第九章 「胸の火」
江舞ちゃんはやりたいこととか全然提案しないから、本当に私に会いたいの?って思うけど、私がやりたいって言ったこと全部頷いてやってくれる。もうそれだけでいいのかなとも思う。コンビニに入ると、江舞ちゃんが一番好きなお菓子のポテトチップスに目が行くようになった。私はコンビニのお菓子はチョコレート系にしか興味なかったんだけどな。
あ、これこれ。江舞ちゃんが好きなのは少し辛いやつ。私は薄い味の方が好き。辛いって言いながらなんで食べるんだろっていつも思いながら見てるけど、どんな江舞ちゃんも愛おしくて、でもなんとも思ってない女の子から愛おしいって勝手に思われてら嫌かな。
「江舞ちゃんに何かビビッときてるとか言ったらおかしい? 笑う?」
「笑わないよ」
「うん、」
「初めて会った時から、私も青藍に何か感じてた。今もそれはずっと変わんないし、」
ずっと私たちの関係は、変わらない。いい意味でも悪い意味でも。会うことに理由はなくて、私といたいからって、根拠なしでも言い切ってよ。
「じゃあおねがい、キスして」
だれかのことを思って私を抱いてたとしても、必ずそれが私になるから。今は今の青藍として、江舞ちゃんの中にいたい。
「青藍、かわいい」
どのアングルからの江舞ちゃんもかっこよくて、綺麗で、だいすきだけど私に覆い被さる江舞ちゃんがすごくお気に入り。
江舞ちゃん、大好き、だいすき。
最初は可愛い声してるかなとか、考えてたけど今の江舞ちゃんはそんな余裕を一切与えてくれない。
慣れた手つきで背伸びしてる私のことも解いてしまって、ちゃんと唇を奪われる。
気づいたらこんな格好になってるのも、指一本一本でなぞられるのが良いと思っちゃうのも江舞ちゃんの前だけ。
「かわいすぎる、」
うっとりした顔でこっちを見つめてくれたので、
「江舞ちゃん、もっと」
と言ったときにする、その笑顔がだいすき。
だって、今だけ私だけだもん。麻薬みたいにどんどん脳がぼーっとしてきて、江舞ちゃんの指でどんどん中がきゅんとなる。
テレビでは有名女優の不倫について報道されていた。
「えー、この人不倫しちゃったんだ」
横でくつろぐ江舞ちゃんはこんなことを言った。
「不倫って、どう思う?」
「どう思うか? まぁ、悪いことだね。相手を傷つけるし。」
「そうだよね」
「んーでもさ、女の人の不倫とか浮気って本気って言うし、浮気相手の人の方がよくなっちゃったなら人の心だし仕方ないのかね。そしたら旦那と別れて欲しいけどね」
「確かに、、、な、なんで旦那さんとは別れられないんだろうね」
「そんなん、浮気っていうのが帰る場所があるからこそ楽しいからに決まってるじゃん、あと女の人は保険をかける。この人を失っても、この人がいるってな」
「、、、江舞ちゃんなんでそんなに詳しいの?」
「え、いや、流石に人妻に手出してないよ?」
「浮気してるかなんか聞いてない」
「まあ女の子はみんな可愛いもんね〜」
目を瞑ってにんまりとしている。江舞ちゃんの可愛いは本当に軽い。
「ふーん」
わかってる。私はこんなこと言える立場じゃない。でも気づき始めてた。
帰る場所があるからこそ浮気をするとしたら、私にとって秋人っていう存在が帰る場所ってことだよね。
それは少し話が違う気がした。
家に帰って、不機嫌なお母さんの顔を見る。涙目の私は、顔を見せず、何も言わず、部屋に直行した。時刻は二十二時近い。さっきまで江舞ちゃんからの返信がぽんぽん返ってきてたのに、急に止まった。おかしいなと思ったんだ。今日は泊まれなかったから。返信が遅い。これだけで最低三つのことは頭に浮かんだ。まず一つ目、他の遊びの女の子といる。二つ目、寝てるとか、学校の課題とかで忙しい。三つ目、本命の子といる。個人的にいちばん嫌なのは、一つ目だった。遊びのどの子でもいいなら、私でいいじゃんって思っちゃう。こんな自分だから、江舞ちゃんへの想いが届くわけない。二つ目だとしたら、江舞ちゃんがたくさん休めますようにって思うし、三つ目も江舞ちゃんが幸せならいまそれでいい。振り向いてもらえない恋愛をしてるのは私も同じだから。
ドアのノックが数回鳴ってから、母は間髪入れず入ってくる。ノックの意味、無いよね。
「青藍、入るわよ」
勉強机に向かって黙々とこんなことを考えていた。真面目に座っているように見えて、頭の中では違うことがフル回転。適当に広げていた白紙のノートが全てを物語っていた。
「あ、どうしたの、お母さん」
「最近、勉強はどうなの?」
「、、、うん」
「お友だちとの外出が増えているようだけど」
「うん、それが?」
「集中できるの? 夜だって帰ってくるのが遅いし、まさか夜遊びしてるお友だちじゃないでしょうね? そんなんじゃ、大学行こうにも就職しようにも、上手くいかないわよ」
わかってるよ。その事実も、お母さんの言葉が愛のある鞭だってことも。
「勉強もしっかりやってるから、」
「あのね、青藍の小テストの結果が心配だって、先週の面談でも言われたのよ」
「もうほっといてよ、、、」
迫真の演技、かと思いきやこれは本音。模範少女だったんだけどな、私。
「せ、青藍?」
「部屋から出てって!!」
「どういうことなの、ちゃんと話しなさい。お母さんの言うことが聞けないの?」
「そうだよ、聞けないよ。何か悪い? もういいから、出てって!!」
母に大きい声を出すなんてこと、してこなかったことだ。目に映る母の表情、初めて見る表情だった。まるで違う生き物を見ているみたいだけど、正真正銘、青藍だから。あなたの娘だからさ。
母はしばらく立ちすくんだあと、何も言わずに出て行った。
罪悪感が募ってきたけど、都合よくスマホの通知が鳴った。
江舞ちゃんからだ、、、。
嬉しい。あぁ、良かった。飛び跳ねたい気持ちを少々抑えて内容を見た。
『いまは一応友達といるよ』
一見、嬉しい内容だけど、この夜の時間と江舞ちゃんの「一応」でわかった。他の女の子といるんだ。江舞ちゃんの一挙手一頭足が気になってしまう。私今日空いてるのに、、、今日会った子の方が優先なのかな。そっか、そうだよね。江舞ちゃんの少しの言葉を信じた私のせいだ。江舞ちゃんのことだから、私以外の子とも腕を組むし、手も繋ぐし、好きって言ってくれる周りの女の子にも手を出すんだろうな。女の子が望む限り。距離だってものすごく近くて、いいな。それって私だけってできないのかな、まあ無理な話なんだよね。
こんなこと何度も思って夜にこの気持ちを捨てている。この気持ち、もうどうしても本人にぶつけたくないんだ。前に私の理不尽な気持ちを伝えた時の、江舞ちゃんのあの顔、もう思い出したく無い。こんな気持ち、私の中で消化してみせる。そう思うたび、やっぱり涙が溢れてくる。私が泣いてるって知ったら、どんな顔するのかな。江舞ちゃんが今日抱いてる女の子はさ、こんなふうに大好きが溢れて、苦しくて、だけど幸せを願いたくて、終わることがわかっても尚そばにいたいって、ここまで想ってる女の子なの?江舞ちゃんに、ここまでぞっこんなの?
悲しくて寂しくて仕方ない夜。江舞ちゃんにそう言ったら早く寝なよ、と言われた夜。江舞ちゃんは寂しさに負けて、今日も誰かと過ごす夜。見てて、私はどんな夜だって独りで超えてみせるから。江舞ちゃんが今まで会ってきた捨て駒みたいな弱い女の子たちと同じにしないで。
涙を拭いて、江舞ちゃんからのラインを返したあと、彼氏とのやり取りを少し続けた。
江舞ちゃんが辛めのポテトチップスが好きなのはモデルの子が好きだからです笑
その子は編集もしてくれて、喧嘩も多いですが今でも大好きな人です。




