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7. 採算と人材

ゴンゴルドインパクト(ユーリはこのゴンゴルドによる一連の特需をこう呼ぶことにしている)は

この小さな観光村に、大きな影響をもたらした。


新規参入の宿屋が多く増えたのである。


ゴンゴルドショック(ユーリはこのゴンゴルド討伐による不景気をこう呼ぶ事にしている)後は

ただでさえ少なくなってしまったお客様を

奪い合う結果になってしまったのである。


中には資本の大きな会社が経営する宿もできていて

あちらは根本的なお金のかけ方が違うのだろう。

定期的にお客様が入っているように見えた。


村外どころか、イーシュトライン領外資本の会社であるため

ほとんどの村人が、新規宿の情報をほぼ知らないでいる。

故にその実態が誰もわからない。


ユーリも、もちろん営業努力をしていなかったわけではない。

周辺のリサーチは、王都にいた時から細々とは調べていたし

幼い頃旅行で通った地域であったので

リトルウイング村の魅力はよく知っていた。


特産品、植生、生態系、地域性、地形

あらゆるものを調べ直し、発信を心がけた。


営業活動はイーシュトラインを中心に

何度かは、王都まで行った。


単発的に、企業の研修旅行、学校の合宿そんなお客様は取れても

全部で10室、どんなに頑張っても1室4名までしか入らないので

限界があったし

定期的なお客様になるかといえば、ならない。


ついでに言えば、積極的に村人と交流した。

これも元々外交的な人間ではないユーリにとっては

快挙と言って良い出来事であった。


意味があるのかないのか分からない寄り合い、飲み会。


ユーリは色気のある方ではないのだが

若い女が頑張っているというだけで

村のお偉いさん方は、ユーリを助けたがった。


しかし、手助けの方法が、何というか

孫を可愛がる感じではあった。


ユーリはやたらと村の特産品のレモン、ライム、イチゴやらの果実に詳しくなり

ルミナス山周辺にしか映えていない

紅葉が素晴らしく綺麗なコキア・ナナカマドと言う木の特性。

知る人とぞ知る、川魚や沼エビが釣れるポイントなど

無駄な知識が増えていく一方であった。


中には、食材を持ってきてくれる人も多くいるのである。

そんなこんなで最近では、ユーリはここの食堂経営の方が

中心になっている気がしてきていた。

飲食店こそ、この村には少なかったのである。

食材は原価ゼロで手に入るし

村人たちが食堂を利用してくれたし・・・


幼馴染のエミルは、なんだかんだと

ここの食堂の運営を手伝ってくれていたのである。

最後の宴席の後、エミルとユーリは話し合って

正式に雇用契約を結んだのであった。


問題は、採算。


ユーリは、経営学というものを学んだことがなかったのだが

浅い知識で収支と言うものを作ってみた。


実はここの宿にはいくつかの借金が存在する。


一つは宿を買い取る際に発生した買取金額と、改装費用を地方銀行から。


ゴンゴルドインパクトで、無駄に貸付をしてきた親戚から。

・・・これの内訳は

・遠縁の建築家から無理やり屋上露天風呂を作らされた割賦払い金

・人件費

・その他家具等、追加の備品購入

思いの外嵩んでしまっていることがわかる。


特に、この露天風呂については

屋上からの景色が絶景で何とも素晴らしい装置であるが

給湯器が故障してしまい、利用ができなくなってしまった。

直せば使えるのはわかるのだが

通常運転していたとしてもメンテナンスが非常に難しく

ユーリにとっても頭の痛い代物であった。

この状況では特に

止めてしまった方がマシだと思える。


この借入金を返済するには

客単価の少ない飲食店をいくら頑張っても難しい。

やはり、宿の方で頑張る他無い、ということを

数字が嫌というほど物語っていた。


そして、人材。


フィヨナお婆ちゃん曰く

ハウスキーピングは

ヒーロという名の

コボルトがやっているとのことである。


ユーリは、未だにこのヒーロを見たことがなく

ただ、ユーリが清掃をする前に客室が

元のセッティングに戻っていたり

厨房の食器が綺麗になっているのをみて

居る・・・と実感しているに過ぎなかった。


フィヨナお婆ちゃんと何度か

この件について相談したことがあった。


「ヒーロと直接話ってできないの?」


フィオナお婆ちゃんは、うーんと困った顔をした。


「彼らって、会ってもあまりお話ししてくれないのよね。

先代のアンナさんの時代からいるみたいだけども・・・

基本的には私の話を聞いて、はいはい、って

言うことを聞いてくれるだけ。」


「コボルト等って何のために家事をしてくれてるの?」

ユーリの素朴な疑問であった。


「多分、そういう習性なのよ、私にも難しい話はわからないのだけれど。」

フィヨナお婆ちゃんの見解であった。


「出て行かれる可能性は?」

ユーリの心配はそこであった。


「村長さん曰くね、この辺の子達も、普通のコボルトの伝承と同じみたいよ。

過度なご褒美と、特にお洋服をあげてしまうと出ていってしまうって。」


ヒーロには、厨房の隅に一日3回パンと牛乳を置いている。

ちょっとした指示であれば

メモを置いておけばその通りにしてくれる。


何とヒーロは、おばあちゃんが把握している限りでも

20年は、このスタイルでやってきているらしい。


・・・・・


ヒーロに出て行かれたら終わる。


これは、小羽屋20年来共通した

恵であると共に、恐怖であるとのことだ。


不意に厨房から、声が聞こえた。


「ユーリ、今日はお客様いる?」

エミルがキッチンから顔を出す。


「今日は今の所いないよ。

飛び込みの人がいれば別だけど、明日からは1組。」


そうか、とエミルが呟く。


「そうしたら、俺はもう上がっても良いかな?

この後、中心街の方に行きたいんだ。」


・・・


ユーリは、このエミルの勤務態度にも少し不満を持っていた。


手伝ってくれるのはありがたいし

エミルは人は良く、素直な好人物なのであるが

飛び込みの人を待つ、連れてくる。

といった商魂のようなものが

欠如しているのである。


しかし、ここで強く言ってしまうと

また以前のように辞められてしまっては

食堂運営の方すらままならなくなる。


ユーリは色々言いたいのをグッと飲み込んで


「わかった、お疲れ様、気をつけて帰ってね。」


とにっこり笑った。


「うん、ユーリもお疲れ様。ちょっとは休んだ方が良いよ。」

と言って、外に出ていった。


その扉が閉まった途端

ユーリの胸にモヤモヤした感情が広がった。


エミルからしてみれば

確実に気を使っていってくれているであろう言動である。

しかし、ここで店番を変わってくれた方が

私は確実に休めるのでは・・・?


・・・いや、ここは私が雇い主なんだから

辞められたら困るよね。と

ユーリはまた、諸々の感情を

一気に飲み込んだ。


実のところユーリは小羽屋に来てから

人材の採用を試みたことが何度もあった。


・・・お婆ちゃんは腰を悪くしているので

無理はさせられないのと

エミルは頼り無いし

ヒーロも正体不明であったので

人手に強い不安を感じていたのである。


しかしながら

お客様が入らない現状で

高級な給与を与えることはできないし

そうでないと、良い人は来ないし・・・の悪循環。


朝食のオペレーション担当として採用した

村の中年男性など

3日で音を上げて。

職場放棄、いわゆるトンズラしたのである。


フロント要員、夜の食堂要員、ハウスキーピング要員、朝食担当等など・・・

その後、何名か採用をしてみたものの

誰も長続きすることはなかったのである。


原因の一つに採用の基準が

交通の便上、村の者に限定されるというのもある。


村は高齢化が進み若い者がほとんどいない。

どうしてもユーリの父母、それ以上の世代になってしまう。


雇われた高齢の新人は

自分の娘ほどの小娘に命令されるのが

気に食わなくなるらしい。


中には

「でかい顔しやがって!」

と暴言を吐きながら辞めていく者も

いたくらいだ。


ユーリとて、命令しているつもりは無いし

横暴な態度をとったつもりも無い。


しかし、そう言ったことが起こる度に

必要以上に彼らには下手に出る外

改善の方法が思いつかなかった。


薄給な上に未熟なユーリを歓迎するほど

心の広い人もそうそういなかった。


ユーリは自分の

人を遣う術が無い事に気がつき

絶望しているところでもあったのだ。


エミルに関して言ってもそうであるが

給料を払ってるんだから、言うことを聞いてくれ

という理屈は

ここでは通らないらしかった。


自身が学生であった頃には

知らなかった現実が

ユーリを追い詰めていたのである。

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