12. フットワーク
サムエルの借金肩代わり宣言。
それから、2日が経過した。
ユーリは、あの後すぐイーシュトライン地方銀行に
早馬の速達を送ったが、返事は来ない。
返済の件がどうなっているのか
確かめに行かねばならないが。
その日の夜は間の悪いことに
食堂の方で地元の敬老会の反省会(と言う名目の飲み会)
のオーダーが入っており
すぐに直ぐ、ここを離れると言うことも出来ない。
エミルに、1人で頑張れるか尋ねても
「1人では無理でしょ?30名近くいる席だよ?」
とのことであった。
更に次の日は、予定を入れてしまったとのことだ。
他に手伝ってくれそうな人もいない。
腰を痛めているフィヨナお婆ちゃん1人で
イーシュトラインに行くのも
厨房に立ってもらうのも
現実的ではない。
最近ではゴブリンの出現により、治安も悪化してしまったので
お婆ちゃん1人を残しての泊まり外出は心配であった。
今日こそは、なんとか全てをまとめて
エミルの予定も、今日の方はキャンセルしてもらい
泊まり込んでもらう約束もした。
午後からは来てくれる。
さあ出かけようと、思った矢先・・・
ユーリはちょうど食堂に入ってくる人と
ぶつかってしまった。
「やあ、お出かけ?ユーリ。」
聞き覚えのある声である。
到着の乗合馬車で降りて来たのであろう
サムエルであった。
「さ、サムエル!今イーシュトラインへ向かおうと・・・」
「君の来る気配がないから僕が来た。
君はもっとフットワークが軽いと思ってたよ。」
どこか皮肉めいた口調であった
ユーリはその若干癇に障る表現に
一瞬頭に血が昇るのを感じたが
ここは一旦自分を押さえて
今自分が一番言うべきことを言うことにした。
「サムエル、この間の件ですが
イーシュトライン銀行の返済はどうなりましたか?
・・・すみません、私
誰かに任せて出ていける状況ではなかったので。」
言い訳がましくなる様で、言うのを躊躇ったが
一応添えておく。
しかし、サムエルは
先ほどの言動など覚えていないかの様に話し始める。
「宿屋って拘束されるのが当たり前だから仕方がないさ。
でも、イーシュトライン銀行の件だったら、丸く納めてきたよ。
あの後、支店長とか、本部の人間とか出てきて、ちょっと面白かったんだ!
アルトの奴がゲロしないかも心配だったんだよ!
ファインツ会長がまたこの支店長と知り合いで・・・」
サムエルの話は要点が分かりずらいので
要約すると
・銀行側から、返済も結構だが、と新しいプランを勧められる。
・序でに元のプランは、フィヨナお婆ちゃんに漬け込んで、あまり良いプランではない事が判明
・新規プランへの借り換えの提案をされる。
・再び、めんどくさいから、一括返済を提案する。
・新規プランへの借り換え条件を物凄く引きずり出す・・・
「と言うことで、最終的に判断するのはもちろん君
・・・というか、フィヨナなんだけど、どうしようか?
引き出した新提案も悪くはないけど
結局一括返済の方が金利が安いんだよねー
でも、今決めるんなら僕もう払って来ちゃうけど。」
あっと、サムエルは思いついたように続ける。
「あのサイラス?とか言う魔法建築家の爺さんの事だけど
あの後イーシュトラインの建築課に突き出しといた。
契約無効になるんじゃない?
あの爺さんは無視していいけど
フォヨナが親戚周りに借りちゃったお金はなんとかしないとだよね。
結構な額じゃないか。これも一緒に返しちゃおうよ。」
などと言っている。
情報量が多く処理に時間がかかったが
ユーリは、少しの間で何とか今の話を咀嚼し
慎重に、言葉を選んで
サムエルに伝えた。
「簡潔に、申し上げてしまうのですが・・・
サムエルにそこまでして貰う理由が
こちらに無いと思うのですが。」
サムエルの笑顔がピタッと止まり、意外そうな顔をした。
「私としては、喉から手が出てしまいそうなご提案ですけれども
イーシュトライン地方銀行にサムエルが返済して
親戚周りにお金を返して
その金銭は新たに、祖母がサムエルに返すべき借金に
なると言うことですよね。」
「借金ていうか、あれ、エールとつまみ代だし!
それはそんなに気にすることないって・・・」
サムエルは、意外にも落ち着いた表情で応える。
「そうはいきません、額が大きすぎます。
あの魔法建築家の件もご覧になっていたでしょう。
サムエルが同じ様にするとは
当然思いませんが・・・」
交渉してくださった事自体はとてもありがたい。
それは伝えねば。
「あの大変な状況で助け舟を出してくださった事は
本当に感謝しています。
気を悪くしないで聞いて頂きたいのですが・・・
サムエルと祖母との付き合いだってそう長くないはずです。
私とサムエルなんて
たった数ヶ月前に初めて会ったばかりです。
あなたの世間的な信用は
もちろん、この間拝見しましたし
あなたが信用できないとかではなく。
どうしても、他の方に借金の肩代わりをしていただく
なんてこと、私には考えられなくて・・・」
結局のところは、サムエルが何のために
こんな事をするのか分からない以上
魔法建築家の二の舞になる。と言うのが本音だ。
今度は額も桁が違う。
サムエルは、真面目そうというか、悲しそうというか
とにかく神妙な顔をしていた。
「・・・ビジネスにおいて、経営難の時
個人経営者間の貸付なんてよくある話だし
銀行だと事務的だろ?融通なんて全く効かないし。
気になるっていうなら、無理のない範囲で返済してよ。
契約書も作るし。」
それとね、と言ってサムエルは続ける。
「僕たちだって、良かれと思って、ゴンゴルドを退治したんだ。
最初に仕留められなかったのは、明らかに僕たちの失敗だ。
それで苦しんでる人がいるのは、目覚めが悪いんだよ。」
確かに、ゴンゴルドショックが起きたのは
サムエル一行に原因があるのは確かである。
しかし、それは誰にもどうすることもできない
不可抗力であることは明白だ。
まあね・・・と言ってサムエルは続ける。
「だから一応、銀行から良いプランを引き出して来たじゃないか。
僕のことが信用出来ないって言うなら
そのままプラン変更して借り換えればいいよ。
・・・まあそれでもね
親戚たちへの返済はさっさとしたほうがいいと思うけど。」
サムエルは、ユーリのことをまっすぐ見つめた。
ユーリは居た堪れずサッと目を逸らした。
「逆に、サムエルは、そんなに私のことを信用しているのですか?」
「どう言う意味?」
「え?・・・だって、例えば、私が借金を踏み倒して逃げ出すとか・・・」
サムエルは、ブハッと吹き出した。
改めてユーリを見つめて言う。
「そんな事を気にしているの?
そんなこと考えて無いって、一目見ればわかるさ。
君は賢くて、根性があるって、この間も言ったろ。
僕はこう言う勘は外さないんだ。
絶対君は逃げないと断言できる!」
ユーリは、何と言って良いのか
分からない気持ちでサムエルを見返した。
「その代わり、僕も本気で経営に口出すからね。」
サムエルはにっこりとしていた。
・・・それは寧ろユーリとしては願ったり叶ったりであった。
サムエルは強引で、無計画な所あるが
有能な男であることはよくわかった。
サムエルのノウハウを学び倒したい
と言うのがユーリの芽生えた感情であった。
しかもサムエルの身分と実力は世間が保証している。
宮廷お抱え魔術師のクラウド、最近勇者として名高い騎士アルト
モルガン建設会長、王立病院神官超補佐エリナ・・・
どの人物をとっても凄まじい者たちばかりだ。
逆に、なぜ自分の様な凡庸な人間をこんなに気に留めるのか
何か裏があるのではないか・・・
そっちの方が気になるところである。
しかしユーリとしても、勘が無いわけでは無い。
では、ここで、結構ですと言ったり
少々考えさせてください、などと言ってみよう。
サムエルは絶対にやる気を失う。
この宿はずっとこのまま右肩下がりのままである。
しかも、強力な常連も失うことになるのである。
ユーリが黙って考えを巡らせていると
サムエルが答えを促し手を差し出してきた。
「で、どうする?」
ユーリは、サムエルのいつもの不遜な笑みと
その差し出された手を交互に見やった。
ユーリは、手を握り返す。
「・・・お願いします。」
ユーリはその後、あの手を取ったことを何度後悔したことか。
やはりサムエル・ロビンズと言う男は型破りで
今後ユーリを酷く振り回すことになるのだが
それはまた後のお話である。




