「江舞⑩」
麻結ちゃんとはこの教室で出会った。出会った当時は少しふっくらしてたな。今は違うけど、それも好きだった。
六月の雨が降る、湿った日だった。左耳にピアスをする彼女は、なぜ左耳にするのかを理由を話してきたことから始まった。
「江舞先輩って左耳に、ピアスしてますよね」
「あーこれね」
「もしかして何か意味があるんですか、?」
「さぁ、、、」
「麻結ちゃんのピアスの意味と、同じ意味かも」
背の低い麻結ちゃんの顔を覗き込むようにそう言った。
「先輩、、、わたし、、、」
そのあとはお決まりの展開のようで、二人きりの実習室で初めて関係を持った。
あれからずっとこの子とも関係がずるずると続いている。お互いの家でしたり、ホテルで会ったり、この子とだけじゃないけど。
「先輩、今日授業が終わったら何か予定とかあるんですか?」
「あ、今日ね、予定ある」
「えぇ、そうなんですか。」
「んーでもまだ時間あるよ」
細身の彼女が、くっついて甘えてくる時は決まってそういう時だった。麻結ちゃんの腰に腕を回して、キスをする。
「ねえ、麻結ちゃん、また痩せたんじゃない?」
「うん、だって江舞先輩が理梨先輩みたいな細い女の子好きかなって思って、、、」
「えぇ、私は麻結ちゃんが好きなのに?」
「嘘つきー、いろんな女の子に言ってるでしょ、私愛想つかしちゃうなぁ」
「って言いながら、また今日も会ってるじゃん?」
「、、、だって好きだもん」
麻結ちゃんが好きっていうのは何度もわかるように、この時間がってこと。私も好きってこの時は思ってるよ。
「今日は長い間いれないからね? わかった?」
目を逸らしながら頷く麻結ちゃんの腰を持ち上げて、テーブルに座らせ、次は深いキスをした。
この後の予定のこと、青藍と待ち合わせしていることは頭に入っている。麻結ちゃんのちょっと重い前髪がおでこに張り付く感じ、刺さる。頭に添えてあった手を首から下になぞる。
「江舞先輩、、、」
そのとき、ドアが開く音がした。暗がりの教室にこの時間はいつも誰も来ないはずなのに、え?
「あ、ごめん。また来るね、江舞ちゃん」
振り返ると青藍がいたんだ。青藍は私の名前をはっきり呼んで、走って行ってしまった。
「青藍、待って!!!」
「、、、青藍ってだれ?」
麻結ちゃんからの疑いの眼差しが痛かったけど、とりあえず優しくテーブルから下ろした。
「今日待ち合わせしてた子」
「先輩その子のこと好きなんだ?」
「え、いや、逃げちゃったから」
「私があの子だったら同じことしてないですよね」
「えっと、、、それは、、、」
頭の中で次の言葉をかき集めるけど、そんな私を横目に
「行っていいですよ」
はだけた服を着ながら、呆れた顔でそんなことを言われてしまった。
「わかった。ごめんね、麻結ちゃん」
私は、急いで教室を出て青藍を探した。とにかく必死で、なんでなのかは分からない。
曲がり角を曲がっても曲がっても青藍の様子が見当たらなかった。生徒で埋まる教室を横目に階段まで走る。
「江舞ちゃん、、、」
小さな声で自分を呼ぶ声が聞こえた。
「青藍、、、!」
やっと見つけた。階段の上まで、振り向いてくれた青藍の元へ、駆け上がった。
「えっ、江舞ちゃん、、、」
「ごめん、本当にごめん」
笑顔の裏に、寂しそうにも、呆れていそうにも見える表情を浮かべていた。
「何が、何がごめんなの? 私の方こそ、いい感じの時にお邪魔しちゃってごめんね」
いわゆる修羅場のような事態なのに、君はそんな言葉をかけるの?痛いに近い感情を抑えて、弁解をする。
「青藍、勘違いさせたくないし嘘もつきたくないから言う。あの子とはお付き合いしてなくて、、、そういう関係の子」
青藍には、自分の性格を良くも悪くも仄めかしたくなかった。
「わかってるよ」
「ごめんけど、私はこういう人だから」
「うん、わかってるよ」
「大丈夫、私、江舞ちゃんの一番の味方だから」
「え?」
耳を疑う言葉だった。
私は、青藍のことを傷つけて、それでこれからも傷つけるかもしれないのに。でもそれは自分の弱さのせいで、どうにもならなくて。でもそんなことを思う隙を与えてくれなかった。
私の首に腕を回して、キスをした。この時点で呆気に取られてるのに、意外にも何枚も上手な青藍は雑にまとめてあった髪を丁寧に解きながら、もう一度。
「、、、青藍、?」
「私は、江舞ちゃんが好きだから、江舞ちゃんも、私の好きな江舞ちゃんになって!」
青藍はノーセットの私の髪が一番好きだって言っていたことを思い出した。信じられないぐらいまっすぐで芯のある言葉に見事に射抜かれてしまった。青藍の好きな私って、どんな?
目の前にいる青藍の必死な姿に、落ち着かなくて、抑えきれなかった。
「困ったもんだなぁ」
初めて女の子と目が合わせられないかも。このままじゃ柄に合わないと思ったから、次は私からキスを返す。
青藍のおかげで、何も気にしないで自分らしくいる、そんなノーセットな自分のことも認めていけそうだって気づいた。
私がいつも女の子に沢山のことを気づかせているのに、君には一つの大事なことを気づかされてしまった。
「私のこと離したら江舞ちゃんどうなるかわからないよ」
青藍ははっきりとそう言った。「なんで?」を一切作らせない、そんなイレギュラーなことを言うから、それに相応しい言葉が出ない。なんだこの、感情を逆撫でされるような感覚は。青藍という女の子は、只者じゃないなってそんな気持ち。恋愛が目的があってするもので、恋は落ちるものだ。今までのその目的は未琴との「時間」と「空間」だった。
今は、君という「存在」になりつつあるのかもしれない——
その気持ちは次第に、大きくなっていってしまうこと、まだこの時は気づいていなかった。




