26. 温泉
「ユーリ、ユーリ」
フィヨナおばあちゃんの声で目が覚めた。
ハッと、一瞬いつもの焦る感覚に見舞われるが
途端に思い出す。
今日は朝食のオーダーが無い。
だからあんなにも深酒になったのだった。
昨晩はうっかり飲み過ぎてしまった。
後半は何やら殆ど覚えていない。
ユーリに来客があるとのことだ。
外に出ると来客は2人。
今日の空は暗い雲に覆われているものの
嵐は止んでいた。
昨晩急激に距離を縮めたドワーフのザイカ
ツルハシとシャベルを携え
ヘルメットをかぶっている。
何やら厳つい工具箱も持っていた。
もう1人は長身のトロルの男性であった。
ユーリはトロルと言う族種を初めて目の当たりにした。
トロルは、各地方に自治区が存在しており
場所により性質、見た目が全く異なり
その地方色が濃く出ることで有名な種族であった。
場所によっては闇の帝王に属している自治区もあるらしい。
彼らに共通点があるとすれば
人間でもエルフでもドワーフでもゴブリンでも
精霊でもないと言うこと。
社会を構築する能力が高く、自然思考であり、精霊を使役する能力が高い
とも聞いたことがある。
リトルウイング周辺にもいくつかトロルの自治区が
存在することは聞いたことがあった。
しばし、村民と交易の対象になっているらしかった。
彼らが作るエールは、代理店を通して小羽屋でも扱っていた。
四大他族種種合同裁判所
確かここ周辺のトロル自治区も大方これに加盟していたと
ユーリは記憶してる。
モメラスと名乗るトロルの青年は
身長はユーリの目分量でも2mはありそうだ。
人間と同じ様な見た目をしているが
長めの髪、少々黒目がちな目
鼻口耳は人間よりも大きく
そばかすがある。
耳はエルフとも違う尖り方をして、上を向いている。
トロルの青年はおっとりとした口調で話し始める。
「俺は、すぐ隣の自治区から来た、ザイカの友達、モメラスです。
よろしくね、ユーリ。今日は温泉の探知だね。」
にっこり笑って手を差し出す。ユーリが握手に応じる。
体とは不均衡な長い腕と、大きい手をしていた。
ん?・・・温泉の探知?
「何故?」
えっ、とザイカとモメラスが驚く。
「私昨日のお礼に屋上のお風呂直すって話したじゃない?
でも多分ボイラーの故障だからそれを直すより
温泉引いた方が色々安上がりだからそうしようって
・・・え、覚えてないの!?」
ユーリは記憶を辿っても、辿っても
全くその話をした覚えがなかった。
と言うより、途中で辿れなくなっている。
ユーリの目が遠いところを見つめているのを認めると
ザイカは気まずそうに、モメラスを見上げた
「ダメだ、モメラス。この子全然覚えて無い。」
「なんかごめんなさい・・・」
ユーリは気まずく小さく謝る。
モメラスはにっこりと穏やかに笑って言う
「それが酒の精の本分だから仕方ないよ。
トロルは温泉を見つけるのが上手いからね
俺はザイカに頼まれてそれを探しに来たんだよ。」
温泉、なるほど
考えれば考えるほど素晴らしいシステムに思える。
しかし・・・
「素晴らしい案ですが、温泉がどこに・・・?」
問題はそれだ。リトルウィング周辺に温泉があると言う話は
一度も聞いたことがなかった。
昨日その話したばかりなのに、とザイカは呆れて笑う。
モメラスは相変わらず優しげに説明してくれる。
「ルミナス山はともかく、このアステア岳は
すごい年寄りだから
温泉は地下の深い所に溜まってる。
だから物凄く掘ればどこでも出てくる訳なんだけども
現実的じゃない。
だから、温泉の呼吸口を探すんだよ。
現にトロルの自治区は温泉を引いてる。」
モメラスはしゃがみ込んで両手を地面に当てる。
「温泉の呼吸口は丘陵地に多いから
俺の見立てではそう遠くないところにあるはず・・・」
しばし目を閉じて集中し始める。
風がサアっと立った。
モメラスはスッと立ち上がり
徐に歩き始めた。
ザイカとユーリがそれについていく。
アステア岳の森の中を小羽屋から
数百メートル登っただろうか
モメラスは、小川の前で立ち止まった。
この小川の存在はユーリも知っていた。
宿から一番近い小川であるのだが
地元のお爺さん達から
トラウト、エビの類が殆どいないと聞いていたし
実際に見たことが無い。
「あそこだ。」
モメラスは急に指を刺す。
その先には小川があるだけだ。
「どこ?」
ザイカとユーリは同時に問う。
モメラスは更に刺し指した場所に近づいた
小川の上を何でもない様に
スタスタと歩いて行った。
「これ、この岩の間。思ったより目前まで温泉は来てるみたいだ。」
斜面の付け根にある大きな岩と岩の間を指差した。
「この下5メートルくらい掘ると大岩が居座ってるんだけど
それが温泉が噴き出てくるのを堰き止めてるらしい。
それを退ければ出てくるはずだよ。」
「じゃ、掘るのは私の仕事だね!」
とザイカがシャベルとツルハシを持ち出す。
ユーリに一つの疑問が生まれてしまった。
「あの、モメラス、
温泉が噴き出てきた後、この辺の地盤とか大丈夫ですか?
土砂崩れが起きたりとかしません?」
モメラスとザイカはユーリを見つめた。
元々あったものが無くなるのだから、
れが無くなると言うことはそう言うことではないのか。
「溜まってるのは地中何千メートルも先だからね、大丈夫だよ。
ここはただの呼吸口。元々穴は開いてるものなんだよ。
逆に堰き止めてるから、アステア岳にとっては良くない。
放出してやらないと。」
精霊の専門家であるトロルが言うのだから、そうなのだろう。
「ユーリって、優しいね。」
モメラスはまたにっこりとした。
「そう、ですかね・・・?」
これは優しさなのか?
それじゃ!とザイカは早速掘り進め始めた。
流石ドワーフ、本当にみるみる間に掘り下げていく。
家の高さくらい掘り進めた頃
直径2メートル程の岩が現れた。
「それみたいだ!」
穴に向かってモメラスは言う。
「うん、なんか妙に暑いよここ!」
ザイカも温泉の存在を感じた様である。
ここからはユーリも一仕事だ。
石を動かす魔法は、モメラスの方が上手いと思うので
石を宙に浮かす補助魔法をかけることになった。
穴が崩れてこない様に結界の魔法陣も描こうとするが
ザイカが
「ドワーフの掘った穴がそう簡単に崩れるわけないでしょ!」
と止めた。
そう言うものらしい。
準備ができたところで
少々離れたところから、魔法を発動する。
ユーリは直立し、杖を構える。
モメラスはしゃがみ込み、地面に手をつく。
ミシミシっと穴の中から音がする
岩が動いたのだ。
ユーリは少しずつ魔法で石を持ち上げる。
思ったよりも重い石だ。
ザイカの掘った大穴からゴロンと
想像以上に大きな石が転がり出してきた
と同時に
ブシューっと大きな音が周辺に響き渡った。
噴水の如く
空に向かう木々と同じくらいの高さまで
温泉が勢いよく飛び出していった。
湯気が出ている。
これはそこそこ熱めの温泉である。
おー!っと皆歓声を上げる。
ユーリは横を見ると
ザイカはやったやったー!とはしゃいでいる。
モメラスはやり切った感を出しニコニコと温泉を見つめる。
温泉のせいなのか、労働のせいなのか
久しぶりに味わう様な
じんわりとした暖かさと、清々しい達成感とが
ユーリを包み込む。
この光景を
サムエルにも見せたかった。
ほんのり、そう思った。
呼吸口と書きましたが、これだと汗腺みたいですね。でも汗腺だと何か情緒が・・・




