9 自堕落侯爵令嬢
5回目の一ヶ月。
アンジェリーナはこの一ヶ月を、引きこもって過ごした。
前回の一ヶ月で、アンジェリーナの心はポッキリ折れていたのだ。
どうせ誰も信じてくれない。
下手に相談すると、虚言扱いされる。
そう思うと、思った以上にやる気が出なかった。
(……覚えているのは、わたくしだけ……)
両親以外に、アンジェリーナのことを信じて力になってくれる人がいるだろうか。
アンジェリーナは、兄や弟、学園の同級生達を思い浮かべる。
さらに、第二王子に、国王夫妻を思い浮かべ――首を振った。
(また、閉じ込められるだけですわ……)
アンジェリーナは、毛布を巻き込むようにして、寝台の上で体を丸める。
正直、家族に信じてもらえないことがここまで自分にダメージを与えるとは思ってもみなかった。
アンジェリーナは、なんだかんだ大切にされて育ってきたのだ。
このアンダーソン侯爵家で、貴族の令嬢として、侯爵家の一人娘として、尊重され、守られてきた。ゆえに、アンジェリーナは自己肯定感が高かった。
そして、だからこそ、彼女は婚約者の第二王子に冷遇されても、めげることなくにも立ち向かうことができていたのだ。
だが、今この現状はなんだろう。
孤立無縁、家族に裏切られ、事態はアンジェリーナの手に余るのに、問題を認識できるのはアンジェリーナだけ。
(…………考えたくない……)
とにかく、アンジェリーナは休みたかった。
今後なにをするにしても、今は休息が必要だ……。
****
アンジェリーナは「もうむりむりむり」と、本当にずっと、寝台の上でゴロゴロしながら過ごした。
正直、かなり筋力が落ちたと思う。
そして、「美味しいものなら元気を取り戻せますかしら……?」と、沢山美味しいものを食べた。
ちょっと太ったようにも思う。
途中で、カルロスとテレーザがそれぞれお見舞いに来たが、アンジェリーナは面会しなかった。
優しくしてくれる人と会うと、下手に何か口走ってしまいそうで、それが逆に怖かったのだ。
そして引きこもりを開始してから三週間目のある日、兄のイアンが見舞いに来た。
「アンジェリーナ」
「……お兄様」
アンジェリーナは、力無い笑みで兄を迎える。
「どうしたの、アンジー。みんな心配しているんだよ」
「……少し疲れているだけなんです」
「少しじゃないように見えるね」
兄のイアンは、俯くアンジェリーナの手をとる。
「アンジーにとって兄様はそんなに頼りない?」
「……お兄様」
「小さい頃は、いつでも頼ってくれたのに」
幼い頃から、いつでも力になると言ってくれた兄。
アンジェリーナと弟のエリックが両親に叱られている時はいつも、兄が庇ってくれた……。
「お兄様……」
アンジェリーナは決意した。
そして、今までの時戻りの話を、全て吐き出した。
兄は真剣に、アンジェリーナの話を聞いてくれた。
そして、信じると、アンジェリーナの力になると言ってくれたのだ。
「辛かったね」
頭を撫でてくれる兄に、アンジェリーナはポロリと一筋の涙をこぼした。
「魔術師を手配できるか、やってみるよ」
それだけ言うと、兄は部屋を出ていった。
****
次の日、兄が魔術師を呼び寄せ、面会させてくれた。
「初めまして、アンジェリーナお嬢様。兄君に話したことを、もう一度私にもお聞かせいただけますか?」
兄と魔術師とアンジェリーナの3人だけのその空間。
アンジェリーナは、クスリと笑った。
「兄君はお嬢様のことをとても心配しているご様子でね。その気持ちは分かります、私にも――」
「――『私にも、同じくらいの年頃の妹がいますから』」
被せるようにして発言したアンジェリーナに、魔術師は目を見開き、兄は不思議そうにしている。
「『一緒に暮らしてるんですけどね、うちは両親がいないもので、妹が唯一の家族なんです。妹が元気をなくしていたら、居ても立っても居られない……兄君もそうなんでしょうね』」
「……アンジー?」
怪訝そうにする兄に、青い顔をしている魔術師。
「精神科医グラウス。わたくし、あなたにお話しすることは何もありません」
「……な、ぜ」
「わたくし既に、前回の一ヶ月であなたにお会いしていますの」
アンジェリーナは、狼狽える魔術師から兄に目線をずらす。
そこには、真っ青な顔をした兄イアンがいた。
「お父様達に話したのね」
「ま、待ってくれ、アンジー」
「イアン=アンダーソン」
アンジェリーナの呼びかけに、イアンはショックを受けた顔をする。
なぜそのような顔を、あなたがするのだ。
アンジェリーナを――わたくしを裏切った、あなたが。
「大丈夫。わたくし、昨日の時点でちゃんと分かってはいたのです。あなたのやり口は、両親にそっくり」
「アンジー!」
「わたくしの話を否定しなかった。ただただ、わたくしの言う内容を信じてくれた。……そして、聞くだけだった……」
本当に信じているなら、その場で対応策くらい考えるだろう。
アンジェリーナに質問し、何が最善なのか、一緒に考えてくれたはず。
そうしなかったのは何故か。
アンジェリーナの話した内容を、実のところで信じていなかったからだ。
アンジェリーナを大切に思う気持ちから全てを聞いたけれども、その内容については、ただの夢だと、妄想だと決めつけていた。
「お兄様。あなたにこれ以上お話しすることは何もありません」
「……アンジェリーナ」
「自室に戻ります。外には出ませんから、ご安心を」
それだけ言うと、アンジェリーナは部屋へと戻り、内側から鍵をかけた。