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8. 宿屋は落ちぶれたのか

「悪いことは言わない、フィヨナ、小羽屋を私に売りなさい。」


こんな楽しくない話をしているのは、小羽屋の食堂。


知的そうな初老の紳士と

フィヨナお婆ちゃんが2人で話している。


以前は冒険者で溢れかえっていた食堂は

その見る影も無い。


ユーリは、休んでいてね、と

フィヨナお婆ちゃんに言われたので

同席していないが

控え室の扉の向こうから聞き耳を立てている。


この初老の紳士は

フィヨナお婆ちゃんの話を聞けば

お婆ちゃんの遠縁であって

あの役に立たない、屋上露天風呂を勝手に押し売り施工していったと言う

例の魔法使い建築家であった。


ゴンゴルドが退治され、宿屋の集客が落ちたと聞きつけ

現れたのであった。


「この状況では、割賦払いにしている施工費用も払えないではないか。」


初老の紳士は、フィヨナお婆ちゃんを諭すように話している。

フィヨナお婆ちゃんはしょんぼりとその話を聞いている。


「そもそも、貴方があっという間に作ってしまうから。

私だって本当な考える時間が・・・」


「フィヨナ、言い訳なんか聞きたくない。」


初老の紳士は捲し立てる。


「君が金を借りた、メリーナやベルン、ロイドも

もう金を返して欲しいと

こうして私に手紙をよこしたんだ。」


さらにその紳士は手紙を数枚テーブルの上に広げた。


「集客がない、金が払えない。

現状は簡単な話だ。

私にこの金額で売却してくれれば

この風呂の施工費用はチャラにする。

このメリーナ達にも話をつけてやる。

そうでなければ、すぐにでも返済してくれ。」


「そんな、話が違うじゃないですか、分割払いにするって・・・」


「こちらだって、原材料費用を支払わねばならん」

と言って、メガネをクイっと正した。

そして親戚からの手紙とやらをバシバシ叩く。


「私だけの話でも無い。

私は彼らから頼まれてきているんだ。

そもそも君も手紙に書いてくれたじゃないか

宿の経営が軌道に乗ったら一括で返してくれるって

もうその見込みが無いのだから今すぐ返してくれ。」


「それは・・・」


初老の紳士の言い分に腑が煮え繰り返る思いであった。

何かそれらしい理屈を捏ねているが

この初老の男はつまり、人の良いフィヨナお婆ちゃんを

騙して丸め込もうとしているのだ。


「宿の経営が軌道に乗る見込みが無いって

どうして言い切れるのですか?」


ユーリはついに出て行くことにした。


「な・・・?そりゃそうだろ、こんな惨状で・・・」


初老の男は急に若い女が出てきて狼狽えた。

様に見える。


ユーリはこの時ばかりは自分の高身長を誇った。

見た目だけで圧力がかけられる。

それを最大限利用しよう。

上から見下ろすように、なるべくドスの利いた声で言う。


「今それを証明できますか?」


魔法道具店(バイト先)で、水晶玉でできたスカルを巡って

正社員の先輩がシーフ(盗賊)とやり合っていた時のことを

あの冷たく怖い先輩を

思い出しながら喋るように努めた。


「な、何だこの生意気な小娘は・・・」


「こちらに、収支があります。ご覧になりますか?」


と言って、ユーリは資料をどさっと出した。

この収支は、想定の宿泊料金が高く

あまり現実的なものではなかったが

数字はとりあえず黒字に見えるものであった。


初老の男はそれを眺めた。

何も言えなくなっている・・・

こんな資料で何も言えなくなるのか。

とユーリも逆に拍子抜けした。


「こんなに高く取れるのかね。」

流石にそこは突っ込まれた。


「今後は施設等と定期契約を結んで

団体客を誘致する計画を進めております。」

それらしいことを言ってみた。嘘ではない。


「したがって、宿の経営が軌道に乗る見込みが無い

と言うご心配は今の所ありません。・・・それとも。」

この最初は知的に見えた、この初老の男をまっすぐ見つめた。


「祖母はいつの間にあの風呂が出来上がっていたと言ってますが

これには正式な請負契約書がありますか?

私としても、お支払いするべきものはしたいと考えておりますが。」


胸ポケットから、とある紙を出した。


「これ、風呂の修理に使った請求書。

施工してから数ヶ月で使用不能になる風呂なんて

欠陥工事では?

これ、イーシュトラインの建築(ギルド)

相談しても良いですか?」


と、修理費用の請求書を

初老の紳士の目の前差し出した。


すると、初老の男は急に突然カバンを取り出し始めた。


「もう、乗合馬車の時じゃ、行かねばなるまい。」

とのことだった。

資料を必死に鞄に詰め込んでいる。


急に、初老の紳士は席を立ったのである。

ユーリはその後を追うように呼びかけた。


「お泊まりにならないのですか?

うちの宿屋の運営を応援してくださってるのですよね?」


「失礼する!」


初老の紳士は扉をガタガタあけて

あっという間にいなくなってしまった。


ユーリはそれを見送ると

ふう・・・と深くとため息をついて

豊かな長い黒髪を

わさわさと掻いた。


「お婆ちゃん、本当にイーシュトラインの建築課に相談しに行こう・・・」


と、ここまで言ってみたユーリだが

言葉を失ってしまった。


フィヨナお婆ちゃんが震えている。

やがて、シクシクと泣き出してしまった。


「ユーリ・・・本当にごめんなさい。

こんなことになってしまって。

せっかく立派な会社に就職も決まっていたのに。

私のせいで、こんなことになるなんて・・・」


ユーリにとって、親も同然に思っている

フィヨナお婆ちゃんが泣いている。


その事実がユーリの心に

凄まじいダメージを喰らったのを感じた。


「ここへきたのは、私が決めたことだし

お婆ちゃんが気にすることじゃない。

希望が全く無いわけでもないし。

今は目の前のことをやるしかない。

きっと今が一番大変な時なんだよ、頑張ろうね。」

と言って、フィヨナお婆ちゃんをぎゅっと抱きしめた。


フィヨナお婆ちゃんは、本来

こういう弱音を吐く人では無い。

前向きで、明るい人だ。

今ユーリがフィヨナお婆ちゃんにかけた言葉は

幼少期にいつの日か

フィヨナお婆ちゃんからもらった言葉でもあった。


こんなフィヨナお婆ちゃんは見たくない。


気がつけば、自身の目からも大量の水が流れ出ている。

泣くまいと決めていたが

かなり泣いているらしい。


このゴンゴルドインパクトに始まり

ゴンゴルドショックが

フィヨナお婆ちゃんを苦しめているのであれば

何とか私が、この宿屋を軌道に乗せねばと


ユーリは再び決心したのであった。


しばし、2人の親子は

抱き合って

メソメソと涙を流していた。

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