20. 清掃主任ヒーロ
人間ユーリと、コボルトヒーロとの対話。
これは、異文化交流以上に
哲学の部分に差があると判断した。
私たちの常識は、彼女ら・・・性別があるのかも不明だ
とにかくコボルトの非常識。
「ヒーロ、ちょっと話は戻る。
報酬が増えるって私が言ったら
結構怒っていたけど・・・
ごめんなさい、貴方の気に触ることを言うつもりはなくて。
その後家を荒らして出ていくって、どんな感じなの?
衝動的にそうなるの?それとも
そう言う決まりだからやってる?」
ユーリも言葉を選びながら話す。
今となっては、宿屋を手伝って欲しいというか
そんなことは少々どうでも良くなっていて
コボルトの生態に興味津々であった。
ヒーロは目をぱっと見張る
しかし先ほどの禍々しい感じでは無い。
質問が意外だったのか、少し驚いた様であった。
耳をパタパタさせ、考えてから答えてくれた。
「そうですわね・・・先ほどそう聞いて
申し訳ないのですが
ても抑えきれない怒りを覚えましたわ。
訂正を頂けなかったら、私、
あのまま家を荒らして
ここを飛び出していたかもしれません。」
ユーリは興味深く分析する。
おそらく、これは、DNAレベルで
インプットされた行動なのであろう
我々が当然に、息をする、歩く、食べる
これらをするのとと同じように。
コボルトには、この動作は本能として
プログラミングされているのだ。
フィヨナお婆ちゃんがいつか言っていた見立ては
正しかったのである。
「ヒーロ、私は貴方を尊重したいし、
傷つけたたいなんて、思って無い。
その前提で聞いてほしい。」
これだけは前置きをして続ける。
「私としては、例え貴方がいなくなっても
ここの運営はしなければならない。
とはいえ、あなたがいてくれることが
ベストだと思ってる。
ヒーロにとって居心地が良いように
努力はしたいと思うんだけど
これからのことを考えなければならない。
貴方たちみたいにシンプルに考えられるのは
正直憧れるけども・・・」
言葉を選びすぎて
抽象的、支離滅裂になっているのを自覚した。
一息ついて続ける。
「これから、この宿がメチャクチャに忙しくなって
って思って、私たちに不満が出てきて
もう出来ない!無理!
ってなったら
一回くらいは、私に打診して欲しいんだ。
もちろん、直す。
出ていくのは、それからにして欲しい。
その結果も、私は受け入れるからさ。
それも難しいのかな?」
ヒーロは、今度は、まっすぐ目を見つめ
すぐに答えてくれた。
「もしそれがお望みであるなら
あの怒りを覚えましたら、一度打診させいていただきますわ。
あと・・・」
「最初の方のご質問ですが、あなたたちの時間の
午前10時から午後3時の間で
全部のお部屋を掃除することは可能ですわ。」
突然ヒーロは最初の質問に答えてくれた。
ユーリは、少し安心する答えをもらえたと思った。
「ヒーロ!ありがとう!」
「私たちは、できる限り家主の希望に応えるようにと
母から教わっています。
基本的には、家主を裏切ることは致しません。
嘘もつきません。
これはどのコボルトも同じことかと存じますの。
ですから、ユーリ
貴方も一つ約束して欲しいのです。」
唐突に名前を呼ばれ、ユーリはハッとした。
「今、そして今後もですわね。
私と喋った会話の詳細は
あまり他の人には喋らないでいただきたいのですわ。」
「わかったよ、言わない。でもどうして?」
「わかりやすく言いますと
私たちは、家主側から見ると
都合のいい生き物に見えるらしいのですわ。
私たちを支配して邪なことに利用しようとする者が
少なからずいるからですの。」
少しヒーロは残念そうな顔をしている。
ユーリは最もだと思った。
「理解したよ。約束する。」
ヒーロは一層にっこりした。
「ありがとう、ユーリ。
約束ですわよ。
家の外でもこの約束は守ってくださいましね。」
ヒーロは、その大きな耳を指す。
すると少々目を開き、また怖げな禍々しい雰囲気になる。
厨房の隅の方から、メキッ、ミシッ
と音がしてくる。
「・・・私たちの耳はとても良いんですの。
この世界のどこにいても
皆様の会話が聞こえてきますわ。」
ユーリは、ヒェッと、恐怖を覚えた。
・・・今まさに新たな興味が湧いてしまった。
「・・・ていう事は、
他の家にいるコボルトとも情報共有ができたりするの?」
恐る恐る、聞いてみた。
コウモリは超音波を発し他の個体とコミュニケーションをとる。
クジラは北と南の海で、それぞれ会話ができる。
不可能な話ではない。
意外にも
禍々しい雰囲気はスッと消え
ヒーロは少しまた驚いた様子を見せたが
少し微笑んでいた。
「その通りですわ。あなたは小さな頃から利発な子でしたわね、ユーリ。
質問魔なところも変わらない。」
「私と昔、会ったことがある?」
ユーリには全くその記憶はなかった。
ヒーロはふふッと楽しそうにしている。
「アンナがこの宿の主人だった時ですわ。
あなたが小さい時、年に1度はフィヨナとゴルムに連れられて
いらっしゃっていましたわね。
うちの子達と楽しそうにおしゃべりをしていましたわ。」
やはりユーリには全く覚えがない。
不思議な顔を察しているのを察して更に続ける。
「あなたは当時から、私たちの文化に興味津々で
子供等に質問し放題でしたのよ。
あなたが小さい子だからって
うちの子供等も何でもかんでも教えてしまって。
ですから、あなたの記憶を
少し消させていただきましたの。」
申し訳なさそうな顔をした。
ユーリも合点がいった。
同時にその記憶がかなり惜しく感じた。
「さあ、もう夜が開けてしまいますわ。
そろそろお終いにいたしましょう。
特にあの小煩いエルフがいる間は
貴方も休まらないでしょう。
明日は私も働かされるのでしょうし。」
「・・・本当にごめんね。」
としかユーリは返すことができなかった。
ニコニコとしたヒーロは
両手をパンッと叩く。
それと同時にユーリは
急に目眩が起きたように
頭がぐらっとする感覚に見舞われた。
「ユーリ、また貴方にと話せて
楽しかったですわ。」
と言う声が、耳に残った。
気がつけば、厨房は綺麗さっぱりと片付いていて。
ユーリは、大きなピザ窯の前の椅子に
ポツンと座っていた。
時計を見ると時間は午前0時5分
サムエルの泊まる客室を出てから
5分しか経っていない
・・・わけがない。
ユーリは慌てて厨房を出る。
すぐそこに腕組みをしたサムエルが立っていた。
「時間操作の魔法を使った形跡があるね。
全く細っしゃくれた魔法使うよね。
コボルトって奴らは。」
サムエルは、何やら気に入らなげな様子であったが。
「で、コボルトと話はできたの?」
ユーリに詰め寄る。
「え、まあ、10棟アウトイン清掃は時間内に可能みたいです。」
「へー、それは何分でできるの?」
「・・・そこまでは今回は聞けずですが」
「えー!?また出し惜しみしてるんだな、全く・・・」
ユーリも何やら肝心な会話の詳細が
徐々に思い出せなくなって来ている。
まるで昨日見た夢を思い出そうとしている。
そんな感覚であった。
これが、ヒーロの言う記憶を消す魔法なのだろうか。
全体的に記憶が消えていないのは
今はユーリも魔力が強くなっているので
完全にはヒーロの魔法が効いていないのかもしれない。
もしかしたら、逆に覚えが悪いのは
・・・目前に迫る二徹の影響かもしれない。
果たしてどちらのせいなのか
今は判断ができないほどに
ユーリには、眠気が襲っていた。
その日は、サムエルの疲労も限界に達していたらしく
解散になった。
結果的に、次の日
ヒーロは、アウトイン10室清掃を
ユーリの体感では15分ほどでできることが判明する。
その晩サムエルの部屋では、一晩中家鳴りがして
滅多に見ない悪夢を見た。
と言うことだった。




