巡った。
何故?何か不満が?
少し前に味わった
人材を雇っては辞められ、雇っては辞められ
暴言を吐かれ・・・
のトラウマが蘇って来る・・・
しかし、今回はこのザイカである。
以前の人たちとは違う。
高速馬車の運用も順調であったし
売り上げは安定してきているし
ユーリが言うのも何であるが
ザイカの本領を発揮できている職場だと
と思われる。
何か自分でも気が付かないうちに
ハラスメントをしてしまっただろうか・・・
巷では被雇用者の権利を保護するために
ハラスメント・・・
相手に対して不快感や苦痛を与える
相手の尊厳を傷つける言動や行為を
禁ずる風潮が出来ていた。
それ自体はユーリも賛成である。
パワハラ、セクハラ、モラハラ、レイハラ、テクハラ、フキハラ、アルハラ、マタハラ、ジェダハラ、スメハラ、リスハラ、カスハラ・・・・
・・・
何も話せないじゃないかと
突っ込みたくなる様な数のハラスメントがあるらしい。
部下とはハラハラ避けながら話しなさい!
と誰かが言っていたが、誰がうまいこと言えと。
などと学生時分は悠長に考えていた。
しかし、逆に自身が雇用主になってからの方が
これが良く解った。
被雇用者を守るための仕組みであるが
意外と、プライベートをあけすけにして
仕事仲間と仲良くなる、と言うのはコスパが悪い。
ハラスメントを避けた会話とは
実に効率的に仕事の指示ができる
素晴らしいシステムであったのだ。
それでは今までの仕組みは一体何だったのか。
しかし、友達からスタートしてしまったザイカには
かなり気を遣った。
特にドワーフであるザイカには
レイハラ(レイシャルハラスメント)
魔法職であるユーリが魔力について語るときには
テクハラ(テクノロジーハラスメント)
そして、恋バナもセクハラ(セクシャルハラスメント)の地雷源
と言う言葉を思い出し
実はザイカが就職してくれてから
それ系の話はほぼしていない。
否、自身に恋の種がなかったから
成し得たのかもしれないが。
逆にそれが疎外感を感じたか。
それは何ハラになるの?
それとも給料に問題が・・・?
給料については、
村の人員募集の中で一番高いものの
1.5倍払え、と言うサムエルの見解で
「どんなに優秀な人材でも、薄給だと
自分で考えて動くってことをしなくなるから。
ある程度の権限と、給金はあげないといけない。」
との事だったので
給与はおそらくイーシュトラインの中でも
高い方だと思う。
何故何故何故何故何故何故・・・
とユーリの思考がパンクして
何も言えないでいると
ザイカが少々申し訳無さそうに喋り始めた。
「ユーリが悪いとかじゃないの。
私はここは今までで一番良い職場だと思ってる。
ユーリが友達だと思ってるのは
これからも変わらないんだけどね。
私も元は冒険者だからさ。
ダンジョン攻略がしたくなっちゃって。
今、有名なダンジョンだと、南側の小島にある
“永遠の塔”っていう遺跡に
ブラックドラゴンが陣取った話を聞いたから。
攻略に行きたいの。
あっちは私の実家も近いし・・・
もちろんここの事もちゃんと考えてて
後任とか、できるだけ見つけるし
引き継ぎはちゃんとやってきます。」
冒険に出たい?
そういえばザイカは
ゴンゴルド討伐のためにここに来たと言っていた。
「そっか・・・あれ?ザイカって
冒険者パーティだとスキルとクラス何だっけ?」
「鉈使いだよ。前衛。」
この可愛いうさぎちゃんみたいな見た目からは
想像がつかない。
かなりの武闘派であったのだ。
・・・正直のところ
給料が安いからと言われれば解決の余地がある。
ハラスメントキツイと言われればいくらでも直せる。
理由がこういうケース。
全く引き止める言い訳が思いつかなかった。
・・・・
「次の営繕担当見つけなよ。
てゆか、営繕担当って必要なの?」
とある日の晩サムエルが切り込む
今日も転移の鏡越しの会話である。
ユーリはすっかりげっそりとしていた。
ザイカが辞めたいと聞いてから
数々のトラウマが再燃した上に
今後の苦悩を思うと諸々やる気を失っていた。
「・・私もザイカから色々教わってるので
出来なくは無いですよ?
でもまた私の仕事が増えるんです。」
ユーリは絶望していた。
小羽屋の運営を初めて以降
半年と少々の時が過ぎた。
ユーリは丸一日休んだ、と言う日があったろうか。
ザイカが来てから、漸く、半日休める。
と言う日が現れ始めたと言うのに。
「1番の問題は高速馬車だよな。
僕ドワーフの知り合いってほとんどいないんだよね。
また僕も当てを辿ってみるよ。」
サムエルの言う”当て”は
経験上勘弁してほしかった。
また自力で探したほうがマシだ。
しかし直近の課題としてはサムエルの言う通りで
高速馬車の申請を人間が運転できる様に切り替えないと・・・
と、またユーリはガクッと肩を落とした。
「ザイカもさ、高速馬車まで作って
馬まだ導入したのに
ちょっと無責任だよなー。」
「それは・・・」
サムエルは容赦が無い。
ユーリとしては
ザイカのライフプランが変わってしまったのだから
仕方がないと、敢えて厳重に蓋をしていた所であった。
サムエルは納得行かない風でユーリを見る。
「そこもう少しユーリも怒った方が良い気がするけど。
しかも冒険者って!
典型的な、危険・汚い・給料安いじゃないか。
やるにしても副業にする以外の選択肢が
僕には無いかなぁ。
ここで頑張ってた方が
よっぽど良いと思うけどね。
しかもこの戦争だってもう時期終わるかも知れないよ・・・」
おっと、とサムエルは口をつぐんだ。
慌てた様子で話題を変える。
「ま、考えれは人ぞれぞれか。
最初にいた人間の男の辞め方より
100倍マシだよな。
もう仕方のないことだから。
いるうちに色々と引き継いでもらいなよ。」
具体的には思い出せないのだが
前にもこんなことがあった気がする。
サムエルは何か知っているのだろうか?
・・・それにしても
ユーリはエミルの存在を久しぶりに思い出す。
またトラウマが・・・
しかし、あの時とは比べ物にならない話だ。
ザイカは至極常識的な辞め方である。
そこに少々
裏切られた気持ちが芽生えるのは
まだここのオペレーションが未熟であることを物語っている。
ザイカに頼り切ってるシステムを作ってしまったのがいけない。
とユーリは捉えた。
今までの感謝の方が勝ると言うことは
何度、どう考えても、揺るぎ無い。
ユーリはザイカの退職を
快く見送ることに決めたのである。
ここは現実を受け止めて
対策を進めなければ。
「あ、収穫祭の演舞のことだけど、楽譜これね。」
サムエルが話を変える。
楽譜を渡してきた。
来月のリトルウィング村収穫祭にて
サムエルの演舞が披露されることになった。
あろう事に
ユーリもそれに参加する事になってしまった・・・
渡された楽譜は3曲。
バイオリンリラ、ブズーキと呼ばれる伝統的なギター
縦笛、ハープ、太鼓の編成であった。
「サムエル・・・私はどこを弾けば?」
「バイオリンリラのパートかな。
なんか似てるから、できそうじゃない?」
えー・・・と楽譜を見る。
弦楽器で一緒くたにされた様である。
ツインコルダこんな弾き方しないんですけど・・・
和音出ませんけど・・・
いくつかの苦情が沸々と湧き出るが
・・・何とか編曲してみるか。
と最終的には思えてきた。
サムエルは無茶なことを押し付けていそうで
頑張れば出来そうな事しか提案しない。
その辺のバランス感覚は
さすがであるのだ。
「他のメンバーの方は?プロの方・・・?」
「や、ブズーキはクラウド、縦笛はアルト、ハープはクロエだよ。
今回プロなんて雇ってられないよ。
彼らもアマチュアだけど
結構な腕前だし、編成歴も長いんだよ。」
あの、ゴンゴルド討伐メンバーは音楽隊だったのか。
皆の意外な一面に改めて感心する。
「あと、良い知らせ。
イーシュトライン侯爵閣下が
太鼓の達人らしいよ!」
「へえ・・・!」
誰かが楽器を弾けるという情報は
普段必要無いだけに
以外なあの人が!となるから面白い。
「クラウドの口添えで
そこで一緒に演奏してくれるらしいよ。」
ユーリのデビュー公演は豪華になりそうである。




