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63 金色の叫び




「待ちなさい」



 ラインハルト第二王子は目を見開き、声のした方に顔を向けた。


 そこにいるのは、マリアンヌだ。


 ライトフットの、水の魔女。


「国王を、その男も治療するつもりなの」

「……マリアンヌ」

「許さない!」


 燃えたぎる怒りを、マリアンヌはラインハルト第二王子にぶつける。

 ラインハルト第二王子は、この三年間、操られていたとはいえ、常に寄り添ってきた女の本音に、悲しげな表情を浮かべた。


「私は、許さない。ライトフットを、歴代の国王を、その男を許さない!」

「マリアンヌ……魔女マリー。今は、どうか……」

「そこの赤髪の――マクファーレンの言うとおりなのよ。ライトフットは、そういう国なの!」


 肩で息をするマリアンヌを、誰も止めることができない。

 マリアンヌの呼び出した蛇だけが、彼女の右腕に巻きつき、寄り添っている。


「ライトフットの王家は全てを秘宝のために犠牲にする。犠牲に、してきた! 私は許さない。ライトフットの在り方を肯定してきたそいつを、諸悪の根源を!」

「マリアンヌ」

「ラインハルト、お前も国王を庇うなら同罪よ! この国の災いをもたらす、王家一族の――」



「ひいおばあさま」



 マリアンヌの長いまつ毛が揺れた。

 背後からの呼びかけに、彼女はゆっくりと振り向く。


 そこには、テレーザとオルトヴィーンに支えられながら立ち上がった、アッシュグレーの男がいた。



「……カル、ロス……」



 振り向いたピンクブロンドの魔女に、カルロスは微笑む。


「ひいおばあさま。もう、終わりのはずです」

「……カルロス。だけど、私は」

「約束したではありませんか」


 カルロスは、真っ直ぐにマリアンヌを見つめる。

 その揺らがない瞳に、マリアンヌは一歩下がった。


「昨日、あなたはこの《時戻り》の話を私にすると共に、私と約束をしました。忘れたとは言わせません」

「……」

「王家の秘宝を壊すと。そうしたら、王家への恨みをはらすためではなく、前を向いて生きていくと、そう言ったではありませんか。だから私は、王家の秘宝を壊すことに協力することにしました。実際、一度、秘宝の破壊と引き換えに、命を落としました。……友人が、助けてくれましたが」


 カルロスは、アンジェリーナに向かって微笑む。

 アンジェリーナは、涙目で口元を抑えながら、何度も頷いた。


「あなたが未来に向かって生きていくこと。それが、ひいおじいさまの願いだった。ライトフットの水の魔女、癒しマリーの血を受けたことは、私達一族の誇りで、あなたは命を育む存在のはずだ」

「そんな呼び名は、過去の話よ。私の癒しの力は、この薄汚い国に利用された。私はそれを、絶対に許さない!」

「許す必要はないのです」


 カルロスの言葉に、マリアンヌはまた一歩下がる。


「許すことはありません。けれども、どうか、破壊ではなく、未来を切り開くために生きて欲しいのです。過去に怒り、その上で、これからを作る次の世代を見ていて欲しい」

「……次」

「そうです。秘宝は、壊れました。私の信じる人達が、壊してくれました。これからは、秘宝による搾取のない時代が始まります。私はそれが、明るい未来になると信じている」

「どうして」


 マリアンヌは、カルロスに問う。


「何故そんなに、あなたは揺らがないでいられるの、カルロス。どうして未来を信じられるの」


 その疑問に、カルロスは、笑った。

 どうやって伝えたら、この温かい気持ちが、目の前の曾祖母に伝わるだろう。

 考えて、考えた結果、カルロスは、自分が心惹かれる彼女にあやかることにした。彼女を真似てコテンと首を傾げ、ピンクブロンドの魔女を見る。


「そんなの、見れば分かるじゃないですか」


 当然のように言うカルロスに、マリアンヌは怪訝な顔をする。

 そんな曾祖母に、カルロスは破顔した。


「私の友人達、凄いでしょう?」


 そうしてカルロスが周りを見ると、友人と言われた者達が目を丸くした。


 オルトヴィーンも、テレーザも、ラインハルト第二王子も、ニコラスも――けれども、アンジェリーナだけは、自信満々に笑顔を見せた。


「そうよ、マリーさん。わたくし達、みんなお友達なの。わたくし以外はみんな有能だし、何より秘宝にウンザリしてる面子ばかりよ。マリーさんと同じね。だから、これからのことはわたくし達に安心して任せてちょうだい!」

「何も知らない癖に生意気ね、殺されたいの?」

「ごめんなさい!」


 涙目で真っ青になったアンジェリーナを、マリアンヌは冷たい顔で見る。彼女は、アワアワするアンジェリーナをひとしきり眺めた後、ふと、頬を緩めた。


「……ふ。……ふふっ」

「マ、マリーさん?」

「ふふ。あんた、変な子よね」

「……そうかしら」

「言葉遣い」

「そうでしょうか!?」

「ふふふ」


 おかしくてたまらない様子のマリアンヌは、肩を振るわせながら、ラインハルト第二王子の方に向き直る。


「ラインハルト。今回は、引いてあげる」

「マリアンヌ」

「次は分からないわ」

「……感謝する」

「……あんたは、何故か王族の癖にいい男よね。だから苦労するのよ」


 それだけ言うと、マリアンヌは水の精霊と共に、大量の水を巻き起こし、そのまま姿を消した。


 ラインハルト第二王子は、息を吐くと、近衛隊長のマクファーレンと、父であるライトフット国王に視線を走らせる。マクファーレンはともかく、ライトフット国王は、床に倒れたまま、小さく息をするばかりだった。

 アンジェリーナは悲鳴を上げた。


「ラインハルト殿下! 陛下が、このままでは……!」

「分かっている。……ニコラス」

「うん?」


 名指しされた黒い男は、目を丸くしてラインハルト第二王子を見る。


「貸し一つだ。頼む。王妃の日記を見る限り、できるんだろう?」

「……いいけどさ」

「借りはすぐに返す」

「別にいいさ。友人(ダチ)の頼みは聞くもんだからな」

「……そうか。悪いな」


 ニコラスは、制服のジャケットの内ポケットから、水晶玉を取り出した。その水晶玉には、金色の髪の毛と、シルバーブロンドの髪の毛が一筋ずつ埋め込まれている。

 擦り寄る黒虎を撫でながら、ニコラスはその水晶玉を、自身の魔力で飲み込んで握りつぶした。

 水晶玉は、紫色の魔力に包まれたまま、パリンと音を立てて割れる。


 その後、30秒ほど経った頃だろうか。


 新緑の香りと共に、ミチミチと空間に割れ目が生じた。


 アンジェリーナは、ハッとする。


 アビゲールの日記には、『空間に亀裂を作り、新緑の香りのするその穴から現れたのは、ふわふわの栗毛の、スラリとした青年でした』と書いてあった。

 ということは、これから現れるのは!



(聖女様――!?)



「あれ? ニコラス、お前無事じゃないか。なんで呼び出したんだ」




 アンジェリーナの予想は、外れた。

 亀裂の穴からやってきたのは、アンジェリーナより少し背の高い、細身で身分の高そうな男性だった。フワフワの金髪に、深緑色の瞳、ちょっと太い眉毛で、可愛いさの残る顔立ちをしている。

 というか、似ている。そっくりである。色は違うが、顔はニコラスそっくり。ということは、つまり?


「ラファエル、悪いがお前には用がないんだ」

「わざわざ来てやったのに酷い言い草すぎないか」

「だから呼んでない。フィリーは?」

「僕がシェリーを一人で先に送り出す訳ないだろ」

「いいからフィリーはどこだよ」


「ニコラス卿、無事ですか!?」


 次に亀裂から現れたのは、天使だった。


 サラッサラのシルバーブロンドのロングヘアに、アイスブルーの瞳、吊り目がちで鼻筋の通った透明感のある美女が、突然その場に現れたのだ。

 彼女こそ、ラマディエール王国に現れたという、聖女フィルシェリー=ブランシェールなのだろう。


(今度こそ聖女様ー! めちゃくちゃ美人ですわぁー!)


 白猫と黒猫に絡みつかれた聖女フィルシェリーは、フワフワ金髪に腰から引き寄せられた後、キョロキョロと周りを見渡した。


「ニコラス卿! 無事ですか、お怪我は!?」

「大丈夫だ。わざわざ来てもらって悪いな」

「それは構いませんが、ええと……もしかしてここ、怪我人だらけですか?」

「そうなんだ。この国の国王が一番重症でな。頼めるか」

「え!? ライトフット国王がお怪我を? こんな地下で? み、みなさん、平然としすぎでは?」

「フィリーが取り乱してどうするんだ」

「そうね、そうよね、ごめんなさい。えーとえーと、えい」


 聖女フィルシェリーは、何故かフワフワ金髪の腕にギュッと絡みついた。

 その途端、彼女から白い光が溢れ、その場の全員の怪我が瞬く間に完治した。


「せ、聖女の光……」

「聖女様……!」


 怪我が治った近衛兵達は、ざわめきながらも、聖女フィルシェリーに向かって平伏したり、感謝の声を上げ始める。


 アンジェリーナは、その様を呆然として見ていた。

 広間の人間の怪我を、患部を診ることなく、一瞬で全員完治させた。聖女の力というのは、これほどのものなのか。


「ありがとう、フィリー。本当に助かった」

「ふふ、お役に立ててよかった。ニコラス卿もご無事でなによりです」

「シェリー。そんなやつはいいから、もう帰るぞ」

「待って、エル。ライトフット王国のみなさんに、挨拶とか……」


 聖女フィルシェリーの言葉を受けて、ラインハルト第二王子が彼女に近づき、ニコラスが彼を紹介した。そうやって彼らが話をしている間、アンジェリーナは動けなかった。

 アンジェリーナは、見てしまったのだ。

 ニコラスが、気を許して、聖女フィルシェリーに笑いかけるのを見てしまった。


(ニックはもしかして、聖女様を……)



 その時、アンジェリーナの背後で、悲鳴が上がった。



『やだぁー! もうやだー、怖いー!』


 アンジェリーナが驚いて振り向くと、そこには祭壇の上で震えている《時》の大精霊フェニと、困ったように寄り添っているアビゲールがいた。


「フェニ様、どうしましたの?」

『アンジェリーナちゃん!』


 泣きながらパタついてやってきた金色スズメを、アンジェリーナは手を差し出して迎え入れる。

 アンジェリーナがコテンと首を傾げると、フェニはわんわん泣きながら、アンジェリーナに恐ろしい話をした。


『水の大精霊に、光の大精霊に、闇の大精霊まで現れたと思ったら、聖女と魔王がきたのー! 僕、討伐されちゃうぅ』


「え?」


 アンジェリーナだけでなく、ラインハルト第二王子も、近衛兵達も暗部の四人も、フェニの叫びに目を丸くする。


 大精霊……、に、魔王?


『ヴィー。そこに《時》の大精霊がいますよ。あれは世界の敵です』

『ニコ。俺、あいつを喰ってくる』


 突然言葉を発した白フクロウと黒虎に、金色スズメと、スズメを抱えたアンジェリーナは、震え上がった。


 台座の間の奥の方から、「色々と凄い状況だな」「こういうのは遠くから見てるくらいがいいよな」「そうだなぁ」という、兄イアンとジェフリーの声が聞こえた。





【獲得情報】


侯爵令嬢アンジェリーナは、ループ♾を終わらせた。




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