第十三章 「情火」
五感が不安でおかしくなって限界な時、車のライトも涙で歪んでいく——そんな時、息を切らした江舞ちゃんの姿が見えた。江舞ちゃんは、白馬の王子様ではないけど、どちらかと言うと悪魔みたいな人だけど、そんな江舞ちゃんだから大好きなの。
誰もいない歩道橋に、雨は容赦なく降る。私は江舞ちゃんの名前だけ叫ぶ。
「江舞ちゃん、、、」
「青藍、、、!!」
震えてる足は言うことを聞かなかったけど、江舞ちゃんの方へだけは動いてくれた。それよりも早く走って駆けつけてくれて、何も言わずに強く強く抱きしめてくれた。もう距離なんていらないね。
少しして濡れた身体を離して、涙か雨かわからないものをやっぱり優しく拭ってくれる。江舞ちゃんの髪は濡れて、少しだけ肌に張り付いている。
「会いに来てくれて、ありがとう」
「もうやめよう」
江舞ちゃんの言葉を逃さず聞いていたところで、秋人からの電話が鳴り響いた。また一気に血の気が引き、江舞ちゃんに画面を見せる。
「もう連絡手段全部切って」
「また、でも、追いかけてきたら、」
「大丈夫だから、私のこと信じて」
私の言葉に被せるように、はっきりとそう言った。私は目を見つめてから頷いて、秋人との連絡が取れるものをその場で消した。
「江舞と、一緒にいて」
私がどうして江舞ちゃんに助けを求めたのか、辛い時に江舞ちゃんが浮かぶのかの理由を伝えたくなった。
私も一緒にいたい。
「、、、私、誰よりも好きなの、江舞ちゃんのこと。江舞ちゃんが誰のことを好きでいても、迷っててもどんな江舞ちゃんもずっと隣で見ていたいしずっと隣にいたい。江舞ちゃんのお話を隣で聞きたい。私は、江舞ちゃんに幸せにして欲しいんじゃなくて、私が幸せにしたいの、そのぐらい、世界でいちばん、宇宙でいちばん大好きなの。私も気づいたのが遅かったの、だからごめんね。江舞ちゃんにもそれに気づいて欲しいの、、、」
自分で言ってて声が震えてきて、胸が苦しくなってきた。大袈裟なぐらい丁寧な言葉、ひとつひとつ全部意味があるんだよ。
「青藍」
江舞ちゃんの細い両手は、私の腰に添えられていた。対して私は、冷たくなった両手を口元に当てて、肩で呼吸をしている。
「本当に好きなの、一番に好き。江舞ちゃんと同じ想いで同じ未来にいたいよ、、、江舞ちゃんじゃなくていい理由がどこにもないの。もう忘れられないの、、、こんな私だけど、こんな私じゃ、だめかな?」
ずっと伝えたかったことを出てくる言葉を紡いで言う。本人の前で絶対泣きながら言いたくなかったんだけど、そう簡単にはいかない。
「え、江舞も青藍のこと、本当に好きって思ってる。」
江舞ちゃんに届かないこと、そして好きの種類がちょっと違うことわかってて言った。
「知ってるよ、江舞ちゃんも好きでいてくれてることぐらい、、、だけどその好きとは、違う気がするの、、、」
次は私の手を握って、目を見つめてくれる。乱れた呼吸はゆっくりリズムが整っていく。
「どういう、好き?」
「私の好きは、付き合いたいとか、そういうことする以外に会いたいって思う方の、本気で、本気の好きで、江舞ちゃんはどう?」
目がまんまるになって、頬が赤くなる江舞ちゃんは、
「お、おんなじ好き、だよ、?」
と口にした。
ここで雨が小雨になってること、ようやく気づいた。江舞ちゃんと同じ好きってことだけでそんな少しのことだけでこれほどまでに嬉しかった。同じ目で見てくれてるんだ。初めてこの人しかいないって思った。夢みたい。
涙が溜まった目で私を見つめてくるから、私もどうしても同じ目になってしまう。
「もしかして、私、江舞ちゃんの彼女になれるの?」
「そ、そういうことだけど、、、」
「うわぁ、死ぬほど嬉しい」
「私だって気づくの遅かったよ、青藍がいなかったら気づいてなかった。江舞の方こそ、気づくの遅くて本当にごめん、でももう離さないからさ、本気で」
江舞ちゃんはいつも余裕のある素振りをするけどこの時だけ、その濃いお化粧が取れるぐらいまで泣いてたみたいだった。この人はきっと私が思うよりもずっと心が、子供みたいに甘えん坊で、寂しがり屋ってことも知ってる。気付くのが遅くたっていいの、私なら信じて待てるから。
「絶対、江舞の方が青藍のこと大切にするし、幸せにするから」
そういって、優しく頭を撫でながら抱きしめてくれた。
「私もそう思うの、そう思ったからなの。どうしても江舞ちゃんとの未来がいいの。」
「それじゃなきゃダメなの。」
今までの罪悪感も、幸せも、不安も全部二人で背負って生きて行く。
「青藍、冷たいね」
江舞ちゃんの剥がれかけの黒ネイルが見える親指は、唇をなぞる。私の顔を包む江舞ちゃんの手の方が冷たいよ。
「、、、江舞ちゃんの手の方が冷たいよ」
そう言って、上から私の手を添える。
江舞ちゃんが思う以上に、私は好き過ぎておかしくなりそうだったから、それをわかって欲しくて、キスをした。でもそんな曖昧な行為じゃ江舞ちゃんの足元にも及ばなくて、そのまま私のことを離してくれなかった。
五感が研ぎ澄まされるから、もっと江舞ちゃんを感じるから、江舞ちゃんも同じことを思ってるとしたら恥ずかし過ぎる。
「、、、息できないって」
「今のは、青藍がわるいよ?」
冷えた唇は、好きな人の熱で溶けた。
この気持ちが、恋とか愛とか正しくてキラキラしてるものじゃないっていうのなら私、誰のことも何のことも信じない。でもちゃんと秋人と別れたことで、この気持ちが本物で、やっと世間からもみとめられていくのかな。そうだとしたら、正義になったことが幸せだ。
どんなに豪雨のあとでも必ず止んで晴れる。止まなくても、江舞ちゃんと一つの傘を差して凌ぐ。
両思いになって、初めて好きな人の熱を感じる。
「今日は手出さないって決めてたんだけど無理そう」
今の気持ち言葉にしたかったのに、何を考えてるか言えないほど江舞ちゃんのこと考えてるから、顔を真っ赤にして頷くしかできなかった。
大好きだよ。いつも暗いから江舞ちゃんの表情なんて見えないけど、あんなに綺麗なお姉さんの顔ってこんな少しで崩れちゃうんだ。やっぱり江舞ちゃんにキスされながら私を脱がしてくるこの時間が一番危ない。今から始まっちゃうんだなって思う。




