2 恩人の娘
散らかり放題で足の踏み場もない自宅の中で唯一綺麗な場所がある。
その部屋の中には三つの箱があって、中身はこの三年間死に物狂いで集めた遺品。
真ん中の箱に最後の遺品を収めて、ようやくすべての箱を閉じることが出来た。
「やっと……やっと家に帰せる」
遺品の詰まった箱を遺族たちのもとへ。
本来なら自ら渡しに行くのが筋だろうけど、俺の顔なんて見たくはないだろう。
然るべき職業の方々に任せることにした。
「あぁ……疲れた」
成すべき事を成し、自宅のベッドに倒れ伏す。
そのまま泥のように眠るのに時間は掛からなかった。
このまま目覚めなくてもいい。
まどろみの中でふとそんなことを思いながら意識を手放した。
§
憶えているのは夢を見なかったということ。
目覚めなくていい眠りから覚めた時、耳に届いたのはインターホンの音だった。
執拗に連打されているのを聞くに、起きる前から鳴っていたようだ。
宅配を頼んだ憶えはない、放っておけば鳴り止むだろうと再び瞼を閉じる。
ガンガンガン。
インターホンの音が激しいノックに変わる。
どうも諦めが悪いらしい。
「……わかったよ」
気怠い体を無理矢理ベッドから引き剥がし、覚束ない足取りで玄関へ。
鍵を開けた音でぴたりとノックが止み、気が進まない中ゆっくりと扉を開けた。
「やっと出てきた」
不機嫌そうな声はどこか聞き馴染みがあり、彼女の全貌を見て昔の記憶が蘇る。
会うのは実に三年ぶりだ。
長い黒髪も、幼い顔つきも、鈴の音のような声も、すこし大人びていた。
身長もすこし伸びているみたいだ。
「久しぶり、シン」
その腰には俺が最後に回収した遺品の剣が差してある。
「久しぶり、セイカ」
彼女はハルさんの娘だった。
「とりあえず、中に入れてよ」
「あぁ……いや、散らかってるからダメ」
「そんなの気にしないから」
するりと隙間を抜けるように、セイカは部屋の中に入ってしまう。
「汚っ。これが人の生活する部屋? 足の踏み場もない!」
「だから言ったのに」
「信じらんない。なんか臭うし最悪」
「じゃあ外に出て適当なところに」
「あんた自分の状態わかってないの? いったい何日お風呂に入ってないのよ」
「……憶えてない」
「入店拒否されるに決まってんでしょ! さっさとお風呂に入ってきなさい! 掃除しといてあげるから!」
「いや、セイカにそんなこと」
「いいから! お風呂に! 入りなさい!」
「……はい」
まるで親に叱られたような気分になりながら風呂場に押し込められた。
幸いなことに風呂場は浄化魔法が施されているので掃除をしていなくてもカビは生えない。
文明の利器に感謝しつつ、何日かぶりの熱いシャワーを頭から浴びた。
「体が軽くなった気がする」
「そう、よかったじゃない」
やっぱり風呂は毎日入るべきだ。
気持ちがよかった。
「掃除、ありがとな」
「いいのよ、べつに。魔法で一撫でなんだから」
倒れた椅子が独りでにテーブルに着き、ゴミは自らゴミ袋へ。
塵や埃は煙のように立ち上って、同じくゴミ袋へ吸い込まれていく。
曇った硝子も透明度を取り戻し、部屋が一団明るくなったように見える。
掃除も毎日するべきだ。
「でも、なんとなくわかったわ。あんたがこの三年間、どれだけ破滅的だったか」
ゴミ袋の山を見つめるセイカの眉間には皺が寄っていた。
「今日はなにしに来たんだ? 俺の顔なんて見たくないだろ」
「えぇ、そう……そうだった。父さんがいなくなって、生き残ったあんたには悪評がついて回ってる。仲間を置いて逃げた臆病者だとか、裏で汚いことしてたとか、憎まないほうが可笑しいでしょ」
「そうだな」
「そうだな? そうだなってなによ」
向けられた視線は鋭い。
「昨日、父さんの遺品が送られて来てわからなくなった! あんたがこの三年間、あのダンジョンに通い詰めてたのは知ってる! でも、それは罪滅ぼしのパフォーマンスだって思ってた!」
そう思われていたのは知ってる。
セイカだけでなく、俺を知っている誰も彼もに思われている。
俺の評判は地の底だ。
それでも弁解しなかったのは、他人にどう思われようとよかったからだ。
いや、違うな。
成すべき事を成した今ならわかる。
本当は自分に対する罰が欲しかったんだ。
「あんたは私が知らないところで遺品を集めてた! 父さんのパーティーが壊滅したあの危険なダンジョンで、たった一人で! 私にはもうわからない、だからあんたの口から聞かせてよ! あんたは父さんたちを見殺しにして逃げたの!?」
彼女には知る権利がある。
俺には答える義務がある。
だから正直に話そう。
「逃げたのは事実だ。ハルさんたちを置いて逃げた」
セイカの拳は硬く握り締められ、唇は真一文字に結ばれた。
「本当に申し訳ないと思っている。俺が逃げたせいで遺体を帰してやれなかった」
「どういう……こと?」
「見殺しにはしてない。一緒に戦ったんだ。でも、俺だけが生き残ってしまった」
自分の両手に目を落とす。
「今でも鮮明に思い出せるよ、ハルさんをこの腕の中で看取った時のことを」
「……父さんは最期になんて?」
「セイカを頼む」
三年越しに聞く父の遺言に、セイカは言葉なく涙を流した。
止めどなく頬に流れる雫を拭ってやることは憚られる。
ハルさんを看取ったこの不甲斐ない手でセイカの涙に触れることは出来なかった。
「わかった」
乱暴に涙を拭い、セイカは真っ直ぐに俺を見た。
「どっかの誰かが言った無責任な噂よりも、あんたの言葉を信じる」
「……そうか」
一瞬、ほんの一瞬だけ救われたような気持ちになって、それを急いで掻き消した。
そんな気持ちを抱いてはいけないのに。
「聞きたいことが聞けてすっきりした。三年も残ってたもやもやが取れたみたい」
「用事は済んだわけだ」
「えぇ、来てよかった」
セイカはハルさんの形見の剣を握り締め、玄関扉を押し開く。
「じゃあ、明日からよろしくね」
「え? よろしくって、なにを」
「私、明日からブレイカーになるの。父さんの遺言、聞いてくれるんでしょ?」
返事をする前に、セイカは扉を閉めてしまった。
唖然としていると携帯端末がメッセージを受信する。
テーブルの上から拾い上げて確認すると、セイカから日時と集合場所が送られて来ていた。
「……わかったよ。引退はまだすこし先延ばしにする。ハルさんに頼まれたからさ」
セイカが一人前になるまでブレイカーでいよう。
「さて、じゃあ……洗濯だな」
この三年間、思えば洗濯なんて数え切れる回数しかやって来なかった。
本当に着られなくなるほど汚れた時だけ。
風呂もシャワーを浴びないと明日がままならないほど汚れた時だけ。
まずはそこから正して行こう。
せめて入店拒否されないくらいの真人間に戻らなくては。
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