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侯爵令嬢アンジェリーナはループ♾を終わらせたい  作者: 三毛猫かりん
10章 事件のその後
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73 帰国




 あれから二週間、アンジェリーナはラマディエール王国に滞在していた。


 外交大使として献上品の受け渡しを行い、ラマディエールの事業視察を行なった。

 特に、魔法省の現場や研究所、セイントルキア学園の魔法学の授業を重点的に視察し、その先進ぶりに、ライトフット王国との違いに驚いた。


 その間、ニコラスはアンジェリーナの目の前に現れなかった。


 そのことに一番憤っているのは、聖女フィルシェリーだ。


「ニコラス卿ったら、もう!」

「いいんです、フィルシェリー様」

「よくありません! こんなふうに女性を傷つけて、そのまま逃げ回るなんて……!」


 プリプリ怒っているシルバーブロンドの美女に、アンジェリーナは、力無く微笑む。


 アンジェリーナはあれから、ずっと気を張っていた。

 何しろ、彼女は今、フェルニクス侯爵としての初めての公務中なのだ。彼女は国の象徴のような立場とはいえ、外交大使として来国したからには、ラマディエール王国の官僚達に話ができる相手だと見てもらわなければならない。

 そして、ラマディエール王国にも、もちろん一人でやってきた訳ではなく、官僚や護衛も伴っている。アンジェリーナは、彼女を侯爵として取り立てたラインハルト第二王子の顔を立てるため、彼らの目のあるところでも気を抜く訳にはいかなかった。


 そんなアンジェリーナに、聖女フィルシェリーが、配慮してくれたのだ。


 今までの王子妃教育を活かし、毅然とした態度で立っている新人外交大使が、精神的にボロボロであることを、彼女は目の前で見て知っていたからである。


 彼女は、アンジェリーナと、友人としての二人きりの時間を作り、頻繁に話を聞いてくれた。

 ライトフット王国の護衛達は、国の重要人物であるアンジェリーナから目を離すのを嫌がったが、相手は聖女フィルシェリーだ。大精霊との会話をするので、大精霊との契約者であるアンジェリーナ以外は席を外すようにと言いつけ、護衛なら聖魔法を操る自分一人がいれば十分だと言い張る彼女に対抗できるはずもなく、引き下がることとなった。そうして、聖女フィルシェリーは、アンジェリーナが息抜きをできる場を設けてくれたのである。


 アンジェリーナも、彼女の前でだけは、緊張の糸を解いていた。要するに、会うたびにしおしおと萎れていた。

 それを見て、聖女フィルシェリーは、「私のお友達を傷つけるなんて」とニコラスに怒っているのだ。


 今もアンジェリーナと聖女フィルシェリーは、女性二人で、大精霊である白猫黒猫の二匹に囲まれながら、お茶をしていた。なお、フェニはアンジェリーナが外交中は、ラインハルト第二王子と共に国でお留守番中である。

 先程まで怒っていたフィルシェリーは、しかしふと、困ったように眉をハの字にした。


「でもね、実はね。ニコラス卿がこんなふうに女性から逃げ回るなんて、私も驚いてるの」

「そうなんですか?」

「ええ。あの方は、逃げたり躱したりはよくするけれど、いつだって格好良くて、誰かを傷つけたままにしておく人じゃなかったから。……きっとニコラス卿にとって、すごくすごく特別なのね」

「特別……?」


 首をコテンと傾げて不思議そうな顔をするアンジェリーナに、聖女フィルシェリーは「もう、アンジェリーナ様ったら可愛い!」と抱きつくばかりで、答えをくれなかった


「そういえば、フィルシェリー様」

「なぁに?」

「わたくし、そろそろ帰国しようと思うんです」

「ええ!?」


 アンジェリーナの言葉に、フィルシェリーは仰天した。そして引き止められたが、アンジェリーナ困ったように微笑むだけで、帰国の予定を変えなかった。




****




 ニコラスは、ビルとジェフリーの隠れ屋の一つで、またしても机に突っ伏していた。


 考えないといけないことは、分かっていた。

 けれども、気持ちが追いついてこない。

 こうしてニコラスが逃げ続けることで、彼女を傷つけていると分かっているのに、それでも足が動かなかった。


 そうして考えに耽っていると、頭をコツリと叩かれて、ニコラスは顔を上げる。


「ニコ。そこで寝てると風邪を引くぞ」

「……ジェフリー」

「ようやく見つけた。お前、コロコロ寝床を変えすぎ。家に帰らないのはいつものことだけど、俺からも逃げ回ってたな」


 呆れた顔をしているジェフリーから、ニコラスは目を逸らす。

 ジェフリーは、子ども返りした様子のニコラスにため息をついた。


「もーお前さ、何してんだよ。リーナちゃん泣いてたぞ」

「会ったのか?」

「そんな顔をするんじゃない、俺に嫉妬を向けるな。そりゃ会いに行くさ。ニコが怪我で寝込んでいた間、俺達は魔女マリーの恐怖に怯える同士だったし、大の仲良しなんだからな」

「……」

「だから睨むなって」


 両手を上げて肩をすくめるジェフリーに、ニコラスはため息をつく。


「そのうち、なんとかする」


 毎日そう思いつつなんとかできていないことは言わず、ニコラスはそう呟いた。

 それに対して、ジェフリーから予想外の反応が返ってきた。


「いや、お前が動かなくても、もう大丈夫だぞ。リーナちゃん、ライトフットに帰るらしいから」


 ニコラスは、しばらく目を見開いて固まっていた。頭の中が真っ白になり、うまく思考できない。

 ジェフリーは、そんなニコラスには構わず、珈琲の準備を始めた。小さな隠れ屋の狭い室内には、ジェフリーが挽いている珈琲豆の香りが広がる。


「……リーナ、帰るのか」

「ああ、そう聞いたぞ。本人からな」

「なんで」

「そりゃ、用事が済んだからだよ。お前の従兄弟に献上品も渡したし、婚約の申込みはなかったことになるみたいだし」

「俺は……」

「ラマディエール王国としても、婚約申込をしてから二週間逃げ続ける男を、友好を求めているライトフット王国の大事な娘さんに差し出せないだろ? よかったじゃないか、リーナちゃんが諦めてくれて」

「いつ出発するんだ」

「……」

「ジェフリー」


 一瞬だけニコラスに視線を移したジェフリーは、すぐに鍋に目を戻す。火にかけた鍋の中で、水がふつふつと沸騰を始めた様子を見ながら、ジェフリーはなんでもないことのように言った。


「明日の朝一。特殊転送陣の使用許可があるらしいから、10時には国境だな」


 そこから30秒ほど、鍋を見ていたジェフリーが顔を上げると、そこにニコラスは居なかった。

 ジェフリーは何も言わず、お湯が沸くのを待ち、完全に沸騰し切ったところで火を切った。用意していた珈琲豆に湯を注ぎ、珈琲をカップに注ぎ、机について、出来立ての味を楽しむ。

 ジェフリーは、ニコラスの座っていた椅子を見て、ふと笑った。


「本当に手のかかる息子だよ」


 豆を丁寧に挽いて作った珈琲は、格別の味がした。




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