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9. 再来、再起の昼食

お互い、先が思いやられるやら、自身が情けないやらで

ユーリとフィヨナは互いにシクシクと

泣あっていた。


突然のことであった。

カウンター席の方から聞き覚えのある声が

しかし、どこか気まずげに聞こえてきたのである。


「ごめん、フィオナ、ユーリ、僕、結構前からここにいるんだ・・・」


バッと2人とも声のする方を見た。


人影はこちらを見ずに、相当に気まずそうにカウンターと睨めっこをしていた。

薄茶色の輝きを放つ髪、褐色肌、派手な服装、長い耳。


舞踏家斥候のサムエル・ロビンズであった。


ゴンゴルドをこの地まで追いやり

最終的に倒した

つまり、ゴンゴルドインパクトと

ゴンゴルドショックを起こした張本人が

そこに座っていたのである。


ユーリもフィヨナお婆ちゃんも心底驚いた。

身内モメに必死なあまり

お客様の、しかもこの派手な存在に

一切気が付かなかったのである。


「い、いつからいらっしゃったの?」


フィヨナおばちゃんが問う


「本当にごめん、別に聞き耳を立てようとしたわけじゃないんだ

何か出て行くタイミングを逃して・・・

本当に結構前から、ユーリが現れるちょっと前くらいかな。」


この男に空気を読む

というコマンドがあるのかと

ユーリは変に感心してしまった。


それにしても先程の会話については

確信部分を聞いていると言うことである。


サムエルは、立ち上がり、こちらへゆっくり近づいた。


いつかの宴席で、覚えたあの不遜な態度は

今は業を潜めていた。


「実は、ずっと気にはなってたんだ。

でも、僕も舞踏家としての仕事が忙しくて

しかも、ゴンゴルドの件で結構汚い手を使っちゃったから

今はあまり討伐系の仕事はしたくなくて・・・

来るのが遅れてたんだ。

ごめんね、思ったより状況は深刻だよね。」


「あの、サムエル様が謝る必要は無いですよ。」


素直な感想が口から出る。

ユーリは

ゴンゴルドショックを引き起こしたのが、この人物

と言う点を差し引いたとしても

彼が謝る所以はないと思った。


そしてユーリは最後にサムエルと会った時のことを思い出した。


「元々、貴方はこうなることは予感していたのですね。

以前そうおっしゃっていたので。」


”この宿屋、この後苦労するだろうね”


最後の宴席で発した

サムエルの予言めいた言葉だった。


サムエルが、ユーリの言うことを最後まで聞いたのは、

この時が初めてではなかろうか。

非常に静かである。

そして、意外なほど悲しそうな顔で話し始めた。


「予感というか、当然そうだと思ったけど

冒険者の中に、ここの良さがわかってくれる人が

何人かいそうだったから

その点は期待してたんだ。

でも、思ったよりゴブリンが定着しちゃって

治安が悪くなっちゃったね。」


サムエルがフィヨナお婆ちゃんとユーリの肩に

そっと手を置いた。


「それは大丈夫だから。僕が絶対になんとかする。」


大丈夫って・・・

ユーリがサムエルを見ると

顔は大真面目であり

どこか自身に満ち溢れていた。


これだけで何か安心をしてしまうような

理由のわからぬ説得力があった。

フィヨなお婆ちゃんなど涙を浮かべて

ありがとう、ありがとうと言っている。


「なんとかって具体的にどう言う・・・」


ユーリがサムエルに聞き返そうとした時

今度はフィヨナおばあちゃんが

会話を遮って喋り始めた。


「せっかくいらっしゃったんだから

何か召し上がって。

お昼ご飯がまだだったんじゃないの?」


と、フィヨナおばあちゃんが、サムエルに声をかける。


ユーリは

「おばあちゃん、そんなこと言ってる場合じゃ・・・」

と言いかけたが

サムエルは少し考えて、遠慮がちに答えた。


「それじゃ、此間食べた、鶏の唐揚げと

何かお昼ご飯になりそうなの。

ちょっとだけもらえる?」


「ほら、ユーリ、何かお出しして。」



ユーリはお婆ちゃんに厨房に追いやられてしまった。


仕方ない。

ユーリは、集中できない頭で

まずは、鶏の唐揚げを作る。

ついでに、近所のお爺さんからもらった、川魚のフライも付けよう。


揚げ物系は、火加減さえ、調節ができればうまくできるので

ユーリは得意としていた。

王都のレストランでバイトをしていた経験が生きる。


しかし、今日は揚げ物をしながら

思考がパンクしてくのがわかった。

なさけないやら、不甲斐ないやら・・・余裕も無い。


客席を、みやると

フィヨナお婆ちゃんとサムエルは何やら話し込んでいる。


ユーリには、今一心に料理をすることしか出来なかった。


・・・

しばらくして、鶏の唐揚げと、川魚のフライ、

旬のライム入りサラダと

バケットを添えたランチが出来上がった。


その頃にはユーリの涙も引き

思考が落ち着くのを感じた。


ユーリは、せっかくだったので3人分作り

サムエルにご一緒していいですか?と聞いた。


サムエルはもちろん断るでなく

皆で食べることを提案した。


「ユーリは揚げ物がうまくできるのね。

川魚のフライなんて珍しいわ。」


フィヨナおばあちゃんは自分の教えた鶏の唐揚げと

教えたことの無い川魚のフライを

ユーリが作っていることに

少々混乱しているようだった。


サムエルは、黙々と食べているようだったが

「魚のフライ美味しいね、これは初めて食べた。」

「このサラダの柑橘は何?」

と、興味を持ってくれている。


王都でたくさん美味しい

高級な料理を食べているはずであるこの人は

こんな素材の味100%みたいな庶民料理を好むものか・・・

と素直に褒め言葉を受け取れずにいた。


一通り食べ終えて、全員が満腹になった。

何やらユーリも、少々晴れやかな気持ちになった。


「クラウドにまず言ってみるさ、

あいつ、一応偉いお役人だからね。なんとかなるだろ。」


領主お抱え魔法使いクラウド・フィラデル様。

なんとも心強い。


サムエルは、うーんと少し考え込んだ。

いかにも自信ありげで、不遜なサムエルが

こんな顔もするのかと、ユーリはまた意外に思った。


「僕、たまたまイーシュトラインにしばらく用事があってさ。

でも気になって、合間を縫ってここへ来たんだ。

だから実はもう行かなければならないんだ。」


心底残念そうに言う。


「でもね、フィヨナ、ユーリ、あの真面目腐った爺さんはまた来るよ。

多分だけど今度は、もっと強力な助っ人と一緒に来る。」

サムエルは真面目な顔で言っていた。

ユーリもその意見には同意できた。


「その時は、ユーリ、君の作ったその収支では敵わないと思うよ。

あ、最もね・・・」

サムエルは言葉を選んでいる様だった。


「ユーリ、君の物言いはすごく良かったよ!

やっぱり、最初に僕が言った通りじゃないか!!」

と言って、ユーリの背中をボンっと叩いてまたにっこりと笑った。


僕の言った通りって・・・

しかも、小柄な体型からは意外な程力強い手に

驚きと、若干の不愉快さを感じながらも


その笑顔と言葉に素直には

救われる思いがした。


「何か良い手はありますか?」

素直にここは聞くしかない。


「そうだね、次の決戦までに用意が必要だ。」


うーんとしばし思考を巡らした。

考えてから

そうだ!と

カバンを漁り出して


とある巻き物を手渡して来た。


ユーリはそれを見やる。


こ、これは・・・


魔法学校や魔法道具店(元バイト先)で何度か目にしたことがある。

目ん玉がひん剥かれるくらい高価なものだ。


転移の巻き物である。


「これの相方は僕が持っているから。

いざという時は、そこに書いてある呪文を唱えて合図して。

特にさっきの爺さんが

もっと偉そうなやつを連れて来た時は遠慮しないで。」


「直ぐに飛んできて、とっちめるから。」


この転移の巻物を見るに、気休めではなく

本当なのであろう。


そろそろイーシュトラインに戻らないと、と

サムエルは帰り支度を始めた。


「少なくとも、一ヶ月以内にはまた来るから。

これはそれまでの保険ね。

あ、ユーリ、前僕が渡した王立銀行の手形は持っている?

まだ使ってないでしょ?」


「はい、持ってます。」

正直のところ、今の今まで

慌ただし過ぎて、忘れていた。


「それも切り札になるはずだから、取っておいてね。」


君も運がいいね!また来るから!

と言いながら、サムエルは慌ただしく出ていった。

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