第十章 「急火」
今日は私が江舞ちゃんの学校にお迎えに行くことになっていた。私はそれぐらいしか予定がない日だったけど早く起きて、日々勉強している江舞ちゃんに寄せた服装を身に纏って、この時間を楽しみに待っていた。江舞ちゃんは校舎前で待っててと言っていたけど、サプライズで教室まで行ってみることにした。いつも授業を受けている教室まで行くと、私が二番目に好きな、お団子ヘアスタイルの江舞ちゃんがいた。ちなみに、一番はお風呂上がりのドライヤー後のノーセット。教室のドアの窓から、こっそりと覗いてみる。今日もかっこいいな、綺麗で、世界で一番素敵。私が誰よりもそう思ってるもん。
しばらく見ていたら、暗がりでわかりづらかったけど私と同じぐらいの背の女の子と二人きりになっているのが見えた。不穏な空気がしているのは私だけで、あの二人には映画のワンシーンにある濡れ場が始まりそうな雰囲気だった。あの子をテーブルに座らせて、なにをするのかと思っていたら、江舞ちゃんがキスをしていた。心臓って本当にドキって音を立てるんだ。あの子の頬が赤く染まってるかなんてわからなかったけど、今すぐ蹴っ飛ばしてやりたかった。あの子、誰? 私ってなに? 嫌だったし、止めたかったし、さっきまでの高鳴りと朝の時間を返して欲しかったけど、私の足はすくみ始めた。でも、心のどこかでこんな場面を目の当たりにすること、わかってた気がするんだ。
江舞ちゃんが他の女の子のことを優しく押し倒して、どんどん絵になるラブシーンになっていくのを見て、この世で一番汚く思った。
だから、もういいやと思ってドアを開けた。
二人は目を開けて、その場で止まっていた。かなり滑稽だったけど、軽蔑はしなかった。
「あ、ごめん。また来るね、江舞ちゃん」
あえて江舞ちゃんの名前だけはっきり呼んで、走って逃げた。女の子の顔も少しだけ確認できた。リスみたいに小さくて可愛くてふわふわしてる感じ。でも最悪な涙目の表情。きゅるきゅるな涙目なんか見せて、江舞ちゃんにどうにかされちゃうとか考えてたんでしょ。もう嫌って、私の江舞ちゃんだって叫びたかったよ。本当に。
何回か曲がり角を抜けて、がむしゃらに走っていたら、迷ってしまった。知らない校舎の中に、誰も知らない私が一人。とりあえず、と言っても助けてくれるのは一人しかいない。でも来てほしくない。私が行ってなかったら、あの子のこと、優しく、あたかも誰よりも愛してるかのように抱いてたもん。どこまでも欲張りになっていく私は、私のことを追いかけてきて欲しいって思っていた。江舞ちゃんに抱かれにきてる子じゃなくて、江舞ちゃんのこと好きで会いにきてる私を優先して欲しい。いつまでもそんな考えが頭の中をゆらゆらしていた。江舞ちゃん、今頃何してるんだろう。
階段の踊り場から、学生たちが教室で実習するのをただ見ていた。
「江舞ちゃん、、、」
小さい声でつぶやいた。情けないことはわかっていた。
「青藍、、、!」
心臓がもう一度音を立てる。本能的に、声が聞こえる方へ振り向く。
「えっ、江舞ちゃん、、、」
「ごめん、本当にごめん」
江舞ちゃんはそう言って私に駆け寄ってくれたけど、
「何が、何がごめんなの? 私の方こそ、いい感じの時にお邪魔しちゃってごめんね」
次は私が涙目で江舞ちゃんを見る。もちろんあの子みたいな下品な涙は浮かべてない。
「青藍、勘違いさせたくないし嘘もつきたくないから言う。あの子とはお付き合いしてなくて、、、そういう関係の子」
「わかってるよ」
江舞ちゃんは遊び人だもんね。知ってる。私に会わない夜、他の女の子に会ってるのも、キスしてるのも知ってる。
「ごめんけど、私はこういう人だから」
「うん、わかってるよ」
わかってるよ。さっきも思ったけど、そんなこと承知の上で一緒にいるの。江舞ちゃんの弱さだって私、見抜いてるんだよ。そして、そんな弱さもまとめて惹かれてるんだ。だから、あの子よりも、どの人よりも私と江舞ちゃんに運命を感じてるの。大丈夫、私は、
「大丈夫、私、江舞ちゃんの一番の味方だから」
「え?」
その顔、少し前まで違う子にキスしてた顔、あぁムカつく。ここは階段の踊り場。厚底靴で盛ってる身長の江舞ちゃんに、背伸びしてキスした。もう一度だけ、首に腕を回して二番目に好きなお団子ヘアをほどきながら、キスしてやった。
「、、、青藍、?」
「私は、江舞ちゃんが好きだから、江舞ちゃんも、私の好きな江舞ちゃんになって!」
お団子してたから、下ろしたら髪に跡がついてるね。私が一番好きなノーセットみたいにやっとなってくれた。
「困ったもんだぁ」
って伏し目で笑ってくる。そんなこと言って、江舞ちゃんからもう一度。
やっぱり、私、江舞ちゃんの一番になりたくてだめだ。無謀な挑戦とか言われてることを私は今までの人生全て避けてきたのは、大半の挑戦を江舞ちゃんにあげるためだったんだな。
ごめんなさい神様、とっくのとうに良い子の青藍じゃなくなりました。これはしちゃいけません、あれもしちゃいけませんって従ってきたけど、そこに私の気持ちはなかったけど、初めて気持ちが動いてるんです。
江舞ちゃんと過ごす夜だけ、全ての罪を許してくださいませんか。
だけど今、江舞ちゃんの腕の中にいる時間は、お昼だった。
「私のこと離したら江舞ちゃん、どうなるかわからないよ」
いつまでも江舞ちゃんが勘違いしていますように、私の気持ちに気づいて離れませんように、そんなこと願っていられなくなった。
来年も一ヶ月後も明日も、ずっと一緒にいたい。江舞ちゃんと、妥協した関係を望んでない。いやだ、私は今まで江舞ちゃんの相手してきた女の子とは違うんだから。夢見てるみたいなそんな気持ちだけで終わりたくないの、って思ってたらこの様だ。
急火とは、読んで字の如く「急に火がつく」ということですので、、、




