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70 フェルニクス侯爵


本日二話目の更新です。






 ニコラスが帰国して、一ヶ月が経った。


 ラマディエール王国にあるセイントルキア学園の卒業式にも間に合った。ビルとジェフリーの仕事も手伝っている。学生時代から手遊びに始めた事業の仕事を適当にこなしたりもする。

 そうして日常に戻り、朝食後の机でダラダラ過ごしてるニコラスを、ジェフリーは半目でジトリと見た。


「ニコ」

「……」

「ニコ」

「……なんだよ」

「お前さぁ」


 ニコラスがジェフリーを睨むと、ジェフリーは肩をすくめた。


「ぼんやりしすぎだよ。抜け殻っていうのか?」

「別に、いつもどおりだよ」

「嘘つけ。気持ちが向こうを向いてるだろ」

「向いてない」

「向こうがどこを指すのかは突っ込まないんだな」


 若干頬を赤らめて、机に突っ伏すニコラスの頭を、ジェフリーはぐしゃぐしゃと撫でた。


「お前はバカな奴だよ」

「……そんなことない」

「はいはい」


 ジェフリーは肩をすくめて、朝食の皿を下げに行った。

 ニコラスはため息をついて起き上がった。


 今日は面倒なことに、ラマディエール王国の第一王子であり、王太子である従兄弟ラファエルと、その妻である聖女フィルシェリーから呼び出しをくらっている。

 時間を考えると、そろそろ準備をしなければならない……。




 ニコラスが登城すると、約束の場所に現れたのは、大して仲良くもない従兄弟だけだった。


 ニコラスは面白くなさそうにフワフワ金髪の王太子を眺めると、「フィリーは?」と尋ねる。


「開口一番にそれかよ!」

「当然だろ。なんで俺がお前と二人きりで向き合わなきゃならないんだ」

「シェリーは客の相手をしているんだ。シェリーの強い希望でな」

「……? 相手は誰だよ」

「ライトフット王国のフェルニクス侯爵だよ。有効のための献上品と称して、僕とシェリーへのお礼の品を持参したんだってさ。まあ、外交大使ってやつだな」


 ニコラスは目を瞬く。


 ライトフット王国で王家の秘宝が見つかった後、聖女フィルシェリーとその伴侶であるラファエル王太子は、密かにライトフット王国の()()を行っていた。

 時戻りの魔術により削り取られた国民の魂を、気付かれないよう少しずつ聖魔法で回復させた。大地の魔力資源の枯渇を改善すべく、大地に魔力を注いでいた。特に大地への魔力供給は、近衛隊長のマクファーレンが起こしたような魔力暴発事故を防ぐために、少しずつ行う必要がある。

 そうした緻密な作業のため、フィルシェリーとラファエルの二人は、世界樹の道を通って幾度もライトフット王国に通っていた。


 そしてそのことを、ライトフット王国の上層部は知っているが、国民には伏せている。

 ラマディエール王国もライトフット王国も、『強大な力を持つ聖女とその伴侶が、世界中のどこにでもいつでも現れることができる』という事実を、政治的に扱いきれない問題と判断したからだ。


 そして、今回の献上品とやらは、こんな状況下でライトフット王国のために尽力している二人への感謝の品らしい。


「へー。まぁ、そのくらいは当然だろうな。でも、フェルニクスなんてライトフットの侯爵にいたか? 聞いたことがないぞ」


 フェルニクス侯爵がいるという応接室に向かいながら、ニコラスはラファエル王太子に尋ねる。


「最近侯爵の地位を賜ったそうだ。それでさ、ライトフット王国にこの間まで留学してたお前に会いたいって希望していてな」

「ふーん」

「嫌そうにするなよ。お前、あれだけの事件を解決したんだぞ。ライトフットの外交大使なら会いたいに決まってるだろう」

「面倒だな……しばらく外に出るか」

「……」


 そうして、応接室の前に辿り着き、侍従が扉を開くと、小さな控えの間の奥に本扉が現れる。

 侍従がその本扉を開ける前に、ラファエル王太子が扉を見たまま、小さく呟いた。


「ニコラス、お前に一つ謝っておく」

「なんだよ気持ち悪い」

「僕は主犯じゃないからな」

「……」

「黙って逃げようとするな」

「そっちこそ世界樹の枝で人の足を縛るのをやめろ」


 床から伸びてきた世界樹の枝に、足に絡みつかれて、ニコラスは隣にいる従兄弟を睨みつける。


 ラファエル王太子はため息をつき、手をひょいと動かすと、世界樹の枝がフワリと緑の光を放って消えた。


 そして、ラファエルの指示で、侍従が応接室の本扉を開けた。


 ニコラスは最初、その瞳に映ったものが信じられなかった。


 室内にいるように見えるのは、今後数年は会うことはないだろうと思っていた人物だ。

 聖女フィルシェリーと共に応接室机を囲んでいる。


 眩しいものを見たかのように動きを止めたニコラスに、その人物は、ぱぁああ! と花やぐような笑顔を向けた。



「ニック!」



 応接室で待っていたのは、アンジェリーナだった。


 彼女はソファから立ち上がると、嬉しそうにニコラスを見つめている。


 しかし、ニコラスは彼女から目を逸らし、隣の従兄弟に苦言を呈した。


「……おい、ラファエル」

「だから、僕じゃないって」

「フェルニクス侯爵はどこだよ」


「ここにいますわよ?」


 アンジェリーナの言葉に、ニコラスは目を丸くして固まる。アンジェリーナはそんな彼に、得意げな顔をして近づき、優雅なカーテシーで挨拶をした。


「わたくしは、アンジェリーナ=フェルニクスと申します。ライトフット王国において、国の象徴である時の大精霊フェニと契約したことにより、一代限りの侯爵の地位を賜っております。以後、お見知りおきを、ニコラス卿」

「……は、……え?」

「わたくしは本日、隣国ラマディエール王国への使者と、婚約者への挨拶を兼ねて、こちらに参りましたの」

「……婚約者」


 事態についていけていない様子のニコラスに、ラファエルが咳払いをする。


「あー、うん。隣国ライトフットから、今後の両国の仲を見据えての打診があったんだ。要するに、縁談だ。フェルニクス侯爵と、……その、お前との、婚約な」


 唖然としているニコラスに、アンジェリーナは不安で瞳を揺らしながら、ニコラスを見つめる。


「……その、ニック」

「……」

「わたくしとラインハルト殿下との婚約はね、解消したの」

「……なんで」

「わ、わたくしが……」


 ニコラスの冷たい視線を浴びながら、アンジェリーナは真っ赤になって俯く。

 泣きそうになるけれども、ここで泣いている場合ではない。ここに何をしにきたのか、背中を押してくれたあの人のことを思い、アンジェリーナはキッとニコラスを睨みつけた。


「わたくしが! あなたを好きだからよ!」


 真っ赤になったアンジェリーナは、必死になりすぎて、まるで喧嘩を売っているような剣幕で叫んでしまった。



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