第二十章 「口火」
江舞ちゃんとおうちににいると、ぐだぐだしてしまうので、大学の課題が一切終わらないことに気づいた。このままだとまずいので、渋々一人でカフェにやってきた。
カウンターの席に一人。壁側の席が空いていたのでそこに座る。帰りに江舞ちゃんが好きなお菓子でも買って帰ろうかな。そんなことを思いながら鞄の中からイヤホンを取り出す。私はワイヤレスイヤホン派で、何かする時も必ず音楽を聴いてしまうタイプ。ちなみに江舞ちゃんは有線のイヤホン派。何より有線のイヤホンをする江舞ちゃんはとても絵になる。まあ江舞ちゃんがワイヤレスだろうがヘッドホンだろうがなんでも絵になるんだけどね。この日はイヤホンの充電がすぐに切れてしまい、運が悪いと思った。
「君、もしかしてあの青藍ちゃん?」
「え、あ、、、」
急に、空いてる方のカウンター席に座ってくる男は、新手のナンパかと思って無視して、切り抜けようとした。
「江舞は元気?」
今まで課題が順調に進んでいたのに、その場で止めてしまった。江舞という二文字は必ず耳に入ってくるような体になっている。
「どうしてあなたが、江舞ちゃんの名前を知ってるんですか?」
頬杖をついて、こちらをみている。口角を上げて、黙っていた。江舞ちゃんと私の何を知っていると言うのだろうか。やっと口を開いて、
「聞きたい?」
とだけ。私はすかさず睨んで、
「でたらめじゃないですよね」
「あぁ、でも青藍ちゃんが思うような関係、、、ではない、とは言えないかな」
ヘラヘラした口調に、曖昧な答え。腹が立つ。
「それは、どういうことですか?」
男の話に耳を貸して、詳しいことを聞くことにした。頭の芯がピリピリしていて、嫌な予感がしている。
「怖がらせてごめん。俺は、江舞と同じ高校で同じ部活だった、江舞の同級生」
すると、スマホの画面を見せて話を続けた。なんだ、それぐらいのことか。高校の同級生、同じ部活だったというだけ。少し安心した。
「これ、江舞ね」
髪の毛はボブぐらいに切り揃えてあって、前髪は上げてある江舞ちゃんの写真。多分バスケ部で、緑のジャージを着てピースする彼女の姿が、私と同じ歳であることが不思議なぐらいだった。
「江舞ちゃん、前髪ないときあったんですね、可愛い〜」
「まあこれだけじゃなくて、江舞とはいろいろあって」
話を遮るようで申し訳なかったが、知らない江舞ちゃんを知りたくて仕方がない。好きな人のことを知りたい。これは性だ。
「でもなんで、私のことまで知ってるんですか?」
「青藍ちゃん、江舞の彼女でしょ? 本気で江舞が好きになった子」
「えへへ、まぁそんな感じですかね」
さっきまで飲んでいたカフェラテを一口飲む。
「よく聞いてたからさ、青藍ちゃんの話」
「そうだったんですね、、、」
さっきはあれほどの警戒心をむき出しにしていたが、私と付き合う前の江舞ちゃんのことが知れてむしろ嬉しい。気が緩んでいく。
「そういえば江舞ちゃんっていつからあんなにピアスあけたり、チャラチャラした格好なんですか?」
口を尖らせながら、私は知らない江舞ちゃんのことをまだまだ聞いてみる。
「うーん、でも大学入ってすぐにあーなったからな。高校生の時は、スポーツ女子って感じだったよ」
「そうだったんですね、いいなぁ、その時の江舞ちゃんを知っていて」
「これから知る方がいいでしょ、俺が知ってるのは過去のことだし、江舞は今を生きるタイプでしょ? 違う?」
「確かに、江舞ちゃんは今を生きるタイプかもしれないですね」
「江舞はこんな強くてかわいい子が彼女で、幸せものだな。なんか安心したよ」
「まだまだ力不足ですけど、江舞ちゃんのこともっと幸せにします、ぜったいに」
江舞ちゃんに、こんなに江舞ちゃんのことを知るお友達がいたなんて私聞いてなかったよ。アイスカフェラテのストローを回し、カランコロンと氷の音を立てながら続ける。
「江舞ほんと変わってないんだな、じゃあさ」
「キスした後に下唇噛む癖も、変わってないでしょ」
「、、、え」
心臓にしんみり傷ができた。さっき聞こえていた音も何も聞こえない。ひびが入った時、本当にショックを受けた時、私という人間は涙すら出ないことを初めて知った。
それがわかるということは、江舞ちゃんと一度はそういう関係になったことがあるということを示唆していた。
「どうして、、それを?」
「江舞、添い寝する時さ、絶対背中みせないよね。あと意外と寂しがり屋で、あーでも女の子の前ではどうなんだろう」
「、、、もう聞きたくない!」
お店の中で少々大きい声を響かせた。それがなんだっていうんだ。
「ごめんごめん、ちょっとおしゃべりし過ぎた」
「あなた江舞ちゃんのなんだっていうんですか、私にそれを言って何になるんですか、、、」
お店のお客さんたちはこちらをチラチラと見ていたが、気にならない。
「なんだろ、元セフレ、みたいな?」
ふふっと軽く笑った。その過去が今も江舞ちゃんの中で残ってるみたいに、その優越感に浸っているような感じが許せなかった。
この男の顔を、一発殴ってやりたかった。
それより、刺し殺してやりたかった。
どうして江舞ちゃんは、こんな人を好きになったの?
どんなに江舞ちゃんがこの人を好きだったとしても、私は、信じられないよ。
このたった数十分の出来事で人を測りたくないが、この人が良い人とは言えなかった。
江舞ちゃんの過去を、初めて愛せないかもしれない。
「あと、まだ言ってなかったけど俺の名前は、未琴ね」
私が思考をめぐらせてる間、すべての気持ちにまとめて釘を刺されたような、その一言。
そのあとは何も言わず、その場を離れて行った。
「未琴」———。まだ江舞ちゃんと付き合う前に携帯に映る未琴の文字を見たことがあった。
教室でキスしてたあの子は、未琴「ちゃん」じゃなかったんだ。
こういう時だけ頭の回転は早く、血の気が引いていく。
「未琴」さんは、男性で、江舞ちゃんが本気で好きになった人って、男の人だったんだ。
その場で何もせず、何も感じず、ショックでやられた私は、ただ人形のようにぺたんと座っていた。何が起きたかまだ頭は追いついていない。
時の流れは感じなかったが、完全にカフェラテの氷は溶けて、薄まっていた。
確実にこの時の出来事が私の、江舞ちゃんに対する愛を曇らせていった。
あー泣
私が一番描いてて心が痛かったシーン、、、
みことって聞いたら、女の子にも男の子にも聞こえますよね。一種のトリックです。




