8 家族への相談
3回の時戻りを経た今、この1ヶ月を過ごすのはこれで4回目。
アンジェリーナは考えた。
貴族なら誰でも入手できる光魔法の護身用魔道具は、時戻りの魔法に対抗できなかった。
となると、今のアンジェリーナに、時戻りを対処療法で防ぐ術はない。
断罪返しもしたが、時戻りの魔法に対してはなんの効果もなかった。
正直、この事態はアンジェリーナ一人の手には負えないと思う。
(これはもう、大人に相談すべきだわ。お父様に、お母様……)
アンジェリーナは、王子妃教育でよく言われていたことを思い出す。
自分の分をわきまえること。
すべて自分の力だけで解決できると思わないこと。
みなの力を借り、得た能力、労働力を、効率よく運用するための努力を怠らないこと。
『これから先、王子妃となるあなたが挑むべき問題は、あなた一人の力で解決することが難しいものばかりとなるでしょう。あなたには、物事を自分の力で解決しようという生真面目さ、誠実さがあります。それはとても素晴らしいことです。けれども、あなたはさらにその一歩先をいかねばなりません』
講師の言葉を思い出しながら、アンジェリーナは両親のいる談話室へと向かう。
「お父様、お母様。相談があるのです」
アンジェリーナは、首を傾げる両親に、ここ90日間の全てを伝えることにした。
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そして、それが失敗だった。
「お父様! お母様! 出してください!」
アンジェリーナは、自宅の自室に、外側から鍵をかけて閉じ込められていた。
「アンジェリーナ」
扉の外から聞こえた声に、アンジェリーナは扉に縋りつく。
「お父様!」
「アンジェリーナ。病気はまだ治らないのか?」
「お父様、わたくし病気なんかじゃありません! 本当に、3回も時間を巻き戻っているのです!」
「……そうか。それは大変だな」
「お父様! わたくし、嘘なんてついていません!」
「うん。私はアンジーが嘘をついてなんかいないと分かっているよ。それだけは信じているんだ……」
去っていく父の足音に、アンジェリーナは歯噛みする。
両親は、アンジェリーナの話を、最後まで根気よく聞いてくれた。
そして、アンジェリーナのことを信じると、翌日には魔術師を呼ぶと、そう言ってくれたのだ。
けれども、翌日家にやってきたのは、魔術師ではなく医師だった。
それも、精神科を専門とする医師……。
「アンジェリーナお嬢様。ご両親に話したことを、もう一度私にもお聞かせいただけますか?」
魔術師と名乗ったその医師は、アンジェリーナからこの90日間の情報を聞き取ると、両親と相談してくると言って退席した。
そして、その日から、アンジェリーナは自室に閉じ込められている。
窓も扉も、外側から魔法で施錠されていて、アンジェリーナの力では脱出することができないのだ。
最初の一週間は、アンジェリーナも必死に扉を叩き、両親に真実を訴えていた。
次の一週間は、なんとか脱出するべく、今まで言ってきたことは嘘だと言い募った。
けれども、結局それすら信じてもらえず、アンジェリーナは卒業までずっと自室に閉じ込められることとなったのだ。
「卒業パーティーさえ終われば、時戻りや第二王子の断罪など、夢物語だったと理解できるだろう」
「でもあなた。卒業パーティーで断罪なんて、さすがにあり得ないにしても……婚約者だというのに、第二王子殿下からはエスコートの申出もなければドレスの贈り物もないし、お見舞いにも来ないのよ」
「向こうから接触してこないのは、今回ばかりはこちらにとっても都合がいい。しかし、卒業パーティーが終わり次第、この婚約については考え直さねばならないな」
「きっと、婚約者との不仲がアンジーの心に負担をかけてしまったんです。婚約を解消できれば、アンジーもきっと良くなりますわ」
廊下の奥で、両親のそんな会話が聞こえる。
この数週間、何を言っても信じてもらえなかった。
アンジェリーナの気力は、ゼロに近かった。
両親に訴えることなど何もない。
(どうせ、また卒業パーティーの日になったら、時が戻るわ。今回の一ヶ月は、捨て回にしましょう……)
続くか続かないのかも分からない時戻りの魔法を当てにしたアンジェリーナは、自嘲する。
根回しも何もなく、両親を信じた。
その結果がこれだ。
せめて、一度くらいは魔術師を呼んでくれると思っていた。
そのくらいは、アンジェリーナのことを信じてくれると思ったのに……。
(時戻り……それくらい、あり得ない魔法として認識されているってことなのかしら……)
寝台にうつ伏せになったまま、アンジェリーナはぼんやりと思考の海に浸る。
このまま卒業パーティーの会場にすら行かなければ、時戻りの魔法は起動しないかもしれない。
前回、アンジェリーナは、あの紫色に輝く多重魔法陣が、自分を中心に展開されているのをハッキリと見た。
仮にアンジェリーナが学園のあの場所にいることが必要なのであれば、今回のループでその条件を満たすことはない……。
そんなことを考えながら、アンジェリーナは前回の一ヶ月の最後の記憶を、もう一度思い返していた。
3回とも、アンジェリーナを助けにきてくれた、あの人。
「……お礼を、言いたかったな」
ぽつりとつぶやいた後、アンジェリーナはそのまま意識を手放した。
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それからアンジェリーナは、一度も部屋を出ることなく卒業パーティーの日まで過ごした。
湯浴みの手伝いに侍女と女騎士が毎日入室してくる以外は、ほとんど部屋の中に変化はない。
そうして毎日を投げやりに過ごし、ようやく卒業パーティーの日がやってきた。
そして、いつもと同じくらいの時間帯に、その魔法陣は現れた。
「場所は、関係ないの……」
アンジェリーナは、絶望に震える声で、それだけ呟いた。
二週間、誰ともほとんど会話をしてこなかったので、その声は掠れていた。
【獲得情報】
パーティー会場に行かなくても時戻りの魔法陣は発動する。