38. 防虫魔法
また別の日の晩である。
ユーリは、普段の穏やかな性格からは想像ができない
恐ろしい形相をしている。
サムエルが見たら間違いなく怯えるに違いない。
鳥の頭を模った取手がついている木製の杖
これは、ユーリがずっと使っている杖であるが
これを久々に引っ張り出し構え
呪文詠唱を始める。
発動させた魔法陣が煌々と当たりを照らす。
ここは小羽屋の客室の一室
ここには若いお母さんと幼い子供たち数人が
ルミナス観光のために宿泊していた。
・・・現れてしまったものは仕方が無い。
目の前に現れたこの魔物から
お客様を守るために戦わねばと
ユーリは臨戦体制に入る。
ユーリはとある魔法を発動させる。
呪文詠唱と同時に
杖先に暗黒物質で出来た
異世界へと繋がる空間が現れる
すると、黒い大きな塊が
その中へと勢いよく
吸い込まれていった。
ユーリは魔法陣を解く。
ハアハアと息切れを感じながらも
表情を普段のにこやかなものへと戻した。
お客様には安心感を与えるべく
何て事無いように
普通に話しかける。
「ご迷惑をおかけいたしました。
対策はしているのですが
どうしても自然豊かなところでして・・・」
頭を深々と下げる。
「ありがとうございます!
もちろん自然の中なので覚悟はしてたのですが
大ゴキブリって初めて見たので。
対処に困ってしまって。」
お客様も恐縮してしまう。
「お姉さんかっこいい!!」
わーっと
お客様の、お子様たちが拍手喝采してくれる
それには悪い気がし無いのだが
何とかならないものかと
また頭を悩ませることになる。
ゴキブリ。
この生き物は大小関わらず
何故か人の心に恐怖を湧き起こさせる。
ユーリもここへ来てからは
幾度となく対峙して来たので慣れた
と思っていたが、やはり遭遇のたびに
何か、自分でも制御できない部分で
嫌悪感を感じるのを覚えていた。
ゴキブリにもいくつか種類が存在するが
小羽屋に出没するゴキブリは
室内定着型のものではなく
外から入って来てしまうものがほとんどである。
大結界が、自然の循環に必要と判断している因子であるからこそ
この結界を抜けて来ているのであって
このゴキブリを完全排除してしまうと
やはり諸々の不都合が生じるのかと思うと複雑である。
ちなみにユーリの経験上
ゴキブリは
殺虫の魔法をかけても逃げてしまい
どに行ったか、また、どこで死んだか
生きているかもわからないため
逆に恐怖が残る。
それが故に、見つけ次第
吸引の魔法で吸い取るのが一番良い。
今回の大ゴキブリも
吸引の魔法により吸い取られ
異次元空間に放り出されることとなったのである。
・・・・・
「ぎゃーーーっ!!」
今度は、別の日の晩
サムエルの悲鳴である。
ユーリは先程荷物を一緒に運び入れた部屋へ
急いで逆戻りし扉をあける。
「どうしましたかー!?」
ユーリは初めて聞くサムエルの悲鳴に心底驚いた。
サムエルは、何やら出入り口の横で縮こまっている。
「ユーリ・・・蜘蛛が・・・」
「蜘蛛!?どこです!?」
サムエルが指差すのは天上の隅。
人の顔面ほどの大きさだろうか
大きな蜘蛛が張り付いていた。
当然に、蜘蛛型の魔物の中には
ギガジョロウグモ、タランテラスパイダーなど
猛毒かつ人を捕食するものも存在する。
そういう類の魔物が入ってきたとすれば
またこの大結界の性能を疑わねばならないが・・・
改めて蜘蛛をみると
こちらの様子を伺ってはいたが
襲ってくる気配は無い。
そして、背には特徴的な髑髏のような柄がある
ユーリはこの蜘蛛のことなら良く知っていた。
ドクロイエグモという奴だ。
見た目はおどろおどろおどろしく
走るのがものすごく速い。
気持ちの悪い蜘蛛であるが
無毒であるし、基本的に人は襲わない。
ユーリはほっと胸を撫で下ろす。
しかもこのドクロイエグモは
ゴキブリ、ネズミを捕食してくれるので
益虫と呼ぶ人もいる。
賢い生き物であるが故に
ほとんどの個体が人間を怖がっており
追い立てるとあっという間に逃げていく。
いつもは壁の外を這っていることが多いが
偶然入ってきてしまったのだろう。
徐にユーリが窓を開けて
杖でドンドン音を立てながら近づくと
素早い動きでサササッと外へ逃げてしまった。
「これで大丈夫です。
サムエル、夜の蜘蛛は殺してはいけないんですよ。」
育てのお爺さんから教わったことであった。
理屈は知らない。
「え?昼の蜘蛛じゃ無いのそれ?
何でか知らないけど。」
サムエルは不思議に返答する。
これは諸説あるのかもしれない。
「じゃないよ、やっぱりあんなのが出るのはまずいでしょ。」
「・・・サムエル、クモ嫌いなんですか?」
茶化すつもりなどない、サムエルにも苦手なものがあるのだと
感心して聞いているのである。
「昔、南国の宿屋で寝てる時に
顔の上を小型のタランテラスパイダーが
這って行ったことがあって
・・・それ以来のトラウマ。」
それは流石に
ユーリも気の毒に思うほかなかった。
結局のところ、自然豊かな環境を売りにしている宿屋としては
偶発的な虫の出現は避けることは不可能であると
ユーリは諦めかけていた・・・
しかし、諦めない男サムエルは違った。
次に現れた時には
誰から教わったのか
強力な虫除けの魔法をマスターして来た。
「この魔法をかけると、一年は虫が寄り付かなくなるって!」
とサムエルが自信たっぷりに言うので
試しにその魔法を掛けてもらうことにした。
客室の床の中央に
小さい手のひらサイズの魔法陣を描く
サムエルが呪文詠唱を終えると
「部屋から出て!」
と慌ててユーリを追い立てて
自身も部屋の外へ出る。
やがてシューっという音が鳴り始め
部屋には中で焚き火でもしているような煙が
モクモクと充満した。
サムエルは扉をバタン、と閉める。
・・・大丈夫なのかこれ。
とユーリは心配になったが
とりあえず信じてみる。
魔法が一通り発動したらしくシューっという音は止まった。
ユーリは試しに部屋を覗き見てみた。
その途端であった
目に、喉の奥、鼻の粘膜に張り付くように
何か不愉快なものに襲われた感覚に見舞われた。
そして、酷く咳き込んだ。
これは、虫でなくても効き目がありそうだ。
「効くみたいだね、全部屋にこれやることにしよう。」
何故かサムエルは咽せていない。
サムエルはユーリに
外にいたら?と言って
1人で強力殺虫の魔法を全部屋に施していった。
確かにその日以降ニオイムカデはもちろんのこと
宿内で虫を見る機会が著しく減ったのだったが
絶対に体に悪い。と、ユーリは確信した。
やはりその日から数日間は時々
どこからかヒーロのくしゃみが聞こえるようになった。
深夜事務仕事をしているユーリの隣に現れ
「この魔法嫌いですわ・・・」
とぽそっと言って去っていった。
ユーリの魔法の杖を
AIさんと一緒に考えました。
目を赤くしたオオハシのイメージだったのですが
なかなか目を赤くしてくれなくてw
長さは100cmほど
黒檀製。




