第六章 「火傷」
江舞ちゃんとあんなことになってから少し経った。人生で初めての記憶って一番残ると思う。私の場合、江舞ちゃんだからだ。
江舞ちゃんに支配されてる心が生まれて、江舞ちゃんにしか埋められない隙間すら生まれた。この支配されてる心はきっと誰でもいいんだって思ったから、強行突破として秋人の家に行ってみることにした。秋人との夏祭りを断ってしまったので、ちょうど都合も良かった。
「青藍が家来たいっていうのなんか初めてだね」
「うん、たまにはいいかなって」
江舞ちゃんと違って、秋人が私を迎えに来てくれることはない。
「お邪魔します、、、」
「適当に座ってね、何か飲む?」
「え、ありがとう、あるもので良いよ」
二人きり、だれもいない密室で、何だか変な空気。何か飲む?と言ってるのにキッチンに立ったまま何もせず動かない秋人をおかしく感じた。
「なんか変な感じだね、二人きりって」
「確かに、いつも外で会うもんね」
どうしたらわからない空気でも、いつも通りに話してみる。
「そうだ、秋人、ゲームとかしようよ」
「、、、ゲームでいいの?」
「え?」
何だろう、この目つきは。秋人はその目つきのまま、私の腕を取って引っ張り、強引にベットへ押し付けた。
「まって、、、」
「いいでしょ? 家来るってことは、そういうことでしょ」
「ちょ、ちょっと待って、あのさ、心の準備がさ、」
真っ赤な嘘だ。ただやめて欲しい。
「やっ、、、」
やめて、多分聞こえてない。
「誘ったのは青藍の方じゃん」
「付き合ってるんだから、いいだろ、これぐらい」
必死に抵抗しても、やめてって私が言っても力に敵わない。どうしよう、どんどん脱がされて、その度怖い。
「声だせよ」
そんなこと言われても、身体がこわばって何もできない。私よりも大きな手には逆らえなくて、私の自慢の藍色の髪は引っ張られて、頭を持たれて好き勝手させられた。嫌がってるのが、良いことだと勘違いしてるみたいだった。
これってなんていうんだろう。秋人がこういうの好きだから、私は従っているべきなのかな。何回目だろう、私が嗚咽した時に頭を掴んでいた手が止まり、痛いって言ったけどそのまま秋人とは終わっていった。自分が良くなったら私のことはそっちのけで、もう引き摺られてる時点で心が折れていたけど、ついに崩壊寸前だ。
布団に染みてるその赤は自分の身体から出されたものだとしても、受け入れることはできなかった。お腹痛いな、こんな痛いんだ。
私の新しい心は、誰にでもなんか埋められない。江舞ちゃんが作った心だもん、江舞ちゃんだけがいいんだ。でも、それはいけないことなんだ。もう埋めたくて仕方なかったのに、深く傷ついてしまって、もっと江舞ちゃんが恋しくなってしまった。火傷みたいに、跡が残るタイプのこの気持ちはどうしても。
この日は、しんどくて、全身痛くて、特にお腹はすごく痛くて、泣きながら帰路についた。正解がわからなくて、まだそんなに暗くないのに真夜中のような一本道を一人で歩いてる時、
「え、、、青藍? どうしたの?」
「ま、真美?」
振り返るとそこには、心配そうに私を見つめる真美の姿があった。
「どうしたの、こんな時間にひとりで」
真美は目をぱちくりとさせ、私を見続けていた。
「真美こそ、」
「私は、塾の帰りだよ」
「そんなことより、本当にどうしたの? 泣いてるし、何かあったなら話聞くよ」
真美は何も言わずに公園まで来てくれた。幼い頃からずっと二人で遊んできた公園のベンチで、私はどう今の気持ちを整理すればいいかに必死だった。
「あの、、、ちょっと、言いづらくて、ごめん。」
「気にしないで、言えることだけでいいし、言わなくてもいいからさ」
真美の表情は少しずつ真剣な表情に変わっていった。
「、、、青藍、もしかして、他に好きな人がいたりする?」
生温かい風が吹いているにも関わらず、私の心は冷たい矢で刺されたように固まってしまった。
「えっと、その、、、」
人は嘘をつく時上を見るらしい、まさにその通りだった。
「最近、秋人くんの話聞かなかったし、ピアスとか趣味変わったんだなぐらいにしか思ってなかったんだけど、この前の花火大会の夜と次の日の朝、女の人と腕組んでるの見ちゃってさ、二日とも同じ服だったからさ、、、」
「あ、お友達だったらごめんだけど、、、」
「お友達、じゃない!」
脳内で否定していたのに、本音というものは厄介で口に出てしまう。
「えっ」
真美の顔を見て改めて思った、こんなに必死に嘘つきたくなかったっけ。
「それって、浮気じゃ、、、」
「青藍だめだよ、良くないよ、秋人くんが傷つくよ、?」
真美の言ったことは私がわかってることで目を伏せていた事実でもあった。
「浮気じゃないもん」
口を開かずに、なんて言ったらいいかわからないでいた私が発した言葉はこれだけ。自分の不貞を否定しただけ。
「好きな人なの、いますごく」
真美の表情は曇っていくままだった。
「よくわからないから、深いことは詮索しないでおくけど、たとえ今のその二人が愛し合ってたとしても、世間で見たら悪いことで最低な関係って言われちゃうの。それは青藍も嫌でしょ? だったら秋人くんと別れて、その人と向き合った方がいいよ、絶対に。」
「うん、、、」
これは相槌だった。
「でもそれって遊びじゃないの? だとしたら、ずっとなんかないじゃ」
「それ言い始めたら終わりだもん」
食い気味に、声をかぶせて言った。
「私がいちばんわかってるよ。でももうこれでいいやって思ってないから。江舞ちゃんと生きる今がいいの。どうしても今じゃなきゃ嫌なの、江舞ちゃんはそう思ってなくても、私はそう思ってるから、、、だけど!」
だけど秋人とどう別れたらいいのかわからなくて、とまでは言えなかった。恋愛の関係値までいくと相手がどんな人だと言われても、お互いがお互い二人にしかわからない関係性になることが多い。だから助言をもらえたとしても、他人の口出しにしか過ぎない場合もあった。
「落ち着いて、青藍」
「大丈夫、ありがとうね。伝えてくれて」
「うん、、、」
太もも、腰、膝のあざが悲鳴をあげているのが聞こえた。もう耐えられないよね。
「別れる、よ」
「うん、秋人も青藍もそれが幸せならそっちの方がいいって」
「ごめんね、こんなんで、、、」
「大丈夫だよ、うちら高校生だもん。できないことわからないこと、あって当然」
だからと言ってこの気持ちは良くない、いけない。わかっている。
「うん、」
「江舞さんに会えて変われたんでしょ?」
「そうなの、だからもっと早く逢っていれば、、、」
「仕方ないよ、人生ってうまいこといかないからさ。江舞さんとほんとの恋知れたんでしょ。お別れして、今の自分に自信持つしかない。大事にして」
今日聞いた真美の意見は真っ当だった。今の秋人に別れを告げたら、どんな仕打ちが来るのか怖くて、誰にも言えなくて、これだけは心の隅っこに押しやってしまった。
夜、お風呂で洗っても洗っても変な匂いも思いも、消えなくて今日のことがさらに実感が湧いて嫌だった。
お風呂から上がってからの深夜の電話は、江舞ちゃんからかかってきた。電話をくれるとは思わなかったから、独り占めできることがちょっと嬉しい。あんなに大きな苦しいがさっきまであったのに、江舞ちゃんから感じる少しの嬉しいで大丈夫になる。
「夜遅いけど怒られないの?」
「一人部屋だし、二階だから平気なの。」
「早く寝ないと、明日学校だよね?青藍」
「それは江舞ちゃんもでしょ〜」
「江舞ちゃんは、二限からなので遅くても平気なんだな〜それが」
いつもの会話だけど、右にある声と温もりは異常な安心感だった。
「寝落ちですか、これは」
「それでもいいね、寝落ちしちゃうか」
足の先も指先も冷えてるけど、携帯は火傷するぐらい熱かった。この熱さまで幸せでどうにもならない。
「でも寝かせるつもりはないよ」
溶けちゃいそうだな、江舞ちゃんの声聞いたまま、つながったまま、寝れるわけない。
結局のところ、江舞ちゃんの言う通りにされて寝ることはなく、朝四時を迎えていた。
人生で初めて徹夜なんかした。だって江舞ちゃんと出会う前は、毎日規則正しく日付が変わる前には寝ていたもん。
「江舞ちゃん、起きてる?」
「ちゃんと起きてるよ。たぶん青藍が学校行ったらすぐ寝る。」
「え!? 私寝ないで行くんだけど!?」
「じゃあ、私も起きとく」
ケラケラ笑ってる。江舞ちゃんの声にこの前の夜は慣れてなくてドキドキで死にそうだったのに、電話越しだけど今は落ち着けて、安心できてるから、江舞ちゃんとの相性がいいのかな。それとも夜はそういう魔法がかかってるのかな。
今日の電話で思ったこと。江舞ちゃんってなんでそんなに余裕なんだろ。私にはその余裕がなくて、その余裕のない分だけ江舞ちゃんとの気持ちの差を感じる。それがさらに傷を濃く深くすることもあったけど、江舞ちゃんの声に集中してる。
江舞ちゃんの声も好きだから、私の声も好きでいてほしいといつも電話越しで思う。
電話を切って少し経った後、秋人にラインでたくさん謝られて、たくさん別れたくないと言われて、俺以外と青藍は結婚できないって言われた。どの言葉も呪いみたいだった。まだお腹の痛みが続いている。
首って抑えるの二点でいいんですけど、両手でガッツリいかれるとガチで息できないんですよ。お気をつけください。




