19. コボルトのヒーロ
ユーリは、自然と、ヒーロがいそうな
食堂の厨房に来ていた。
やはり・・・食器が宙を舞っているのが見える。
ユーリはさっと厨房に入り
恥を忍んで宙に話始めた。
「ヒーロ。いるんだよね?
私、一度あなたと腹を割って話したい。」
全く空虚にそんなことを言い始める自分に
恥ずかしげも感じていた。
しかし、皿がそっと、シンクに置かれて
動かなくなった。
また、しばらくすると
皿が動き始めるのであった。
ユーリは確信を得て、めげずに続けた。
「ヒーロ、何で、貴方たちコボルトは
ご褒美が多くなると
家を荒らして出ていっちゃうの?
今貴方とのコミュニケーションが
私・・・この宿屋の存続に必要なんだ。
お願いだから、話をさせて。」
しばし沈黙の時間。
やがて、厨房の奥から
声が聞こえてきたのである。
「何故、私たちが、そんなことをするかなんて
考えたことがありませんわ。」
想像以上に女性らしく、可愛らしい
細い声であった。
すると唐突、ユーリの目の前に
ぬっと、小さな人影が現れた。
大きさは、幼児のように小さいが
色は浅黒く、しわしわしている。
耳は、コウモリの羽にも似て
象のように大きい。
耳を時折パタパタとさせている。
伝承のまま聞いたような、コボルトが
目の前に現れたのである。
ヒーロは常に笑顔を湛えていて
目がほっそりとしていた。
ユーリは、ヒーロ
初めてのコボルトを目の前にして
・・・かなり、興奮していた。
変態、と言う意味では無い。
知的好奇心が刺激されたせいだ。
ヒーロはユーリでもうっとりする様な
流暢で丁寧な他種族間で通用する
共通語で、ゆっくり話し始めた。
「私に母が言っていたのです
家主が急に報酬を多くし始めた時は、私たち・・・
あなた方の言葉で私たちのことをコボルトと呼びますわね
コボルトを支配しようとし始めている時だから
そう言う時は、見せしめのために、家を荒らして
次の移住先を見つけなさい、と。」
ユーリは、この回答を聞いて
自身の知的好奇心が司るところが心臓であることを自覚した。
心臓がドクドク言うのを、抱えるように
ヒーロを見つめていた。
本来なら、進めなければいけない会話はあるが
コボルトについて
聞きたいことが、考察が
火山の様に溢れ出た。
「お母さんがいるの?」
「母は、以前太陽が月に半分隠れた時
大地に還りましたわ。」
前回の日食、しかも、半分隠れるタイプのやつをたどれば
ヒーロのお母さんが亡くなった年を割り出せるらしい。
「か、家族がいるの?」
「娘が2人おりますわ。ここのお掃除を一緒にしていますわ。」
初耳だった。
3つのパンと3カップの牛乳。
3人分の食事だったのか・・・
「全然知らなかった。ヒーロの娘さんはいつから手伝ってくれてるの?」
「上の娘は、北風が西寄りに吹き始めてから。
下の娘は、ルミナス山が雲を集め始めてからです。」
ユーリには全くそれらが
いつのことなのかは、見当がつかなかった。
「フィヨナお婆ちゃんが来てから?」
「それよりはずっと前ですわよ。
下の子はアンナの子を妹の様にお世話していましたわね。」
と言ってふふふ、と微笑ましい思い出かのようにいう。
「そんな長い間・・・それって、パンとスープだけで、足りたの?
3人もいたのに・・・」
と、発言して、早速ユーリは後悔した。
ヒーロは耳をパタパタさせる。
すると突然
目を開き、眉を釣り上げる。
その目は想像以上に血走り始めた。
眉間に皺が寄っている。
先程までの優しい雰囲気が消え去り
禍々しい雰囲気さえ醸していた。
ユーリは慌てて撤回する。
「ねえ、待って, 待って
報酬を増やすとかじゃなくて
単純な疑問です!質問です!
足りてるなら、何も問題ありません!
ねえ、ヒーロは、旦那さんがいるの?」
話題を変えるのが一番だと悟った。
案の定、スッと、ヒーロの禍々しい雰囲気は消え
元の優しげな雰囲気に戻った。
「夫はおりませんわ。」
「シングルマザーなの?」
ヒーロは少し考えて答える。
「コボルトに夫はおりません。子は然るべき時に授かるものですわ。」
・・・コボルトは単性生殖するのだと解釈した。
「・・・ねえ、ヒーロ
私は貴方と今腹を割って話がしたい。
私は貴方にここにいて欲しいから
貴方が出て行きたくなるような発言はしたく無いんだけど
何が嫌なのかそれも分からない。
嫌なら嫌って言って欲しいんだ。」
・・・ヒーロは、ニコニコ黙っている。
ユーリは、言葉を変えることにした。
「それじゃ、私は勝手に喋ってるから
答えられそうな質問には答えてくれる?
どう?」
「私はここにおりますので、貴方の言葉はよく聞こえますわ。」
何とも食えない返答である。
ユーリはそれを聞いて喋りながら
質問を考えることにした。
「私たちは、今の戦力、というか、今できる範囲で
どれだけの掃除ができるのかを知りたいんだよね。
・・・と言うのも
それがちゃんとできないと
私たち、ここから追い出されてしまうんだ。
宿も存続できなくなるし
・・・ヒーロも、娘さんも達も
ここから追い出されたら困る・・・
・・・え?
困る、よね?」
ユーリは、ヒーロは当然ここを追い出されることが嫌
と言う前提で話していたが
ヒーロの変わらないにこやかな顔を見ているうちに
だんだんと自信がなくなってきたのである。
どうか、困ってくれ、と思いながら
しかし同時に、純粋な疑問として質問した。
ヒーロは相変わらず耳をパタパタとしている。
「そうなったら、ヒーロはどうするの・・・?」
「次の移住先を見つけますわ。」
ヒーロはサラッと応える。
「・・・見つからなかったら?」
我ながら子供のような質問であった。
「そうしたら、私も娘たちも、大地に還るまでですわ。」
「それ、怖くないの?」
ヒーロは少し考えて、答える。
「貴方は、大地が怖いの?」
ヒーロは不思議そうに、ユーリを見つめた。




