0.4. 親戚達
高速馬車に揺られ2日目
景色はすっかり東海岸風に田舎になっていった。
密集した大きな建物はすっかりなくなり
まばらな民家、畑、自由に歩く羊が目につくようになる。
まっすぐ空に向かって伸びる針葉樹が増えてくる。
高速乗合馬車は次の街で終点となる。
イーシュトライン侯爵領
東海岸沿い地域の中心街
侯爵閣下の名前が直接つけられている。
イーシュトラインと言う都市である。
ユーリからすれば
ここまでくると、リトル・ウイング村まで
あと少しと思えてくる場所だった。
あと何時間か、普通の馬車で揺られると
リトル・ウイング村に着く。
闇の帝王という、闇の民の親玉が頭角を表して
すでに20数年ほどになるらしい。
闇の帝王が出現したての頃や、その前は分からないが
少なくとも、ユーリ自身の出身地は
北東に存在する島で
まさに、闇の帝王が根城を置いているという
ヴァルハレルからは程近い場所にあった。
その島は十数年前大規模な戦があった。
幸いユーリの両親は
自身の子を連れて逃げることができたが
家を失い、行くあてもなく
幼いのユーリを遠い親戚の
当時は王都付近の街に住んでおり
幼少の子供たちが通う王立小学校の
校長をしていたゴルム・リンデン
そこの教師であるフィヨナ・リンデン
この、リンデン夫妻に預け
西側大陸まで出稼ぎに行くことになったのだった。
両親は、年に一度はユーリを尋ねてきた。
しかしユーリは滅多に会えない両親よりも
リンデン夫婦の方によく懐いていた。
リンデン夫婦は、自身たちが若い時に息子がいたが
幼くして病で亡くなってしまったのであった。
元々愛情深い夫婦だった。
ユーリのことを実の子のように育ててくれたのだ。
そして、ユーリが魔法学校へ入学して寮に入ると
リンデン夫婦は念願のリトル・ウィング村に移住
宿屋を始めた・・・
と言う経緯があるのである。
ユーリ自身は王都でアルバイトを何個か掛け持ちするも
奨学制度を利用し
両親の仕送りのおかげもあり
柔軟で理解のあるリンデン夫婦の元
都の魔法学校まで卒業ができたのだ。
ユーリは、自分の両親、養父母双方に感謝をしつつ
実の両親には、何か両親とは別の関係性を見出しており
養父母のリンデン夫婦こそ
両親のように思っている節があった。
・・・実はユーリが今回安定した内定先を蹴ってまで
小羽屋を手伝おうと思ったのには
この両親に関わる、もう一つの重い理由があった。
時は戻って、一時的にリトル・ウイング村に
様子を見に行った時のことである。
ユーリとフィヨナお婆ちゃんとの対話のシーン。
隣に住む青年、エミルが忙しさのあまりトンズラした
と言う話を聞いたところから始まる。
ユーリは食堂の荒くれた様子をみて
おばあちゃんに、諭していた。
「・・・お婆ちゃん、諸々状況はわかったけど、
雷のゴンゴルドがあんなに近くにいるのに。
危ないよ・・・
経営より、命が優先だよ。一旦一緒に都に行こう?
王都アパルトマンを借りられるはずだよ。」
「・・・それがね。。」
と言って、フィヨなお婆ちゃんが
とてつもなく申し訳なさそうな顔をするのである。
「え?何?どうしたの?」
ユーリは何やら嫌な予感がした。
フィヨナお婆ちゃんは非常に話しにくそうに
ポツリ、ポツリと話を始めた。
話をまとめるとこうだ。
小羽屋買取の際に、購入費用と改装費用、銀行から借り入れがある。
・・・これは、ユーリにとっては想定の範囲内であった。
しかし、次の理由は、理屈以上に、ユーリの心を抉るものであった。
宿の運営が逼迫し、1人でのオペレーションは無理と判断した時
近所、親戚周りに助けを求めまくった時期があったらしい。
基本的には人手が欲しいから手伝って欲しいとの要請である。
・・・が、もちろん人手を確保するにもお金がいる。
需要が高いなら、宿代を上げると言う当然の駆け引きを
この人の良いフィヨナお婆ちゃんが、上手くできる訳がなかった。
しかしもしかしたら、こんな状況では
フィヨナお婆ちゃんに関わらず
経営判断が追いつかないかもしれないとは思う。
隣に住んでいるエミルの様に
手をあげてくれる人がいても
今まで想定されていなかった経費
想像できない業務
今まで通りの運営では罷り通らない事は当然であった。
実際、エミルにいくら払ってたの?と聞くと。
聞いて驚く、王都の賃金感覚で言えば
お小遣い程度しか支払っていなかったことがわかった。
そりゃ、エミルも辞めますわ・・・
フィヨナお婆ちゃんには強く言えないが。
エミルはともかくとして
近隣の人はなんとボランティアで
手伝ってくれた人もいたと言う。
これにはかなり驚きであった。
フィヨナお婆ちゃんの人柄がなせる技だろうが
・・・不健全だ。
ユーリとしては、あまり好意的に捉える事が出来なかった。
そして、本当に厄介なのが
人手でなく、金銭を寄越した人たちである。
遠くの親戚より、近くの他人を大事にしろとは
本当によく言ったものである。
遠くに住む親類達は
人手を寄越せないからと
金の貸付をしてきたのだった。
それがまた結構な額になっており
返さなくていいよ!頑張ってね!
とか言ってる手紙に
フィヨナお婆ちゃんは律儀な性格なので
全部の手紙に
「ありがとう、経営が回る様になったらお返しします。」
と返事をしていた。
目を見張るものとしては
初めて見るこの立派な屋上の大浴場
アーチ状の大きな物見窓から一望できるルミナス地形が織りなす絶景は
確かに息を呑むほど美しい。
風呂に浸かりながら・・・
なんて、とてつもなく贅沢な装置である。
これは、ゴンゴルドインパクト(ユーリはこの一連の特需をこう呼ぶことにした)
が起きてか1ヶ月後くらいに
突然、遠縁の何某と言う
魔法使いの建築家が訪れてきたそうだ。
そしてあっという間に作って行ったとのこと。
この魔法使いは、おそらくユーリとは直接血の繋がりは無く
知らない人物であった。
ものすごく怪しい。
「うちは共同のシャワーがあるだけだったから
あったらいいわね、なんてその人の前でぼやいたら
月額で、無理のない分割費用で提案してくれたから
お願いしちゃったのよ・・・」
ユーリはまた頭を抱えた。怪し過ぎるにも程があったが
今は、あまりフィヨナお婆ちゃんを責められまい。
更にあの初めて見る大型の立派な業務用キッチン機材
ユーリもさほど詳しくは無かったが
ピザが一気に10枚焼ける魔法のピザ窯(自動温度調節機能付)
10個の鍋を火みかけられる魔法の釜戸(自動温度調節機能付)
大容量の冷凍冷蔵機能付き食品棚(自動温度調節機能付)
・・・がずらりと並んでいる。
なんとこれは、ユーリの両親からの提供であったとのことだ。
フィヨナお婆ちゃんに見せてもらった
両親から送られてきたという手紙にはこう書かれていた。
"私たちのいる国の宿屋では、こういう機材が採用されています。
人が使えないなら機械と魔法に頼るのが一番です!
両方ともユーリが詳しいはずですので
扱いに困ったらユーリにも声をかけてみてください。"
と、ユーリをムカつかせることが書かれていた。
「何が大変?って言うから
食事の提供が間に合わなくて、人手がの欲しいのよ。
って相談したらこうやって手紙をくれて・・・
キッチンの器具の他にも
洗濯機と乾燥機なんかも新調してくれたの。
もう一緒に取り付け工事職人さんと機械が来てて
断れなかったのよ。」
ユーリは頭がクラクラし始めた。
最初に両親ではなく、自分に相談してくれればよかったのに・・・
フィヨナお婆ちゃんにとって
ユーリはまだヨチヨチ歩きの子供のイメージが拭えないだろうし
学生のユーリに迷惑はかけられないと思ったかもしれない。
更には当時の情報も何も無い時分に
自身でも正常な判断ができたかどうはは疑問であったので
そこはひとまず置いておくことにした。
しかし、一体いくらかけたんだ。
そして、こんなありがた迷惑の行為に対してもフィヨナお婆ちゃんは
ありがとう、経営が回る様になったらお返しします。
と、返事をしていたのだった。
もう二十二も三重にも眩暈がする思いであった。
「お婆ちゃん、両親の件は本当に放っておいていいからね。」
次に会った時に両親は〆るにしても
これは大変で片付けられるものでもなく
思ったよりも状況が深刻であり
金銭的問題を考えても現実的に"撤退"ができない
と言うことはよく分かった。
・・・両親達に、ここでユーリが何もしなかったと
思われるのも非常に癪であった。
フィヨナお婆ちゃんはなんとも言えない
申し訳なさそうな、困ったような、悲しそうな顔をしている。
ユーリにとって、この世で最も慕っている人
と言っても過言でないフィヨナお婆ちゃんに
そんな顔をさせたくない。
そんな気持ちで、今回のいわゆるIターン就職を決めたのであった。
この話を思い出しただけでも、また頭がクラクラしてくる。
しかし、今はそれを抑えて
とにかく、帰ったらフィヨナお婆ちゃんに喜んでもらおう。
イーシュトラインで何かお婆ちゃんの好きな
甘いお菓子でも買っていって
一緒に食べよう・・・と考えていたところ
高速乗合馬車は、イーシュトラインの中央広場に到着した。