3 生け花
ララーランという名の街は常にダンジョンの脅威に晒されている。
毎日のように生成されるダンジョンによって、街の景観が歪に破壊されているからだ。
民家の軒下に、道路の中央に、城壁から直角に、ダンジョンが生えてしまう。
そのサイズは難易度が高いほど大きく、最高難易度ともなれば街のどこにいても目に入るほど。
放置すればたちまち住民の生活は立ち行かなくなり、迅速な解体が求められる。
それを担うのがダンジョン攻略のスペシャリスト、ブレイカーだ。
「やっと見覚えのある格好になった」
待ち合わせ場所である公園に待ち合わせ時刻ぴったりにつく。
セイカは先に来ていた。
「あの後、五回ぐらい洗濯機回したから」
お陰で見た目はかなり清潔になった。
昨日も今日も快晴でよく乾いているし、嗅ぎ慣れない良い匂いがする。
「うん、これなら合格。どこに出しても恥ずかしくない」
「入店拒否されない?」
「ドレスコードが必要なお店以外なら」
「なるほど」
本来なら痛んでボロボロになっているはずの生地も、修繕魔法が施されている戦闘服なので、新品とは言わないまでも目立つようなほつれや傷はない。
修繕魔法様様だ。
「隣を歩いても恥ずかしくない格好になったことだし、早速行きましょ」
「あぁ、それはいいんだけど」
「なによ?」
腰に手を当てるセイカを今一度見て、過ぎた年月を実感する。
十五歳の時のセイカはおよそ剣が振れるとは思えない華奢な細腕だった。
それが今ではハルさんの剣を帯びていても遜色ない、戦闘服の似合う少女になっている。
「いや、こうしてるとタイムスリップしたみたいだなって」
「なにそれ? 記憶喪失?」
「憶えてないだけだよ」
無我夢中でがむしゃらに、遺品集めに奔走した。
憶えているのは必死に剣を振るい、魔法を唱え、遺品を取り返したことくらいだ。
それ以外の時間、自分がなにをしていたのかほとんど記憶にない。
「まぁ、そんなことより目当てのダンジョンはどこだ?」
街の中央に位置するこの広い公園にもダンジョンが幾つか生えている。
地中の岩や石を固めて作ったような無骨な輪郭は、ダンジョンの構成素材によるもの。
ダンジョンの生成時に周囲を巻き込む性質があるため、場所によって外見が異なり同じ者は一つとしてない。
今し方、解体のためにブレイカーの何人かが入っていた。
「そうね……ここの近場だと競争が激しそうだし、すこし歩く。こっちよ」
「あぁ」
セイカの判断は正しい。
新人の内は競争を避けて身の丈にあったダンジョンをじっくりと攻略するほうがいい。
出世争いだのポイント稼ぎだのは、その後からするものだ。
ギルドから追放された俺にはもう関係のなくなった話だけど、前途有望なセイカには重要なこと。
基本的なことはちゃんと押さえられている。
「民家の下から生えてるダンジョンは、ダメよね。住民がもうギルドに連絡してるだろうし」
「もう別のブレイカーが向かってるだろうな。横取りになる」
「なら……あれなら問題なさそう」
ダンジョンに突き上げられた民家を横目にしつつ道路の先へ。
十字路に行き着くと、その中央に生えたダンジョンが目に付く。
石畳みの地面を突き破り、散らばった瓦礫が散乱している。
人々はそれを迷惑そうに跨ぎ、魔導四輪車は大きな進路の変更を余儀なくされていた。
「迷惑そうだし、すぐにでも解体したほうがいい。サイズからして難易度も低そうだ」
「決定。行きましょ」
駆け足になって人の往来の隙間をすり抜け、ダンジョンの入り口へ。
一番乗りだと思ったのも束の間、俺たちと足を揃えたブレイカーがいた。
「あっ!」
「げ」
彼はセイカを見るなり声を上げ、当の本人は都合が悪そうな顔をする。
見たところセイカと同い年くらいの知り合いらしい。
第一印象は赤い髪をした好青年で、どこか初々しい雰囲気を感じるのは、新品の戦闘服のせいだろう。
セイカと同じ十八歳なら、ついこの間まで訓練生だったはず。
同級生なら彼はどうしてそんな反応を?
「アイク……」
「セイカ!? どうしてここに、用事があるんじゃ……」
彼の視線がセイカの隣りに立つ俺へと向かう。
「あ、あんたはっ」
俺が誰か知った瞬間、彼の手が伸びた。
胸ぐらを掴まれ、締め上げられる。
抵抗はしなかった。
「どの面下げて! お前! お前のせいでセイカがどれだけッ!」
「ちょっと、止めて」
「でも!」
「いいから止めて。いい加減にしないと怒る」
渋々と言った様子で喉元から手が離れる。
すこし咳き込みつつも、息を整えられた。
「平気?」
「あぁ、大丈夫だ」
喉に違和感を憶えるけど、それも直ぐになくなる。
今後にも支障はなさそうだ。
「なんでだよ。そいつはセイカの親父さんを見殺しにして逃げ――」
「そこまでにして」
セイカの語気が強くなる。
「いくら友達のあんたでも、その先のことには触れられたくない」
「でもっ」
「私がここにいるのは私が納得してるから。部外者がとやかく言うことじゃないから」
「ぶ、部外者……」
驚愕と失意がない交ぜとなったような表情をして彼はそれ以上の言葉もなく項垂れた。
セイカは無言でダンジョンへと向かい、振り返ろうともしない。
失意の只中にいる彼をいつまでも眺めているわけにも行かず俺もその場を後にした。
「人工型か」
「そうみたい」
その名の通り、人が作った遺跡のようなダンジョン。
異なる世界を内包する環境型とは違い、人工型は内包する世界の範囲が狭い。
狭いと言ってもあくまで比較すればの話で、考えなしに歩いて最奥にたどり着けるほどではないけれど。
どちらにせよ、ダンジョンであることには変わりなく等しく注意と警戒が必要だ。
「人工型なら初挑戦に向いてる」
「音が反射して聞き取りやすいから、でしょ?」
「そう。目で見える範囲より遠くにいても魔物を感知できる」
前もっているとわかっているのといないのとでは雲泥の差だ。
新人ブレイカーなら尚更。
「会話しながらでも異音に気づけるようになれば新人卒業ってとこ」
「じゃあ話ながら行く」
「強気は良いことだけど」
「私は早く一人前のブレイカーになりたいの」
「……わかったよ。じゃあなにを話す?」
「話題提供は男の仕事でしょ? リードして」
「参ったな。さて……」
どうしたものかと思考を巡らせる。
脳裏に浮かんだのは、先ほどの彼の姿だった。
「アイク、だっけ。さっきの」
「そうよ。それが?」
「いや、いい友達を持ったなって」
「はぁ? あんなことされたあんたがそれ言う?」
「友達思いなのが証拠だ。誰かのために怒れる奴は良い奴だよ」
「どれだけ良い奴でも踏み込まれたくない一線はあるもんでしょ。あんたと違って、あいつは線の外にいるの」
「だとしても」
「……わかった、後で謝っとく。ドタキャンしたし。はい、この話お終い。別の話題にして」
「じゃあ、初めての解体に挑む今の気持ちは?」
「思った以上に緊張してる。自分が自分じゃないみたい」
ふと、耳に届く異音。
通路の奥に広がる暗がりから響く。
「でも、このくらい乗り越えてみせる。こんな規模のダンジョンで躓くわけにはいかないもの」
まだ魔物は遠い。
「いい向上心だ。なにか目標でもあるのか?」
「もちろん、ある。でも、もう叶っちゃった」
「叶った?」
先行して歩いていたセイカはこちらに向き直る。
「ブレイカーになって腕を磨いて、いつか父さんの遺品を取り返そうって、そう思ってたの」
思わず、心臓の鼓動が乱れた。
「じゃあ、俺がセイカの夢を……」
「ちょーっと! 叶ったんだからいいのよ、そこは! あんたには感謝してるんだから」
「ほんとに?」
「本当に! それに新しい夢も出来たし」
「なら、よかった」
「そう、いいの。だからこそ」
セイカの背後に花弁が舞う。
逆巻くそれは竜巻となって色付き、背後にまで迫っていた魔物を巻き上げた。
掠れてぐもったような断末魔の叫びが響き、斬り刻まれたゴブリンたちが地に落ちる。
「こんなダンジョンは簡単に踏破できなくちゃいけないの」
花の魔法。
それはハルさんの植物魔法によく似ている。
あぁ、懐かしいな。
俺がまだ新人だった頃を思い出す。
やっぱり親子なんだな。
「というか、先に気付いてたでしょ。ゴブリンが来てるの」
「いつ気がつくかなって」
「ムカつく。今度はあたしのほうが先に気付くから」
「頑張れ」
「余裕そうにしてられるのも今のうちなんだからね」
セイカは優秀なブレイカーになる。
俺が面倒を見なくてもいいくらいに。
でも、どれだけ出来た娘でも、心配するのが親ってものだよな。
父親の代わりになんてなれっこないけど、せめて先達として出来る限りのことをしよう。
大丈夫、ハルさんの頼みはちゃんと引き受けるから。
最後まで、必ず。
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