32. トムテ
ユーリは、庭にあったナナカマドの木を拠り手として。
小羽屋全体に大結界を貼った。
これさえあれば、ゴブリンを含め
大抵の魔物は小羽屋に侵入することができない。
そんな潔癖の大結界にも抜け穴はある。
猫が難なく結界を跨いでいくのを
ユーリは何回か目撃したのだ。
猫達は皆一瞬、結界を
鼻でクンクン
手でチョイチョイ。
その後はスタスタと
なんてことも無い様に歩いて行く。
この人間の叡智とも言える大結界も
猫には全く通用しないらしい。
ユーリは自分の結界に不備があるのかと思ったが
ハチ曰く
「強い魔力を持った魔物ならちげえねえがな
一部の虫とか鳥とか、猫もそうだが
大概の結界なんて意にも解さねえぞ。
じゃないと中の環境が保てねえじゃねえか。」
とのことであった。
ユーリも学生時代は魔法陣研究が本分だったこともあり
それは承知しているのだが。
猫には効かないのか・・・
また、ここは宿屋の小羽屋。
誰も入れなくなったら元も子もない。
出入り口の結界は外さなければならない。
これらの問題を解決するのは警備保障
ケット・シーのハチの出番である。
最近ではハチが他の猫に話をつけてくれたらしく
小羽屋敷地内に他所の猫は現れ無くなった。
今はハチの嫁と子供しかいない。
後々考えれば、一度だけ
この時結界が変わったので
物見だろうか、ゴブリンが
小羽屋の入り口から侵入を試みられてしまった。
その時もハチがコテンパンにやっつけたのである。
「ほらよ。」
朝一番に現れたユーリに
ハチはゴブリンの死骸を見せつけてきた。
なんと3匹。
ハチは渾身のドヤ顔をしていた。
今日のは今までのスズメやバッタ、ネズミとは比べ物にならない
凄まじいデスギフトだなと
ユーリは口元をヒクヒクさせていた。
「ハチすごいねー!」
と一応褒める。
「こいつら玄関から入ろうとしやがってよ。
俺が一匹を押さえつけてたら
コボルトのヒーロが協力してくれたんだ。
箒でバシバシ袋叩きにしてた。
それでこの有様よ。」
ユーリは見たくもなかったが
薄目で確認するに
そこに並んでいるゴブリンの死骸は
頭が歪んでいた。
ヒーロ、物理攻撃なんだ・・・と
ユーリはその光景を思い
グロいやら、おかしいやら、怖いやら
複雑な気持ちになった。
ハチは続ける。
「俺ァ、気が付いたんだがよ。
馬の世話が大変なら
ヒーロにやって貰えばいいじゃねえか。」
ユーリはハッとした。
この新体制の問題。
高速馬車用の馬アリーナの世話。
これを乗り越えられれば
オペレーション的にはほぼ完璧だった。
「コボルトってのは、命令してやらんと動けねえのさ。
頼んでみるといい。」
と言って、ユーリの足にスリスリしてくるハチ。
喉を撫でるとゴロゴロ言い始める。
いつもこの、猫バージョンと
渋い声のケット・シーバージョンのギャップに
慣れないでいたが
猫のハチは相変わらず可愛い。
そういえば
以前ハチは魚のブロスが好きだと言っていたので
ご褒美に作ったものがあった。
ルミナストラウトのほぐし身と
内臓を取ってよく洗ったリーブラックオイスターを
ドロドロになるまで煮込んで、よく冷ます。
少量の蜂蜜を加え
山羊の乳で伸ばす。
犬でも猫でも
食欲がない時はこれを作るといいよ、と
酪農家のお爺さんが教えてくれたレシピであった。
ハチはユーリがそれを出した途端
目の色を変えて飛びついてきた。
何やらワワワと猫の声を出してもいる。
ユーリのことが目に入らないレベルで
夢中にその皿にがっつくハチ。
皿の最後の一舐めまで食べ終えると
ようやくハッと
ケット・シーのハチに戻ってきた。
「こんな美味えもん・・・感動だ。
これのためなら俺は何でもしちまうくらい
美味かった。」
満足したのかゴロゴロと背中を地面に擦り付け始める。
また猫のハチバージョン。
ユーリが「膝に乗る?」
膝をポンポンして見せると
ハチはしばらくじっと
丸い目で膝を見つめていたのだが、やがて
「俺には嫁がいるからいい。」
と言って、さっさと庭のパトロールに
出かけてしまった。
猫とは、何とも気まぐれな生き物であった。
・・・
ハチが提案してくれた
厩の管理をコボルトのヒーロに任せる、という案。
何とも良い案に思える。
しかし、ヒーロ、というかコボルトは
人間とは異文化すぎる概念を持っており
気分を損ねると
家を破壊するだとか
最悪の場合、家主をバラバラにして殺すだとか
そんな言い伝えがある訳だから
一度、心して相談せねばならないと
ユーリも腹を決めて臨むことにした。
その晩、早速ヒーロに声をかける。
ヒーロと話すのは決まって深夜の厨房である。
ユーリは、ゴブリン退治のお礼と
厩の世話をしてくれないかと
同時にヒーロに話してた。
「それでは、お受けしますわ。
しかし、報酬のお食事に
夕食の一度で良いので
お粥を追加していただきたいのです。」
思いの外、快く引き受けてくれた。
しかし、追加の報酬を言われたのは非常に意外であった。
しかも・・・
「お粥?」
「はい、お粥です。
厩の世話はお粥と相場が決まっておりますの。
私は東方の島国産のお米で出来たものが好ましいので
お願いしましわね。」
「う、うん。わかった。お米ね・・・」
実はお米は入手が難しい。
東方のお米・・・
聞いたことはある。
後でサムエルに相談しよう。
「レシピは後ほど紙に書き起こしますわ。
このレシピはそれぞれコボルトの好みによって異なりますが
私達はこれにして欲しいのです。
そして、毎年、年末に
ウール製の赤い三角帽子を3つ所望しますわ。」
ユーリは戸惑っていた。
今回はやたら報酬が具体的である。
「良いけど、貴方達って、お洋服あげると出ていく伝承なかった?」
「馬の世話は少々特殊なのです。
それ以外のお召し物は、私たちの業務に差し障りますので必要ありません。
やるからには精一杯努めさせていただきますわ。
ユーリ、でもあなたもこの約束は守って欲しいのです。
毎日のお粥と、年に一度の帽子忘れてしまいましたら・・・」
「忘れたら・・・どうなるの?」
「申し訳ないのですが、今回は直ぐ厩を壊していきますわ。
そして残念ですが、この小羽屋の母屋も
壊していくことになりますわ。」
ヒーロは、今回は淡々と伝えてくる。
それが逆に怖い上に
かなり不思議であった。
「それでもよろしければ、ですけれども
お粥の準備ができましたら、お受けいたします。」
毎日の早起きから解放されるのであれば
もちろん、ユーリの答えは決まっていた。
「う、うん。気をつける。お願いします。」
「かしこまりましたわ。ありがとうございます。」
ヒーロはいつもの可愛らしい笑顔でにっこり笑う。
そして更に教えてくれた。
「厩が新設される家は景気の良い証。
その世話係に任命されると
私たちはコボルトから"トムテ"という
・・・所謂、守神に近い存在に格上げされるのです。
貴方達の言葉では、出世、なのですわ。
精一杯、努めさせていただきますわね。」
ヒーロは心なしか嬉しそうである。
ユーリは、そんなシステムは知らなかったのだが
今回のことがコボルト界隈の人事に
関わることになるとは思いもよらなかった。
「最後に業務連絡ですわ。
最近ニオイムカデが出始めました。
秋になると必ず増殖しますわよ。
対策をしなけばなりません。
虫除けの結界もかけ始めてくださいませ。」
・・・
気がつくと、いつものようにヒーロは消えていたが
作業台にはメモがおかれ
例のこだわりお粥のレシピが書いてあった。
それを読むに、そのお粥は
炊いたお米を使い
・・・米の種類まで指定されている。
鶏ガラベースのブロス
ジンジャー、少量のジン
そして・・・これは何だろう。
聞いたことがない香草を入れるらしい。
これを何時間以上煮込んで・・・
塩で味付けをし
薬味には
生のチャイブ、松の実
村特有種のコキアナナカマドの実を乾燥させたものを
入れるらしい。
何やら妙に指示が細かい。
考えれば考えるほどに
手間と、原価が未知数のお粥であるのだが
今までのヒーロの功績、これからのこと
それを思えば
多分安いものであるはずだ。
異文化とはなんとも面白いと改めて感心するとともに。
これがヒーロの好みなんだなと思うと
少々微笑ましい気持ちすら覚えた。
ちなみにヒーロのレシピで作ったお粥は
ユーリもどハマりするくらいに
美味しかった。
チャイブは庭の菜園で育てよう・・・




