24. 遠征
「やあ、君かユーリ。珍しいね突然。あれ?今日は・・・」
サムエルが卓上カレンダーを見る
「そっちにはイーリスがいるよね。
・・・何かあったの?」
サムエルは心配そうな顔をした。
一通りの経緯を説明する。
しかし、イーリスがサムエルに好意を持っていると言うこと
これは、いざ話をしようとすると
上手い伝え方が全く思いつかなかった。
これなら、手紙でも良かったかもしれないと後悔を始めた。
結局のところその部分だけは伏せ
何が起こったかの事実だけを伝えた。
「突然出て行ったの?何か言ってた?」
当然不自然な流れなので突っ込まれる。
・・・
“甲乙は、本契約に定めの有る無いに関わらず、
業務について問題が生じた際、
まずは、真摯な協議の基
これを解決する義務を双方が負う”
“君言葉足らずそうだもの!”
“・・・はい。承知しました。”
不意に部屋のどこからか、またあの文言が聞こえてきた。
サムエルはウェイテイングルームに契約書置いてるのか・・・
「机の引き出しに入ってるんだよ。
もちろん鍵かけてるさ。
にしても、あの契約書あんな感じになるんだな。」
サムエルも驚いていた。
「ま、そう言うことだよ。ちゃんと何があったか話してくれなきゃ。」
ユーリは、フーッとため息をついて
わかりました、と慎重に言葉を選んで話を進める。
「サムエル、これはイーリスがしゃべってた文言をベースに
私が推察したことなんですが・・・」
また一息つく、なぜ自分が他人の醜聞に
口を突っ込む様なことを言わねばならないのか。
何度考えてもユーリはこう言う話に心底興味がなかったし
それを仕事に持ち込む者らも大嫌いであった。
ユーリは相当にイライラとしていた。
「イーリスは、多分、あなたのことが熱烈に好きなんだと思います。
毎日のように、あなたの話を聞きましたし
最終的には私とサムエルの仲も疑っていました。
それで、怒って出て行ってしまったんです。」
サムエルは、驚いた顔をしていたが
やがて呆れ顔になり
はあーっとため息をついた。
「・・・アイツお花畑なところがあるとは思ってたけど
そこまで浅はかだとは・・・
イーリスが、ごめんね。」
ユーリは、違和感を感じた。
イーリスがああなってしまったのは
彼女のせいだけなのか?
イーリスに気を持たせる様なことを言って
ゴンゴルド討伐にも利用して
ここの仕事にも利用しようとした。
・・・そのアフターケアが足りていないから
イーリスはああなっているのではないか。
「サムエル、気を悪くしないで下さいね。
イーリスは、あなたが小羽屋にいることを
期待していたみたいですし
あなたが一度は来る?
みたいな約束もされてたと言っていました。」
「行きたいとは言ったけど
行くなんて一言も言ってないって。
それに急遽エルフ王国領公演が決まって・・・
明日もまた行かなきゃなんだよ。」
言い訳だ、とユーリは思った。
しかしサムエルは珍しく神妙にユーリの話を聞いていた。
「サムエルがイーリスの気持ちに気づいていたなら
もう少しケアが必要じゃないですか?
気を持たせる様なこと言ったり
かと思ったら、こうやって放置したり・・・」
「別にそう言うつもりなんて無いよ。
・・・でもごめん。」
なぜかサムエルは非常に素直にあやまる。
サムエルが素直だと調子が狂う。
それと共にユーリは今
こやつらの痴情の縺れに巻き込まれて
無性に腹が立っていた。
出過ぎた発言は控えたい、がしかし。
「私とて、あなたのやり方に口を出したくありませんが
ああ言う方たちには
予めサムエルから私は借金の借主で
そう言う関係じゃないからと
伝えてもらえませんか?」
少々の間があった。
そしてサムエルは、フッ鼻でと笑う。
「君だって、それしなかったの?」
「・・・と言いますと?」
妙な質問だった。
「僕がする前に、君が説明すれば良かったじゃないか。」
まさか、私の落ち度にしようとしているのか。
ユーリは、思わず眉間に皺を寄せる。
「当然、しましたが、信じていただけませんでした。」
ピシャリと言い放つユーリ。
サムエルはその発言に驚いたのか
目を少々見張る。
「もし今後そう言う方をお連れ頂ける機会がありましたら
少なくとも、私とは男女の関係には無いと
サムエルからはっきり言って欲しいです。
こんな風に敵視されては、仕事にならない・・・」
「もう、そう言う奴はそっちに送らないよ。悪かったね。」
サムエルは履き捨てるように言う。
ものすごく不機嫌になってしまった。
・・・しまった。
ユーリは、やらかしたことに気がつく。
少々言い過ぎてしまった。
ここ数日入れ替わり立ち替わり
慣れない人物たちと関わっていたせいで
ストレスが溜まっていたのだろう。
結果は如何にしろ、サムエルの厚意でやってくれていたことで
それはユーリにも分かっていた。
こんなに攻め立てるつもりはなかったのだが・・・
そもそも、多額の借金を肩代わりしてくれているのに。
ユーリはスッと
何かが自分の中で引いていくのを感じた。
「あの、サムエル、すみません。
私、少々言い過ぎてしまいました。」
ユーリはすぐに、謝る。
「・・・そう思ってるなら
どんどん言った方が良いよ。」
サムエルがどんな顔で言っているのかはわからない。
ユーリは顔を上げることができなかった。
「ユーリ、君一つ勘違いしないで欲しいんだけど
俺ってかなり忙しいんだよね。
リトルウイングに行くのも、かなり無理して行ってるんだよ。
明日からもエルフ王国行くって、言ったよね。」
サムエルの声色は、いつもと変わらないが
言葉のちょっとした使い方に
棘があるのを感じる。
「今も本当はあまり長い間おしゃべりはできない。
君が来たから、会議を抜けてきたんだよ。
何事かと思ったよ。
そういうの分かってる?」
ユーリは、恐縮する。
「はい、お忙しいのにお騒がせして、本当に申し訳ありません。」
・・・何の話だっけ?
サムエルの一人称って俺だっけ?
何やら話が脱線したのを感じ
不思議に思いサムエルの顔を見た。
なんとも言えない、切なげとも、怒っているとも
子供じみている様にも見える。
初めて見る顔をしていた。
「出過ぎた発言につきましては、謝ります。
本当に申し訳ありません。
日頃サムエルには救われていますし
感謝しています。」
改めて謝る。
「もし、サムエルが忙しくて、ご負担というなら、
無理してああも頻繁にお越しいただかなくても・・・
お手紙も、出来ればで良いと思います。
月次の売り上げなどは、定期的に私送りますから。
リトルウイングまで遠いのは知ってますし。
巻物だって、やはり勿体無いですし・・・」
サムエルの負担になりたくはない。
本業に支障が出てまでこちらの仕事をしてもらうと言うのは
かなり不本意だった。
本来、どこぞの会長、社長、要人、お貴族様と
やりとりする力のあるこの人に
あんなに小さな辺境の宿屋の事
ましてや朝食のメニューなど考えさせるべきでは無いのだ。
そこを勘違いしたことは、一度もないのだが。
・・・最近少々甘えすぎていたか。
「どちらにしろ、この一ヶ月は無理かな。
一ヶ月間なんだ。次のエルフ王国領滞在は。」
ようやく喋り始めたと思ったら
聞いたこともない様な暗い声であった。
「エルフ国王の妹君、内親王殿下主催の公演会だから。
気合い入れて行かないといけない。」
そんな、大それた会に行くなら
やはり尚のことである。
「はい、それは、勿論、最優先事項です。」
サムエルは相変わらずの顔をしている。
今度はサムエルの方がユーリと目を合わせない。
ユーリは、何を言えばこの暗い顔を拭えるのか
何もわからなかった。
「殿下とは親しいんだよね、竪琴の名手で。
演奏に付き合わなきゃなんだよ。」
ユーリにはあまりピンと来なかったが
人間の王様のことで考えても
極めて名誉で、大役であること。
それだけはわかる。
「本当にサムエルは凄いです。そんな会に出られるなんて。
ご成功お祈りしております。」
相変わらずのことしか言えない。
それ以上何を言って良いのかもわからない。
暫しの沈黙が訪れる。
・・・そういえばこの人、会議抜け出したとか言ってなかったか?
さっきあんなに怒っていたくせに、良いのか?
と、ユーリが気がつき始めた頃
再びサムエルが言葉を発した。
「ユーリ、帰り方わかるよね。」
「はい」
もちろん分かる。
「もう僕は行くから、自分で帰ってね。
さっき言ったけど、しばらくは手紙も書けないと思う。
宮殿内は転移もできないし。」
と言い切ると、力なくスッと立ち上がった。
ユーリはサムエルが
以前会った時よりも痩せていることに気がついた。
「あの、サムエル・・・」
サムエルは、ユーリを見る。
「何?」
それは冷たく突き放す様な言い方では
無かったのだが
やはり暗い声であった。
もしかしたら、疲れているのかもしれない
とユーリは思った。
本当はもう少し話したいこともあった。
一ヶ月連絡が取れないなら、諸々の意識合わせもしたい。
しかし、この様子では、あまり引き止められないだろう。
「・・・今日はお時間作ってくださってありがとうございました。
体調には、気をつけてください。
できれば、少々休んだ方が良いとも・・・思います。」
「・・・すみません、今は私が疲れさせてしまったと思いますが。」
途中まで言ってみて、エミルに言われたことを思いだしたのだ。
あの時エミルにイラッとしたことに
少々の申し訳なさも感じた。
サムエルは、最後まで掴めない表情のまま
「別に疲れてないって。」
と一言。
いつもの素早い動きで
あっという間に
扉の向こうへと行ってしまった。




