第二十一章 「下火」
大好きな江舞ちゃんが落ち込んで、悩みを乗り越えて復活した後、バトンタッチしたかのように私が沈んだ二週間を終えた。江舞ちゃんは変な口出しをせずただ傍に居てくれた。優しくベッドに誘われることもあって、大好きだから応じていた。でも江舞ちゃんの必死な顔を見るたび、この顔をあの未琴さんにも向けてたことが頭によぎって心の中で泣いていた。
いくら周りに女がいようが、飲み会が増えようが別にどうだっていい。それと私のことを大事にしてくれてるのは別の話だもん。だけど、私は男の子にはなれない。どれだけ大好きだって、髪を短く切ったって男の子にはなれない。そんなの関係ない、好きになってくれたら性別なんて関係ないとさえ思ってたのに。江舞ちゃんも同じ気持ちだと思ってたのに、未琴さんが男の人であんな人だったの、私知らなかったんだ。ずっと女の子だと思ってた。本当に恋した人ってどれだけ大きい存在か、私分かるもん。だって私にとっての江舞ちゃんみたいな存在だもんね。あんなにチャラチャラした江舞ちゃんが、本気になった人。江舞ちゃんにキュンとしてる想い、抱いてる恋心、同じく江舞ちゃんもキュンとする側だったことが少なからずあったんだ。
私はそれができない、だから、勝てっこない。
私のこと大好きでいてくれると思うよ、でもその大好きって前から、ちょっと違ってるのかもしれないって気づいちゃったの。
江舞ちゃんのこと大好きで、ずっと一緒にいたくて、それを願ってくれてるなら決まった何かがないとじっとしていられない私、そんな私を江舞ちゃんは冗談みたいな未来を語って安心させてくれてたんだよね。明日も愛してるよってそれだけで十年先の未来まで見れた。
でも私、欲張りで不安がりだからそれだけじゃ足りなくなっちゃった。江舞ちゃんと結婚してって、そんなこと思っちゃった。
江舞ちゃんには結婚という二文字がこの世でいちばん似合わないもん。どれだけ好きでも、それが違ったら行き止まりだ。
考え抜いた結論は一つだった。
お別れしよう———。
江舞ちゃん、今日は何時に帰ってくるんだろう。就職もこのままうまくいってくれたら一番嬉しい。江舞ちゃんの宣言通り、今週から帰りが劇的に遅い事が増えていった。積み重なる涙を拭いたティッシュの山。いつもゴミを片付けてって言ってる私が捨てれてない。お仕事で忙しくなるのは嬉しいことだけど、江舞ちゃんの好きな飲み会とかには制限がかかっちゃうから、今はたくさん行ってほしいというのが本音に近い建前。みんなにわいわい囲まれながらお酒を飲んだり、お話ししたりそんな毎日を過ごしていくのが似合うし。
今日しかないな、今日じゃないと、言えないな。
いつも通りバタバタ聞こえる。今日は酔っているのかいつもよりうるさかった。もっと静かに入ってこれないのって声をかけるんだけど、今日ぐらいは叫んで入ってきても怒らないよ。
「江舞ちゃん、おかえりなさい」
「ただいまぁ」
「、、、」
いつもと違う様子に、同じ不安な気持ちを抱えているのが見えた。
「え、青藍、どうしたの?、、、荷物とか、まとめてるけど」
「別れたい」
「え」
「江舞ちゃん、お別れしようか」
「え、待って、なんで、嫌だよ」
着ていた上着をその辺に投げ捨ててしゃがみ込んで私に近づいた。お酒と香水の匂いが混ざってる。江舞ちゃんの匂いが好きだよ。
「急でごめんね」
「待って、なんで、理由は?」
「江舞ちゃん、こんなこといいたくないけど、男の人好きになったことあるんだね。」
江舞ちゃんの核心を突いてしまうような言い方だった。鼓動が鬱陶しい。
「未琴さんって男の人だったんだね」
「えっ、なんでそれを」
「、、、もしかして未琴に、会ったの?」
「うん、会ったよ。二週間前ぐらいに、二人のことも聞いたよ」
「なんで、なんで言ってくれなかったの?」
どんどん声が大きくなっていって、矢のように言葉が飛んでくる。お互い慌ててるんだ。落ち着かないと傷つけるようなことを、言ってしまう。
「何を聞いたかわからないけど、それはもう過去のことで、今は本当に青藍のこと愛してるの、大好きなの。」
「、、、わかってるよ」
「じゃあどうして?」
パニックだ、二人とも。私も周りにあるような、手当たり次第の言葉を見つけるしかできなかった。
「こわいの」
「江舞ちゃんがまた、男の人を好きになって、もしかしたら友達に戻って関わることはできるかもしれないけど、私江舞ちゃんの好きな人の話を聞いたりなんて、ごめん、耐えられないや」
「ねえ青藍、今私は青藍が好きなんだよ、、、?」
「でも過去に男の人好きだったんだよ、その事実は変わらないし変えられない」
「これからそんな可能性ないよ、別れるなんて嫌だよ、江舞は一緒にいたいんだよ」
「じゃあ結婚してって言ったらどう思うの?」
「、、、それは」
明らかに言葉に詰まった顔を私に見せた時点で、息が詰まった。もっと終わりを再認識させた。
「わかってるよ、江舞ちゃんは何かに縛られたりするの好きじゃないもんね。自由が好きだもん、私はそんな江舞ちゃんが大好きだよ。そしてそんな江舞ちゃんが話してくれる明日には忘れてそうな冗談みたいな未来を信じて、ずっと安心してきたの。」
「だけど、未琴さんのことを聞いたから、そうは思えなくなっちゃったの、、、」
行き止まり、息止まりだよ。
「ねえ、本気で言ってるの?」
「うん、本気だよ」
江舞ちゃんは片足を立ててぺしゃんと座っている。ある一点を見つめたまましばらく口を開かない。
「、、、わかったよ」
江舞ちゃんの声はだんだん震えてきて、啜り泣く声が、何も言わない私の前で響くだけ。
もっと先でこれ以上の涙を流させたくないし、流したくない。
もう一緒にはいれない。
「長い間、ありがとう」
好きだったとか、愛してたとか私は今言いたくなかったし、言ったら今の決断を後悔しそうだったから言わなかったのに、
「青藍に出逢ってからずっと幸せだったよ」
「死ぬほど大好きだったよ」
もう既に、全部過去形なのが辛かった。だいすきって言葉も過去形ってだけでこんなに辛いんだ。
「江舞ちゃん、ごめんね、ごめんね」
「ううん、青藍がたくさん考えて出した答えなんだから、受け止める」
まっすぐ目を見て伝えてくれたから、尚更まだ大好きなまま。江舞ちゃんに言われた言葉とかラインとか嬉しくてスクショして取って置いてるの、見返したら勇気が出てくるから。いまさら溢れ出してくる。そうだよね、色んな初めてが江舞ちゃんだもん。写真とか全部いつ消そうかな。やけに冷静な私は江舞ちゃんが隣で泣いてるのを見ているしかなかった。
「今日は二人の最後の日だね」
「うん、」
江舞ちゃんはまだキスしてないのに下唇をグッと噛んでいた。顔を見るのも切なかったので、私から先に唇を押し当てた。ベッドよりもソファの方が良いって最後にわかったかも。私の頬に落ちた江舞ちゃんの涙で濡れる。それを舐める。声を上げると江舞ちゃんは止まらない。時間と世界が止まれば良いのにそう願う夜だった。でも願い事って願えるから綺麗に見えるのかもしれない。
癖は治るものじゃないから、今日も江舞ちゃんより先に目が覚めた。私が横を離れたら、いつも通り腰に腕を回してきたから、優しく解いてあげて長めのキスをした。
合鍵はもう使わないから、江舞ちゃんの部屋の机の上へ並べておいた。さよならは十分伝えたから、昨晩まとめた荷物を持って部屋を出た。この家には想い出が多すぎる。拭いても拭いても涙が出てくるけど、もう江舞ちゃんの前で泣きたくなかった。
「今までありがとう、最後まで幸せにできなくて、ごめんね」
最後ぐらい大好きを言えば良かったんだけど、言ってしまったらもう戻れなくなりそうで、辞めた。




