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今日の昼休みはテオハルト様と図書室で過ごしている。昼食を食べた後図書室に行くからと断りを入れてから席を立とうとしたらテオハルト様もご一緒してくださることになった。
今日は昼食を食べてから図書室に来たのだが私達以外誰もいなかった。
図書室に来るのはあの日以来だがあの時読んだ本はあるだろうか。
「何の本を探しているんだい?」
「えっと、以前こちらで見かけたランカ帝国の歴史書を探しているんです。確かこの辺りだったはずなんですが…」
「ミレイア嬢は帝国に興味が?」
「…ええ。いつか行けたらいいなと」
「ミレイア嬢なら大歓迎だよ。じゃあその時は私に帝国を案内させてくれ」
「そ、そんな畏れ多いです!そもそも行けるかどうかも分かりませんし…」
「私がしたくてするんだから気にしないで。…それにその願いは必ず叶えてみせるさ」
「え?あ、あの…」
「あ、もしかしてこの本かな?」
テオハルト様が何か言っていたがよく聞こえなかったので聞き返そうとしたらちょうど探している本が見つかったので話はそこで終わってしまった。
「あ、はい。この本です。ありがとうございます」
「見つかってよかったね。その本の中に何か気になることがあるんだろう?私のことは気にせずに読んでくれ」
「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきますね」
「あぁ。あ、もし聞きたいことがあればぜひ聞いてくれ」
「!」
本当は本なんて読み直さずにテオハルト様に聞いてみたいと思っていたのだ。でも私が帝国の特定の一族について聞いたらどう思われるか怖くてなかなか決断できずにいた。
でもこれはいい機会なのかもしれない。どうせあと少しで卒業なのだ。
卒業したらテオハルト様は帝国に帰ってしまうからもう会うこともないだろうし私にはもう残された時間がないのだから。
「…では聞いてもいいでしょうか?」
「もちろんさ!」
私は緊張しながら手にした本の中から祝福の一族について書かれたページを開いた。
「こちらの一族について何かご存じですか?」
「っ!」
祝福の一族について聞いた途端テオハルト様の表情が変わった。やはり聞いてはダメだったのだろうか。
「も、申し訳ございません。聞いてはダメでしたよね。今のは聞かなかったことに…」
「っいや、すまない。ダメなんてことはないさ。ただ少し驚いてしまってね」
「…どうしてですか?」
「この国ではおそらくほとんどの人が知らないだろう一族についてミレイア嬢が知っていたことに驚いたのさ」
「私も知ったのは最近なんです。それもたまたまこの本を読んだからで…」
「…ミレイア嬢はその本を読んで気になったことがあるのだろう?」
「っ!…はい。えっと、こちらの一族の特徴である髪と瞳の色に私も少し似ているなって…。あ、もちろん私がこの一族ではないのは分かっているんですが、この国には私と同じ髪と瞳の色をした人を見かけたことがないんです。だからもしかしたら私には帝国の血が流れているのではないかと気になって…」
「…」
「え、えっと、テオハルト様もご存じだと思いますが私は養子なんです。赤ん坊の頃に親がいないからと孤児院に預けられたと聞いています。でもこの本を見てからもしかしたら私にも親がいるのではないかと思ったんです」
「…どうしてそう思ったのか聞いても?」
「…もしもこの色が帝国の血が流れていることによって表れているのなら両親かどちらかの親が帝国の方だと思うんです。メノス王国には帝国出身の方はほとんどおりません。王国と帝国はかなりの距離がありますし間にいくつもの国があるのでわざわざ来る方はいません。…もし私に帝国の血が流れていたならば私がこのメノス王国にいることは何か事情があったのかもしれないと思ったんです。…っ、申し訳ございません。今話したことは全て私の妄想ですので気にしないでください」
最後の機会になるだろうからと話したが、話し終わるとなんだかただ自分の妄想話を聞いてもらうだけになってしまったことに思い至って恥ずかしくなった。
こんな妄想を帝国の皇子であるテオハルト様に聞かせてしまうなんて、いくら時間がないからと失礼なことをしてしまった。
(もう一度謝った方がいいかしら…)
そう考えながらテオハルト様の顔を窺ってみると
(っ!…どうしてそんな表情をしているの?)
なぜかテオハルト様は泣きそうな悔しそうなそんな表情をしていたのだ。怒っているか呆れているかと思ったのに予想していた表情と違っていて戸惑う。
「あ、あの…」
「…祝福の一族はね、帝国が建国された当時から存在している一族なんだ」
「…」
テオハルト様がゆっくりとだが話し始めたので私は口を閉じた。
「初代の皇帝陛下と祝福の一族の長は親友だったそうだ。特に記録には残っていないが今日の帝国の繁栄があるのは一族の長が祝福を与えたからではないかと言われていてそれだけ帝国皇族と祝福の一族の繋がりはとても強いんだ」
その後もテオハルト様の口から語られるのは帝国と一族の歴史についてだった。てっきり私は「君と帝国は関係ない」と言われてこの話は終わりだと思っていた。
しかし私は歴史を聞きたいわけではないのだがテオハルト様の話し方はなぜか小さなこどもに伝えるようなひどく優しいもので不思議に思いながらもとても心地よくて聞き入ってしまった。
そして歴史の話から現在の一族についての話に変わっていった。
「ーー祝福の一族はマリアント公爵家と言ってね。公爵は温厚な性格だが当主と皇帝の側近の仕事をこなしてしまう優秀な人なんだ。それにとても家族想いなんだよ。公爵夫人は社交界で一目置かれる存在でね。毎日忙しいようだけど家族の時間を何よりも大切にしている方なんだ。そして嫡男である息子は私と同い年なんだけど非常に優秀でね。でも傲ることなんてしないいいやつなんだ。ただ家族のことになると誰が相手でも容赦しないんだよ」
「…仲のいい素敵な家族なんですね」
「あぁそうなんだ。それとマリアント公爵家には娘がいてね。家族全員が彼女のことを愛しているんだ。…でも彼女はいなくなってしまった」
「え…?」
「当時仕えていた使用人に生まれてすぐ誘拐されてしまったんだ」
ーードクン
誘拐という不穏な言葉を聞いた途端心臓が大きな音を立てた。
テオハルト様は話し続ける。
「その後使用人はこのメノス王国で亡くなったのが確認されている。だが彼女はいまだに見つかっていない。…本当なら私は彼女と婚約するはずだったんだ。だけどマリアント公爵家も皇室も彼女はまだどこかで生きていると信じている。私も彼女は生きていると確信しているから婚約者を作らなかった。婚約者は彼女以外考えられないからね。…そして私が彼女を必ず迎えに行くんだ」
ーードクンッ!
「っ!」
なぜかテオハルト様から私に向けられる視線に今まで感じたことがない熱が籠っていた。
それにいまだに見つかっていないはずなのになぜかテオハルト様は生きていることを確信しているような口振りだ。
…そして最後のあの言葉。
テオハルト様はハルじゃないのにあの日を鮮明に思い出させた。
(ハルも『必ず迎えに行く』って言ってくれたわ。…もう迎えに来ないって分かっているのに思い出しちゃうなんて。こんなに沢山の人に想われているなんて羨ましいわ。私がその人だったら…ってなんてこと考えているの!)
こんなことを考えてしまうなんて失礼だと頭では分かっているのに心がとても苦しくて今すぐこの場から走り去りたい衝動に駆られる。
しかしそんなことできる訳もないのでそのまま話を続けるしかない。
私は自分の心の痛みに意識が向いており、テオハルト様から向けられた視線のことなど気にする余裕はなかった。
「…無事に見つかるといいですね」
「…あぁ」
「色々と教えていただきありがとうございました。そろそろ昼休みが終わりそうですから教室へ戻りましょう」
「…そう、だね」
テオハルト様は何か言いたげな様子だったが私は気付かないフリをした。
「じゃあ戻ろうか」
「…はい」
そんな無礼な態度を取った私に変わらず優しく微笑んでくれるテオハルト様。
(どうして私にここまでよくしてくれるの?)
答えの出ない問いに無意識にハルから貰ったペンダントを握りしめ、テオハルト様と共に図書室を後にするのだった。




