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25. ドワーフのザイカ

ユーリは、誰もいなくなった

サムエル宅のウェイティングルームに残された。


トボトボと

またあの嫌な浮遊感を味わいつつ

小羽屋へ帰るしかなかった。


そこからはサムエルの言う通り

本当に彼からの便りはなかった。


季節は雨季真っ只中。

今日は風も強く嵐になっていた。


リトルウイングの街に観光客は殆ど見えない。


それでも最近の小羽屋は

例の、サムエル旅行代理店計画のお客様も含め

常に1日4,5室はお客様がいた。

この時期にこの客数、快挙であった。


行動力は全ての力につながる。

ユーリは理屈では理解していた

つもりだったが


やはり、改めて考えるとサムエルの行動力は

強い影響力がある。

売り上げは自身の行動に直結する。

あの人はそれを体現した様な人、いやエルフであった。


誰も従業員がいないので

朝食は1人で対応するしか無いのだが

夜の営業を諦めたことで

随分と楽になったのを覚える。


とはいえ、地域の住民からドヤドヤ言われるのはやや癪であった。

夜開いてるからよかったのに、だの

地元の食材を使ってくれたから期待してたのに、とか

勝手なことを言う物である。


しかし、元来ユーリは

あまり他人の評価を気にする人間ではない

我が道を行くタイプである。


少々嫌悪感を覚えていつつも

何か言われている気配も察しつつも


それよりは夜の仕事から解放されたことで

完全に居住棟に居着いている猫の八時半(ハチ)と戯れ

釣れない魚釣りに1日費やす

釣ってきたルミナストラウトとヌマエビを

フィヨナお婆ちゃんと一緒にゆっくりと食べられる

たまには魔法の研究をしてみる。

夜はワインとチーズを楽しむことができる。


束の間だがそんな日常を楽しむ余裕ができた・・・

と好意的に捉えていたのだが


上手くはいかなかった。

短期間で超多忙、無客状態を

一気に味わったユーリは

何もしなくても良い、と言う時間に

罪悪感を覚える様になってしまっていた。


また、サムエルの仕事ぶりを思い出す。

何かしないといけない

と言う気持ちに駆り立てられる。


今日は朝食ピザの開発のため

夜の9時、ピザを黙々と焼いていた。

明日の朝は幸い朝食のオーダーが一件も無い

珍しい日だったので

夜通し研究して、朝寝坊しよう。

と考えていたのである。


夜の食堂は、かつての喧騒など微塵も感じない。

寂しいものである。


釣ってきたヌマエビ、買ったリーブラックオイスター

近所の人からもらったイカのピザができた頃


不意に、カランカラン、と客を知らせるドアの音がする。


入り口には1人の女性が立っていた。

小柄でありながら

どこか体格の良さも感じる人影である。


「あ、灯りがついてたから、やってるかなと思って。

ごめん、違ったかな。」


ユーリはこの人物を覚えていた。

夜食堂の営業をしていた時に

よくお客様として来てくれたドワーフだ。

名前は確か・・・


「ザイカ様、ご無沙汰しております。

すみません、今夜は営業して無いのです・・・」


「やっぱりそうだよねー、ごめんお邪魔しちゃって。」


ザイカは、ドワーフの女性である。

身長は低く、体型はがっしりと筋肉質である。

小粒ながらくっきりとした目鼻口

ツインテールのブロンドの髪 。

ユーリは密かに"うさぎちゃん"と

あだ名付けていたお客様であった。


ユーリは今、無性に誰かと話したい気分であった。

きっとこれも何かの縁だと、ユーリは思い切って誘う。


「もし宜しければ、試作ピザ、一緒に食べてくれませんか?

ジンもありますし・・・なんなら泊まれます。」


「何それ天国、喜んで!!」

ザイカはパッと明るい顔をした。


急遽、ここに女子会が発足したのであった。


ザイカはゴンゴルド討伐のためにこの地域に来た冒険者で

今はルミナス山にあるドワーフの自治区で

機械修理業のフリーターをしていた。

東大陸南部の地元では実家が機械修理を担っていたらしい。


ザイカは、いわゆる脅威的な聞き上手であった。

ユーリはお酒の力もあり

ほぼ初対面の人に今まで起こったことを

一通りペラペラ喋ってしまう。

最近は特に、サムエルの聞き役に徹していたせいか

喋ることに快感すら感じていた。


話題がエミルの逃亡の話になる。


「え?あの人間の男の人と付き合ってなかったの?

何なら夫婦かと・・・」

逆に驚かれてしまった。


「無いよ!雇用主と従業員だって!」


「わー、それはちょっとエミル?に同情しちゃうな。

一応ユーリの役に立ちたいって思ってたんだろうし。

ただの雇われってだけなら、そんな感じではないよ

まあ、でもそんな感情任せに

仕事を辞めて良い訳は無いよね。」


このピザ美味しいけど

朝食には重いね?

あっはっはと

ザイカは笑っていた。


ユーリはショックを受けた。

朝食ピザの感想の件では無い。


この状況は

・・・酔っているから自分の100%主観で考えるが

私が一方的に被害者だと思っていた。


「やや、私だって

ここで小羽屋のために一生懸命やってくれてたから

エミルを盛り立ててたのであって

そんな、下心?なんだとしたら、すごくムカつくんだけど!

バカにしすぎ!!しかも仕事できてないじゃん!!」


ユーリはジンライムをグッと飲んだ。


「仕事ができなかったってのが

エミルのフラれた原因だね。

そこは仕方ないわ。」


うんうんとザイカには少々考えて、答えた。


「じゃあ、ユーリはあのエルフのサムエル?

とか言う舞踏家の方が魅力的なの?」


ユーリは固まってしまった。

魅力的・・・?


あまりに、サムエルが自分とは違う考えを持ち

異世界人すぎたので

そんなことを考えたこともなかった。

ユーリは少し考える・・・これが、恋・・・?


「ユーリの話聞くと

結構サムエルさんの無茶振りには

健気に答えてるから、そうなのかなって。」


ユーリは更に考えた。


確かにサムエルの型破りで強引なやり方には

相当思うところがある。

しかし、心の底から彼の行動を嫌悪わけではない。

なんだかんだで尊敬している。


・・・これが、恋・・・?


否・・・


恋以上に一つ、大きな問題がある。


「私サムエルからお金借りちゃってるし。」


急に一括で返せとか言われても困るし・・・

聞かざるを得ないんだよ・・・

ボソボソと答えた。


また、ユーリの顔が楽しくなさそうになるのを見て

ザイカも残念そうな顔になる。


ユーリは酔いが覚めたような、神妙で

青白い顔になったのではないかと思う。


「あー・・・わかったわかった。

でもさ、下心って言うけどさ

下心がなせる技?良く言えば恋心って

すごく大きな原動力だと思うわけ。

その人のためなら苦労を苦労とも思わないし

喜んで尽くしちゃうし

周りに何言われようが逆に周りが悪い!って思っちゃうし。

本当に何でもできちゃう無敵な感じ。」


急にうっとりと話し出すザイカ、経験談か。


「そうなの?」


「そうだよ!ユーリは恋したことないの?」


ユーリは、違う意味でまた固まってしまう。


今までに本気で好きになった男性。

・・・強いて言えば女性も

いただろうか。


男性と交際をしたことは1度だけあった。

ものすごく言い寄られて、断りきれずに付き合った。

しかし割と直ぐにこちらに引っ越すことにしたので

あっさりと別れた。

未練も何もなかったのですっかり忘れていたくらいだ。


「だからね、あのサムエルさんが・・・

弟子の子達とか

イーリス?とかを色恋営業で釣るってのが

本当ならだけど

・・・何か手っ取り早い手だと思っちゃう。

言うことは聞くし

多少の困難なら一緒に乗り越えてくれるし

女の子たちは傷つくかもだけど、一瞬だし

逆にそれを乗り越えると

何か友情みたいなもんも芽生えてきたりするし・・・」


「そうなの?」


「そうだよ!上手くいけばね!」

ザイカはまた自分の思い出を話している様だった。


「もしそれを測ってやってるんだとすれば

コントロールはものすごく難しいと思うよ。

でも、そこまで持っていければ

何か戦友にも似た

強い共通意識みたいなものが芽生えない?」


「・・・」


ユーリが不思議な顔になったのを察して

そっか・・・

と言いながらザイカも

ジンライムをゴクゴク飲んだ。


ユーリには全くザイカの言うことがわからなかった。


と同時に

その恋の万能感を覚えられる人たちが



極めて、妬ましく思えた。



「ザイカ、私、恋したいよ。」


「ま、ユーリも若いし、これからだよ!

・・・あ、誰か紹介しようか?

種族とか拘りある?」


ザイカが、笑ってカラカラ話始める

だんだんと、ユーリの脳みそが

その言葉を言葉として、理解しなくなってきた。


そうだ、ザイカもドワーフだ。

見た目は若いけど多分私よりもずっと年上なんだ・・・

きっと大人の恋の話だ。


と酒に侵された脳みそで考えた。


ユーリはかなり酔っ払ったらしい。

と言うよりこんなにも飲んだのは初めてのことであった。


次に気がついた時は

自室のベッドに寝ていたのであった。


次の日の朝、若干前日の酒を引きずっているユーリの目の前に


シャベルとツルハシを携え、ヘルメットを被ったザイカと

精霊に詳しいという、トロルのモメラスという男性が現れた。


・・・その時ユーリは酔って忘れてしまっていたが

この宴席でザイカは

お礼に屋上露天風呂を治して

何ならこの辺の鉱泉を掘り当てる約束をしたとのことだった。

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