94. 写真
ザイカとブロムが改装してくれた部屋に
彼ら自身を招待したのには
もう一つ狙いがあった。
それは、浴槽、シャワー、洗面台、キッチン
そしてそれに伴うツールやカトラリーの追加により
清掃の難易度が格段に上がったからである。
この試運転をヒーロにお願いしたかったのだ。
事前の打ち合わせでは問題ない、と言ってくれたヒーロだったが
やはり一度試してもらう必要があると考えた。
実際に清掃を終えたヒーロは、
「ほぼ今まで通り、問題ございませんわ。」
と心強い感想を述べてくれた。
ただ一言、ぽそりと呟いた。
「今度からは娘たちも本格的に仕込まねばなりません。」
ユーリは、ヒーロの娘たちには一度も会ったことがない。
ただ、これまでの報酬が常に3セットであったことから
その存在を感じていた。
――彼女たちにも感謝せねばなるまい。
こうして、ザイカ、ブロムカップル、ヒーロ一家の尽力の下
個室露天風呂とキッチン付きの客室が
正式にリリースされることになった。
そして訪れたシュンテンの親戚ご家族。
シュンテンに似た上品な女性
フィメル島のグラシュナ様と言うお名前であった。
夫は、エルガル様
そして人間の年齢で言えば
3歳ほどの小さな女の子ソルガ様
であった。
結果的に滞在はたいへん好評であった。
大浴場は時間帯で貸切にしたものの
彼らは終始部屋で過ごし、ユーリが運ぶ食事と
エルガル様が時折リトルウィングの商店へ出かけての買い出し
それを新設のキッチンで調理する日々を過ごされていた。
チェックアウト時
グラシュナ様はにこやかにユーリに握手を求め、感想を述べてくれた。
「想像以上に快適で贅沢なお部屋でしたわ。
こうした設備が整った宿泊先はなかなか見つからないので
とても貴重だと感じました。」
そして微笑みながら続けた。
「この素晴らしさはもっと多くの人に知られるべきですわ。
続きの感想は、イーシュトライン宿屋番付に
記入させていただきますわね。」
その笑顔は満足そのものだった。
ソルガ様もニコニコと
手を振ってくれていた。
・・・
「また勝手にやって・・・」
そう言って仏頂面をしていたのは
地方公演を終えて帰ってきたサムエルだった。
3階の部屋をぐるぐると巡りながら
明らかに不満を隠さない。
「何かを一つ変えれば
10も20も余計に手間が増えるって
何度も身をもって知っただろう?
君は本当に学ばないんだな?」
怒っているというより、呆れているような様子だった。
ユーリは黙ってサムエルの顔を見つめていた。
この不機嫌の一番の理由は
彼に相談せず進めてしまったこと。
それは分かっていた。
ユーリは頭を下げる。
「すみません、本当は相談したかったのですが
タイミングが重なってしまって・・・」
サムエルはキッチンのパントリーを開け閉めしている。
ユーリの話を聞いているのかは
分からない。
サムエルはようやくユーリの方を向いた。
「ま、良いけどさ。結果的にはうまくいったんだろ?」
「はい。お客様にもご満足いただけましたし
清掃も問題ありませんでした。」
サムエルはため息をついて天井を見上げた。
「ユーリ、君は
実践、エラー、実践、エラーを
愚直に繰り返して正解を見つけていくタイプだって
知ってたさ。」
ユーリは少々目を開いた。
サムエルがそんな風に思っていたとは意外であった。
「・・・ありがとうございます。」
「いや、褒めてるわけじゃない。」
鋭く突っ込まれた。
しかし、サムエルはようやく笑った。
「さて、宣伝は僕の仕事だ。」
サムエルは今度はモソモソと
懐から何かを取り出して見せた。
掌ほどの大きさの透明でツルツルとした薄い板であった。
「なんですかこれ?」
「これ、投影板って言う魔法具なんだ。
この板に魔法を込めると
目の前の景色を映し出させることができるんだ。
所謂写真だね。
カメラって高いし、重いだろ?
・・・まあこれもそこそこの値段するらしいけど。」
サムエルは投影板を目の前に透かし
景色を切り取る様に
投影する場所を探し始めた。
「ここね、このリビングも、露天風呂も全部映るこの角度から!」
良いポジションが見つかったらしく
サムエルはそのまま何やら呪文を詠唱した。
すると、板からはピカッと光が放たれ、カシャッと音がした。
見せてきたその板は透明のままであったが
少々時間が経つと
そこには、この小羽屋の部屋の光景が
徐々に現れてきたのであった。
「お、良い感じだね。
これ、明日にでもイーシュトライン観光組合の広告に貼り付けてくるよ。」
サムエルはまた懐を探り
投影板を十数枚出してきた。
「今日はこれから出来るだけ撮影するから。
他の空いてる部屋とか、朝食の写真もね。」
時はすでに夜の11時。
本日は徹夜だなと
ユーリは覚悟をした。
そしてその数日後
3階の2部屋の予約状況が急激に動いた。
イーシュトライン宿屋番付の感想欄に
グラシュナ様からと思われる人物からの投稿が掲載されたのだ。
「この宿にこんなに快適な個室露天風呂とキッチン付きのお部屋があったとは驚きでした。
まるで別荘のような自由さ。
清潔感もあり、サービスも行き届いていて、静かに過ごすには理想的な場所です。
もっと知られてしかるべき、真に隠れた名宿だと思います。」
と書いてくれたらしい。
そして、あの時投影板に撮影した写真も
広告に載せられている。
おそらくその両方が功を奏し
この部屋の滑り出しは、実に好調であった。
Floor plannerで作成した間取り図を
AIさんに再生成してもらいました。
手前にシャワー、トイレあります。