30. 八時半
酪農家のお爺さんは
ハチと子猫の母猫を連れてきてくれた。
ハチは、大怪我を負っていたのを治療してもらい。
母猫の方は、不妊手術をしてくれた。
「子供も生後半年を過ぎたら連れておいで。この雄猫の方は・・・」
お爺さんは、ハチをそっと撫でる。
「何か毒蛇に噛まれたね、かわいそうに。
痛かっただろうにね。
体力が回復したら、去勢手術をするから
子猫と一緒にでも、また連れておいで。」
と言葉少なめに伝えると帰っていった。
猫達は眠っていた。
最後に見た時、ハチの目の上に
大きなゴブができていたが
それも萎んでいた。
今日はサムエルも来ていて
猫避けに効く、と言う護符
呪術具を大量に持ってきていた。
しかし、こういったものはユーリは実証済みである。
効かないだろうなと思いつつ
一通り話を聞いていると
ハチがいつの間にか目を覚まし
ユーリの膝の上にポイっと乗ってきた。
喉をゴロゴロと鳴らして目を細めている。
久々のハチに会えてユーリも嬉しく
喉をヨシヨシしていた。
何故かサムエルはイライラして言い放つ。
「その猫、早いとこ去勢しなきゃだね。」
ハチは徐にムクっと起き上がった。
サムエルを見つめている
否、睨んでいるように見える。
黄色い目が爛々と輝いている。
今はすっかり治ったが
片方の目は、大きなコブがあったので
少々開きずらそうにしていた。
サムエルもグッとハチを見つめた。
「なんかこいつ、目つき悪いな。」
「悪かったな。」
唐突に、中年男性の声が聞こえた。
サムエルは見たこともないくらい
目を丸くした。
ユーリもこの場に
そんな野太い声を出す人物がいなかったので
え??っとキョロキョロ辺りを見渡した。
「目つきが悪くて、悪かったな。
っつてるんだよ。」
また聞こえる。
ぐーんと、ハチが伸びをする。
トンと、ユーリの膝から降りると
ごく自然な所作で
すくっと立ち上がる。
ここに、ハチが、猫が
仁王立ちをしているのを
ユーリは初めて見た。
改めてハチを見ると
夜の月のように黄色の目
胸元には白い柄
手足の先は靴下の様な白い柄が入っている。
しかし相変わらずの八時半な
口元の白い柄。
ハチであることは間違いがない
とは思う。
「エルフの旦那は男だろ?
安易に去勢しろなんて、酷い話だと思わねぇのかい?」
と言って、ふわふわの白い毛
ピンクと黒の肉球
その可愛らしい丸い手を
サムエルに向けて喋り始めた。
それに似合わぬ声は
やけに渋い、バリトンであった。
サムエルは、驚いた顔をしていたが
だんだんと合点が言った顔をしてきた。
「・・・ケット・シーか。
どうりで普通の猫より臭うと思ってた。」
サムエルは不遜な顔で続けた。
ハチは、一瞬目と耳をピクリとさせた。
ケット・シー
猫には9つの魂があるとされる。
転生を繰り返し、9回目の魂を迎える時
猫はケット・シーと言う猫の王になるのである。
そんな伝承をユーリも耳にしたことはがあった。
ハチはクルリとユーリの方を向いた。
「驚かせてすまない、ユーリ。
俺の怪我の治療に、妻子のこと。
最初にお礼を言わせてくれ。
本当にありがとう。」
ハチが頭を下げる。
妻子というと、あの親子の猫のことだろうか。
「あの子達、あなたの家族なの?
・・・ん?待って柄が・・・」
とあることに気がつく
ハチに似ている柄の子は1匹もいない。
少しでもハチに似ていれば
ユーリも気がついがついたろうに。
「俺と血が繋がってんのは三毛の子達だけだ・・・」
どこぞの社長宅でVIP対応を受けてる子達だ。
・・・と言う事は?
「え、他の子は?」
サムエルはギョッとしてユーリを見る。
ユーリの悪い癖だ。こういう時に
いらん質問をしてしまう。
「・・・猫ってのはそう言うもんだ。
俺は受け入れてる。他の子も俺の子だよ。」
ハチは感慨深く頷く。
ユーリとサムエルは
何も言えずに黙っていた。
ユーリはと言えば
そう言えば・・・と
猫の繁殖事情を思い出しつつ
突然見せたハチの男気に
少々感動してしまっていた。
「子供が増えちまうのは、猫の悲しき性だ。
嫁も少々子供を産み過ぎてる気がしてたんだ。
俺も8回目までは嫁と・・・
まあいいだろ
嫁はまだ修行中の身だし
人間と共存するためには仕方がないと思っている。」
ハチは続ける。
サムエルもこのケット・シーが何を言うのかと
珍しく興味深げに話を聞いていた。
「これでも、俺の子供たちに
良い食いぶちを探してくれたことには
感謝しているんだぜ?エルフの旦那ァ・・・
でもよ、晴れてケット・シーになった
この俺にまで
どいつもこいつも、去勢、去勢ってよ・・・
あんまりじゃないですかい?」
ユーリには良く分からないが
何か正論の様にも思えてくる。
正直のところ
ハチのその、歴戦の猛者
の様な雰囲気に
ユーリは気圧されそうになっていた。
ユーリはオロオロとサムエルの方を見ると
サムエルが負けじとニヤッとし
ハチに話しかける。
「へー、君どう言う功績でケット・シーになったの?
ケット・シーになるには、8回の転生と
何かしらの功績が必要なんだよね?」
ハチは、ジッとサムエルを見た。
睨んでいる様にも見えた。
ハチは短く答える。
「サルーテのハブヒドラを倒した。」
サムエルはハッとした。
しばし、サムエルと、ハチは
睨み合っている様であった。
サルーテのハブヒドラ
それ自体はユーリも知っている。
猛毒を持った、無数に頭を生やした蛇。
不死身とも噂されていた。
最近ここより少々北方にある
サルーテと言う村の沼に出現したその毒蛇は
地域を荒らし、村の人を大層困らせていた。
何人かの有名な冒険者もその毒にやられて
命を落としていたのである。
最近ここを経由していく冒険者が
少なからず小羽屋を利用していたので
魔物により経済効果をユーリも実感していた・・・
矢先に、消失したと新聞に出ていたのを読んだ。
・・・そして、また客足が遠のいたのだ。
つい最近のことである。
ハブヒドラは強力な出血毒を持つと聞いた。
そう言えば、ユーリも聞いたことがある気がする。
犬猫って、毒蛇に噛まれても
大丈夫なんだっけ・・・
(※ユーリの浅い知識なので間に受けないでください。)
サムエルは、またニヤリとして
「ユーリ、ここは俺が話をつけるよ。」
と、言い始める。
「え?でも・・・サムエル
ハチを虐めないで・・・」
猫に対して厳しいサムエルの前に
ハチを放置するのは
かなり気が引けた。
ユーリはこの現実を目の前にしても
まだ可愛い猫の八時半
と言うイメージが抜けないのである。
「ユーリ、俺からも頼む。
この旦那と、男同士の話をさせてくれ。」
何やらハチも戦闘体制に入った。
こう言う時ユーリは疎外感を感じる。
リトルウイングのお爺さんたちもよく言う
男同士で。
ユーリは性別的には女性なので
この手の話題に全くもって共感が出来ないのが口惜しい気がする
・・・そもそもよく考えれば
別に共感したいとも思わなかった。
ユーリは静かに部屋を後にした。
・・・・
ユーリは、先に眠ることもできず
諸々の事務仕事をしながら
食堂で待機していた。
真夜中の1時を迎える頃。
突然、控え室からサムエルとハチが出てきた。
「あんたとは分かり合えねぇと思っていたが
良い話ができて良かった。
ありがとよ。旦那。」
「小羽屋の警備は頼んだよ!」
何やらすっかり意気投合している。
小羽屋の警備、とか言っている。
「ユーリ、ハチが小羽屋の警備担当になってくれるって!
そうしたら、君が常に結界を張る心配もなくなる!
他の猫も、追っ払ってくれるってさ。
あ、何か飲み物無い?」
「はい、エールでしたら。
えっと、ハチ・・・さんは何にします?」
ユーリはハチの方を恐る恐る見やる。
「今まで通り、ハチと呼んでくれ、ユーリ。
魚のブロスはねえか?
熱いと飲めねえから
冷ましたやつがいいんだが。」
「ハイ。」
・・・作るしかない。
この酒(出汁)宴は
ユーリがアリーナの世話を始めるまで
つまりは、明け方まで続いていた。
サムエルは
このケット・シーのハチ
その家族のために
餌、寝床を提供する代わりに
警備保障をしてくれると言う
約束を取り付けたのであった。
そして、後日
サムエルからとある小包が届いた。
開けると、とても小さい白いブーツと
白い布でできたテルテル坊主の様なものが2つ
入っていた。
手紙を見ると、"ハチにあげてください"
とのことである。
よく見るとこのてるてる坊主は
頭の部分が四つに割れている。
ハチにサムエルからだよと
それらを見せる。
ハチはヒャッホー!と
はしゃいで走り回った。
早速ブーツを履き
てるてる坊主は、手にはめていた。
・・・これは手袋であったようだ。
元々白黒ソックス猫であるが
白いブーツを履いたことにより後ろ足と
てる・・・否、手袋をしたことにより前足の
白色が一層強調された様に見えた。
しかし、この
八時半と言う名前は採用され続けるのだろうか。
この子がケット・シーになると分かっていれば
もっとかっこいい名前をつけたのに。
ハチは自分の妻の名前を
ユーリがどう付けたか
もう知っているだろうかと
少々不安になった。




