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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤色のアリス

私には幼い頃から他の人には見えない人たちが見えた。彼らは町の中に入る人やそこらを歩いている人たちと何ら変わりはなかった。ただ、話しかけても決して返事をくれることはなく、こちらをじっと見返すだけだった。いつしか私は見分けがつくようになり、あまり彼らに話しかけることはなくなった。それ以外は普通の生活となんら変わりはなかった。朝起きて会社に行き、そして帰ってきては寝る。当たり前に思えるようなことだけだが、私にはそれだけで十分だった。

そんなある日、家に帰ると私の知らない女の子が部屋の隅っこに座っていた。まだ、10歳くらいだろうか。背は小さく、髪は黒色のロング、そしてまるで西洋の人形のような赤い服を着ていた。

私には分かる。彼女は私以外には見えない人の類だと。

「君は誰だい」

「……」

やはりいつもと変わらなかった。

彼女はその日だけではなく、1日経っても、2日たっても、何日経ってもずっとそこにいた。私は彼女をアリスと呼んだ。童話に出てくる主人公に似ている気がしたからだ。そんなアリスに私は妙な親しみを感じ、無駄なことだと分かっていても毎日声をかけた。会社に行くときには「行ってくるよ、アリス」と、帰ってきたときは「ただいま、アリス」と言い続けた。でも、アリスはいつも無愛想に座っていた。

そんなある時、私はアリスに質問をした。

「アリス、好きな色はあるかい」

「……」

それはいつもと同じ答えだった。私は気にせずに洗濯物をたたみ始めた。

「……あか」

――!

私は動かしていた手をピタリと止め、そしてその分の働きを脳に回した。

その時、初めてアリスの声を聞いた。

その声は女の子らしい可愛い声にも関わらず、まるで全てを知っているかのような不思議な声だった。

「赤色が好きなのかい、アリス」

「うん」

やはり不思議な声だった。

「ありがとう、アリス」

私はアリスに感謝を述べた。




次の日、私は仕事の帰りに家具屋に行き買えるだけの赤いものを買った。コップ、フライパン、ミニテーブルにマット。勿論それに見合う出費はかかったが、それでもいいと思えるような魅力がアリスにはあった。

家に帰ったときには2本の腕だけでは支えきれないような量となっていた。これにはさすがのアリスも驚いたようで、目を大きく見開いた。が、少しするとやはり感情がないとも言えるような顔になっていた。

私は休む間もなく模様替えを始めた。終わったときには違う日にちになっていた。私の新しい部屋は鮮やかな赤で整えられ、アリスの為にあるかのようになった。

「どうだい、気に入ったかい。アリス」

「うん」

その一言だけで全ての努力が報われる気がした。

それ以来、アリスは私が質問をすると答えてくれるようになってくれた。そしてしばらく経つとアリスもまた、私に質問をしてくるようになった。気がつけばアリスは他の人に見えないことを除けば普通の子と変わらなかった。ただ、相変わらず感情を表に出すことはなかった。

「アリス、何故君は最初返事してくれなかったんだい」

今までとは違い、私はアリスの答えに胸を寄せていた。

「……、恥ずかしかったから」

――へえ、アリスにもこんな一面があるんだな。

「はは、それなら他の人たちも恥ずかしがって話さないのか」

笑う私とは反面に、アリスは顔色ひとつ変えずに話を続けた。

「ううん、違うの。他の人たちは話さないのではなくて話せないだけ」

「話せない?それはまたどうして」

私は笑うのをやめ、アリスに再度質問した。

「本当は私たちはあなた達とは話ができないの」

「でも私はこうやってアリスと話しているじゃないか」

「それは特別な理由があるから」

「特別な理由?」

「そう、私とあなたは血がつながっている」

――驚いたな。

アリスが冗談を言わないのは私自身がよく知っている。と、いうことは真実なのか。そういえば、今になって気がついた。私はアリスの過去については何も知らない。何故か全てを知っているような気がしていたからだ。

「アリス、君はその……その姿になる前の記憶はあるのかい?」

「……ううん」

アリスは少し悲しそうだった。




それから幾日か経ったある日のこと、アリスが初めて外に出たいと言ったので私はアリスと2人で洋服屋に行くことにした。勿論、アリスは実態がないのだから今着ている服以外は着れない。だが見るだけでもアリスが喜んでくれるのならそれでいいと思っていた。

休みの日の洋服屋は思いのほか人で沸いていた。この人ごみの中でアリスの服を探すのは困難であるように感じた。

「こんにちは、何かお探しですか」

気持ちが顔に出ていたのであろうか。ショートカットの似合う女性店員が私の元へと来た。

「いえ、ちょっと女の子の服を探しに」

「ああ、そちらの可愛い女の子の服ですね。お嬢ちゃん、名前はなんて言うの?」

「……アリスでいいよ」

「アリス?ふふ、あなたにピッタシの名前ね」

その時初めて知った。人は不意を食らうと何もすることができないと。少ししてから、やっと反応することができた。

「あの、すいません」

「はい、何でしょう」

「何故あなたにはアリスが見えるのですか」

彼女もまた、不意を食らったようだった。

「何故って、ここにいるからでしょう?」

「以前から見えているんですか?」

「いえ、お会いしたのは初めてですよ?」

「いえ、そうではなくアリスのような人たちを」

「……どういうことですか?」

やっと分かった。多分彼女は以前から私のように人ではない人が見えるのではなく、その中のアリスだけが見えるのだ。

――それにしても何故……?

疑問はまだあった。どうして、この女性とアリスは話せるのか。アリスが言うには血のつながりのある人でないと話すことすらできない。なら彼女は私の親戚なのか……?彼女の胸のところにある名札を見ると「白木」と書いてある。私の名前は川西、親戚にもそのような名前の人はいない。

「どうかしましたか」

考え込んでいる私に心配そうに声をかけてきた。

「いえ、少し考えてまして。あなたに言うべきなのか」

「この子のこと?」

「ええ、アリスのことです。少し信じてもらえないかも知れませんが実は――」

私はその理由の答えが知りたくて彼女にアリスのことを全て話した。彼女は当たり前というべきか、最初は言うことを信じてくれなかったが私たち2人以外には見えていないということに気がつき、ようやく理解してくれた。

「そうだったのですか……」

「はい、だから私は最初にあのような質問を。すいません、いきなりじゃ意味が分かりませんよね」

「いえ、私の方こそ理解しようとせずにすいませんでした……。あ、そうそう。よければこれを――」

――白木唯――

Tel 080―××××―××××

それは彼女の名前と電話番号の書いた名刺だった。

「多分男の人だと色々とお困りのことが多いと思うので、何かあったときは連絡ください。」

「いえ、しかし――」

「アリスちゃんが見えるのはあなたと私だけなんでしょう?」

「そうですが……」

「なら決まりです!あと私のことは唯って呼んでください」

ニコリと笑う彼女、唯の顔はどこか魅力的だった。

「そういえばあなたの名前聞いていいですか?」

「ああ、私は川西守」

「まもるさんね、よろしく」

「下の名前で呼ぶのが流行っているのですか」

「こっちの方が親しみが持てていいじゃないですか」

彼女はまたニコッと笑った。

それ以来、唯とは連絡を取るようになり度々あった。勿論アリスも一緒だ。アリスに似合う服を探したり、赤色のものを買いに出かけたり、時には3人で遊園地にも行った。アリスは相変わらず変わらずの顔で、思わず2人で笑ってしまった。それまでにこんなことのしたことのなかった私には一番楽しかった思い出となり、そして全てが忘れられない程の大切な思い出となった。




時間と言うのはあっという間に過ぎて行き、気がつけばあの唯とであった日から2年半が経ち、少し肌寒い季節へとなっていた。唯とは2年前から付き合うようになり、今では同棲さえしている。アリスもいつもどおりいる。私はこの幸せな生活を一生続けたいと思い、唯にプロポーズした。何の変わりのない告白だったが唯はそれを喜んでくれ、受け入れてくれた。アリスも顔には出さないものの喜んでくれたことだろう。結婚式は街の教会でひっそりと挙げた。

「汝はこの者を一生妻として愛することを誓うか」

「誓います」

「汝はこの者を一生夫として愛することを誓うか」

「誓います」

「では、指輪の交換を」

銀色に輝く指輪を交換し終えると、私たちは神への契りと共に口づけを交わした。見ているのは牧師とアリスぐらいなものだから何ら緊張もしなかった。

「おめでとう、これで君達は晴れて夫婦だ」

牧師の言葉が2人を包む。

「ええ、そしてアリスを入れて家族です」

私はそうつけたした。牧師は黙って頷いてくれた。

その後、私たちは一生の思い出にと僕と含めた4人で写真を撮ることにした。しかし――

「アリス……?」

さっきまでいたアリスがいない。一旦写真を撮るのを中断し、そこにいる人たち全員で探すことにした。いや、正確には私たちしか見えないのだから実質は私と妻となった唯だけなのだが。

アリスは結局夜になっても帰ってくることはなく、私たちは写真をとるのは今度と言い教会を去った。

――家に帰ればアリスがいつもどおりいる……。

そう期待して帰ってみたが、やはりアリスはいなかった。

「アリス……どこに……」

「守、今日はもう遅いわ。あなたはまた明日から仕事なのだから寝ないと」

「そうだが……」

「さあ、寝ましょう」

「……」

結局、どれだけ待ってもアリスが帰ってくることはなかった。私は一夜にして家族を1人手に入れ、そして1人失った。

しかしそれからさらに1年後、私は新たな家族を迎えることになった。唯が妊娠したのだ。今は9ヶ月で、もうすぐ生まれる予定になっている。そのときにはアリスのことはもう遠い記憶となっていた。

私たちは休みの日に生まれてくる子供の為にと外に散歩しに行くことにした。その日はとても晴れており、まさに散歩日和というのだった。

「ねえ、守。名前は何にする?」

妻のお腹は見ただけでも新たな命を宿しているのが分かる。

「確か女の子だったかな」

「そうよ。今もすくすくと成長を続けている」

妻は待ち切れなさそうだった。私たちは交差点を待つ間、子供の名前を考えた。

「そうだな、優子はどうだ」

「ゆうこ?」

「優しい子と書いて優子」

「うん、それもいいわね」

そんなとりとめのない会話が信号が青になってからも続いた。

「ねえ、守。私ね、この子につけたい名前があるの」

「ん、何だい」

「ちょっと日本人っぽくないけどいいかな」

「いいよ、言ってごらんよ」

「私ね、アリスにしようと――」

その時だった。私たちの目の前を大きなダンプカーが私たちの方へと向かってきた。


――グシャ


――え?


私は考えることができなくなった。

聞こえるのは車のブレーキ音と悲鳴のような声、そして見えるのは私の方を見て驚く人たち。私は両手を見たが、何の変わりもない。

――……!

その時、私は思考を取り戻した。そして、気がついた。人々が見ているのは私ではなく、私の後ろだということを。私はゆっくりと振り向くと、そこに待ち構えていたものは想像できるものではなかった。

真っ赤に染まったダンプカー

と、

見覚えのある肉の塊

もう一度見る。

真っ赤に染まったダンプカー

と、

見覚えのある肉の塊

もう一度見る。

真っ赤に染まったダンプカー

と、

見覚えのある肉の塊

見覚えのある肉の塊

肉の塊……

肉?

何故肉がそこにある?

しかも唯そっくりだ。

あれ?そういえば唯はどこに行ったんだ?

唯、出ておいでよ。子供の名前は何がいいのだっけ?

唯……、唯!

気がついた時には、私は病室にいた。





「不幸中の幸いですね。」

医師は私にこう告げた。

何でも聞くとあのダンプカーの運転手は電話していたために私たちに気づくのが遅れ、ブレーキをかけるのが遅くなったそうだ。そして私には奇跡的に当たらなかったが、隣にした妻までは避け切れなかったらしい。妻は即死だったそうで、中にいた子供も即死だったそうだ。運転手も即死だったそうだ。

――何故!何故唯を!子供を!

私は初めて神と言うものを呪った。私が貴方に何をした。私が今までにどんな愚行をした。私がどんな罪を犯した!

だが、どれだけ恨んでも唯と子供が帰ってくることはなかった。





そしてそれから10年後、私は天国へと去った二人の待つ墓地へと来ていた。

――川西家之墓

今ではもう恨むことはやめた。何も変わらない、そう気がついたから。

「悲しい?」

ふと、聞き覚えのある声が聞こえる。後ろを振り返るとそこには昔のままのアリスがそこに立っていた。

「悲しい?」

アリスは再度聞いた。

「いや、悲しくないよ」

「なんで?」

「アリスに出会えたから」

私は少し微笑んだ。

「なあ、アリス。君は大切な家族を亡くしたらどうする?」

「……分からない。ずっと一緒だもん」

「一緒?」

周りを見渡してもここにいるのは私とアリスだけだった。

「どこにいるんだい」

「ほら、ここに」

するとアリスは私の方に手を向け、指を指した。

「私?確かに一緒に長い間いたからね」

「ううん、そうじゃないの。前に言ったこと、覚えてないの」

――前に言ったこと……。

私は必死にアリスとの記憶を思い出した。

『アリス、何故君は最初返事してくれなかったんだい』

『……、恥ずかしかったから』

『はは、それなら他の人たちも恥ずかしがって話さないのか』

『ううん、違うの。他の人たちは話さないのではなくて話せないだけ』

『話せない?それはまたどうして』

『本当は私たちはあなた達とは話ができないの』

『でも私はこうやってアリスと話しているじゃないか』

『それは特別な理由があるから』

『特別な理由?』

『そう、私とあなたは血がつながっている』

思い出した――。

「私とアリスは本当の家族……」

「そう」

そういうことは、

「君はあの子供なのかい?」

「……うん。お父さん」

アリス、君は全て分かっていて今まで黙っていたのか。

「アリス、だがどうして昔の私と会うことができたのだ」

「それは神様が私にくれたプレゼント」

今更不可解なことがあっても何ら疑うことはなかった。

「……、でも、これでよかったのか。君が私のところに来なければ君は悲しい思いをせずにすんだ」

「でも、それだとあなたに会うことさえできなかった。今までありがとう、お父さん」

「アリス!もうこれ以上私のところから離れないでくれ!」

「さようなら、おとう、さん……」

最後に見たアリスは私に優しく微笑んでいた。


アリスは何故、私に本当のことを黙っていたのだろうか。何か言えない理由があったのだろうか。でも、私はしかとアリスから大切なものを貰った。

「ありがとう、アリス――」

空を見上げると綺麗なスカイブルーの空が待っていた。


End…

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