10. 転移の巻物
サムエルが予言したことは、またもや、そう遠くない未来に訪れた。
彼が去ってから数日後、再びあの初老の男が小羽屋に現れたのであった。
初老の男の名前はサイラス・ソードテイルと言う名前らしい。
フィヨナお婆ちゃんの親戚であるとのことだ。
サイラスはこの時
同じく初老の、しかし、少し砕けた雰囲気の男性
そして若い真面目そうな男を連れてきた。
もう1人の初老の男は、イーシュトライン経済商工会の役員であるとのこと
もう1人の若い男は、イーシュトライン地方銀行のなんとか主任と言っていた。
ここは、フィヨなお婆ちゃんが
小羽屋の購入費と改装費を借り入れた銀行である。
そしてサイラス爺さんは
イーシュトラインでそこそこ有名な魔法使い建築家なのであるらしい。
経済商工会の会員であるとのことだ。
カウンターに立っていたエミルは、その2人を見て
すぐさま、ユーリを呼びにきた。
心苦しいが、この転移の巻物を発動させることができるのは
ユーリしかいないので
最初はフィヨナお婆ちゃんに対応してもらうことにした。
エミルは、とにかく何かあったら知らせて、と
カウンターに配置したのだ。
最も、役に立つかは分からんと
ユーリは、あまり期待していなかったのだ。
サイラス爺さんは主張する。
「この惨状を見てくださいよ!採算なんか取れないでしょうよ!」
経済商工会の役員だとか言う
もう1人の初老の男も気の毒そうに言う
「うーん、リトル・ウイングも変わっちゃったねえ、素晴らしいところだったのに。」
銀行員が尋ねる。
「フィオナさん、今経営はどうですか?」
3人の男たちに囲まれながら
フィオナお婆ちゃんもなんとか対応しているの。
そのうち、
「あの娘はどこだ!?あの収支を皆様にお見せしてくれたまえ!」
なんて聞こえてくる。
ユーリは、少々前にサムエルに
こう言う時転移の巻物の呪文を発動させろと
サムエルに言われていたことを覚えている。
とりあえず、転移の巻物に魔力を込め、呪文を唱えてみた。
何も起きない。
転移の巻き紙は独特な光を帯びただけで
何も変わらない。
そりゃそうだ、サムエルにだって用事がある。
というより、お忙しい人なはずだ。
・・・あまりフィヨナお婆ちゃんを待たせるとが可哀想だ。
ユーリは、無策であるが
あの扉に向こうに行くしかない。
フーッと諸々の覚悟をして
向こうの修羅場へと足を踏み入る決意をした。
控え室の扉をバタッと開けると
あちらにいる全員がこっちを見る。
サイラス爺さんは
「あいつだ、適当なことを言っていた小娘は!!」
と言って、新しい客人達に言いつける。
まあまあ、と、初老の男は宥めすかされている。
銀行員がこちらにやってくる。
すると、急に銀行員がビクッと立ち止まった。
「やあやあ、これは、その制服、イーシュトライン地方銀行の方じゃないか!」
と大袈裟に喋りながら、ユーリの後ろから
やや体格の良いがっしりした男が出てきた。
この男には見覚えがあった、イーシュトライン侯爵お抱え魔法使い
クラウド・フィラデル様である。
「こ、これは、クラウド様!どうしてここに!?」
銀行員がかなり萎縮していた。
「何って・・・」
クラウドはその若い銀行員の肩に手を回しながら答える。
「俺たちが贔屓の宿にしている、小羽屋へ
パーティをしに来たんだぜ。」
クラウドが、ユーリにウインクをしてみせた。
「ん?君、係長?何しに来てんの?」
クラウドが銀行員に絡んでいると
「クラウド君じゃないか!久しぶりだな!!」
と言って、もう1人の初老の男がニコニコと近寄ってきた。
「おお!ファインツ会長!お久しぶりです!ここで何を?」
と、クラウドと、もう1人の初老の男ファインツ会長と呼ばれた男は
笑いながら、抱擁し始めた。
そういえば、この2人
イーシュトラインの政界、経済界のお偉いさん方なのか・・・
とユーリは合点した。
「早速パーティだ!今日はなんともめでたい日なんだ!」
と言って、唐突にサムエルも現れた。
続いて、騎士アルト・ルーベンも現れた・・・
が、今日は何やら非常に顔色が悪く
ふらふらしている。
「ファインツ会長、こちらあの世界的にも高名な
舞踏家サムエル・ロビンズです。
そして、こちらが、騎士アルト・ルーベン。」
クラウドが、ファインツ社長にサムエルと騎士アルトを紹介する。
「サムエル君の演舞会は見に行ったよ!
会えて光栄だ!アルト君の武勲は私でも当然知っている!」
ファインツ社長は、先程の退屈そうな顔をは打って変わって
とても楽しそうである。
・・・唐突に握手会の様なものが展開された。
他の者はあまりの勢いに気押され
その握手会をただ見守るしかなかった。
完全に、サイラス爺さんはもちろん
ユーリ、フィオナお婆ちゃん、銀行員も蚊帳の外であった。
「今日は、この騎士・アルト・ルーベンが
リンボス博物館のドラゴンを倒した記念パーティーですよ!」
「何?あのリンボスのドラゴンを倒したのか!?またアルト君が?」
これには、ユーリも驚きであった。
「ハイ・・・」
本日の騎士アルトは口数が少ない。
口を開けば何かが戻って来そうな気配だ。
「もう、蘇生したばかりなんだから、あんまり無理させないでね。」
また聞いたことのある声か聞こえてきた。
王立病院の神官長補佐クロエ・ルブランであった。
「ユーリちゃん、久しぶりね。」
と言って微笑みかけてくれた。
「皆様、リンボスへ冒険に出られてたのですね。」
ユーリが、驚いていると。
「私は違うのよ、今回はアルトと王立軍の兵士が中心の編成パーティが
例の博物館迷宮を攻略したんだけど
ドラゴン退治が終わって、病院に来たのを、私が治療していたの。
彼ドラゴンの毒を喰らってるのよ。」
アルトの方を見ると、立っているのがやっとの様である。
以前見た、あのかつてのパーフェクトスマイルとは程遠く
今日は上手く笑えていない。
「そしたらわざわざ、サムエルと、クラウドが転移の巻物を持ってきて
アルトを連れてこうとしたのね。
まだ治療も終わってないのに。
心配だから私もついて来たんだけど・・・」
何をさせるの?とユーリに聞いてきた。
ユーリにも全く見当がつかなかった。