60 正しいこと
あれから、わたくしとラジェ◯ドは、あの手この手でフェニを説得しましたが、フェニは頑として譲りません。
わたくし達が何を言っても、『僕はラビーとアビーと一緒がいい』と言って、最後はポロポロと静かに涙をこぼすのです。
「後継者が要るな」
「ラジー?」
「フェニの次の家族を見つけてあげよう。フェニの力を考えると、権力に揺らがない立場の者がいいな。思慮深く、保守的で、フェニと相性のいい、愛情深い者で……」
わたくしは青ざめました。
ラジェルドも白い顔をしています。
「ラジー。あなた、子ども達の現状、分かっていて言っているの?」
わたくしの言葉に、ラジェル◯はうなだれます。
実は、鉱山地帯ライトフット領の時代から、ラジェルドの血筋である領主一族には悩みがありました。
何故かは分からないのですが、子どもを産むと、強欲な子と、脳筋な子と、苦労症の子しか生まれないのです。
苦労症の子が多い世代は平和なのですが、わたくし達の子は、強欲3人、脳筋2人、苦労症0人……。
親目線では可愛いのですけれどね?
例えば、うちの強欲な3人は、なんでも欲しがる困ったちゃんですが、他の兄弟を差し置いて何かを手に入れると、ニヤニヤしながら部屋に篭りますの。その後、部屋の中から、「ウッハ〜、僕のダァー!」と喜びの雄叫びが聞こえるのです。侍女によると、寝台でゴロゴロ転がって手に入れたものを抱きしめて喜んでいるそうですわ。その後も、たまに手に入れたものを見つめては、ニヤついていますのよ。可愛い。
ただ、国の後継を考えると、頭が痛い状況です。
次のフェニの家族となると、更に……。
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「本日の議題は、今後、大精霊様をどう扱うかということです。研究者オーウェン=オルクス。考えられる策に関して、説明を」
「はい。いくつか方法は考えられますが、私は『国王陛下がご逝去なさると同時に、大精霊様にも長期の眠りについていただく』という方法が、実現性が高い方法の中で最善と愚考いたします」
筆談で行う極秘会議の中、宰相のカーペンター侯爵の指示により発言したのは、オーウェン卿です。彼はオルクス伯爵家の二男で、魔法省の期待の星として名高い研究者なのです。
そして、彼は、フェニがわたくし達の目の前で初めて時を戻したときに命を拾ったオルクス将軍が、時戻りの後に設けた子ですの。
あの時、フェニが時を遡らなければ、生まれなかった命……。
わたくしが感慨深く彼を見ていると、宰相のカーペンター侯爵が、オーウェン卿に質問しました。これも筆談でのことです。
フェニはたまに、時を遡って人の話を聞き直したり、盗み聞きすることもあるので、この会議は全て筆談で行っているのです。
「大精霊様を一時的に眠らせる。それよりも、国王陛下並びに王妃殿下と共に、永遠の眠りについていただいた方がいいのでは?」
「私どもにはそもそも、大精霊様を消し去るような兵力はありません。それに、精霊は魔力の塊です。仮に大精霊様を消滅させることができたとして、その場合、大精霊様を構築していた魔力がどこに移動するのか検討がつきません。二次災害を起こしかねない」
「魔力の移動とはなんだ」
ラジェル◯の質問に、オーウェン卿が頷きながら、筆を走らせます。
「私達が魔力と呼ぶものは、エネルギーとして消費すると霧散します。しかし、魔力の塊である大精霊様を構成する魔力全てを一気に消費する手段は、今の我々にはありません。……大精霊様自身が、自らの魔力を使って時戻りの魔法を使うならば実現可能ですが、これは大精霊様に自殺を促すことと同義ですから、今は検討対象から外します」
「分かった。では、続きを」
「はい。私達には、大精霊様の魔力を消費し尽くすことはできませんが、一方で、大変困難ではありますが、例えば剣で斬りつけるなどにより、大精霊様の存在自体を傷つけることで消滅させることは可能です。ただしその場合、大精霊様の意識を核に集まっていた膨大な魔力資源がその場に残ります」
「魔力資源……大地に戻すことはできないのか?」
「消滅と同時に現れ出でた魔力資源を、ある程度誘導することはできるでしょう。しかし、現出した魔力資源は、既に一塊になっているのです。そのまま、近くにある物質や概念に依り集まって、新たな大精霊を生み出す可能性の方が高い」
オーウェン卿の理論に、会議室は騒つきます。
それを、ラ◯ェルドが制しました。
「静かに。議題については、声に出さないように」
会議室は静まりましたが、参加者はみな一様に青い顔をしています。
ラジェ◯ドが、筆談でオーウェン卿に尋ねました。
「オーウェン卿。新たな大精霊を生み出すことのデメリットはあるのか。生まれるのが《時》の大精霊以外ならば、今回のような事態にはならないのではないか」
「精霊誕生時は、魔力の制御が利きづらいことが多いのです。例えば、炎の大精霊が生まれたならば、その生誕時に、周囲一帯を焼き尽くす程度のことは想像に難くありません。少なくとも、王都は焼け野原になってもおかしくはないかと」
「それは……《時》の大精霊と同様に、討伐対象の精霊が生まれると?」
「いえ。王都を燃やす程度では、精霊達は動かないでしょう。人類にとっては大災害でも、精霊達にとっては、よくある光景に過ぎません。消費する魔力も、時を操る魔法と比べると格段に少なく、世界の均衡を崩す程のものではありません」
会議参加者一同は、頭を抱えます。
そんな中、オーウェン卿が筆を滑らせました。
「先ほどは検討外としましたが、ラジェ◯ド陛下。かの大精霊様に、共に永遠の眠りにつくことを勧めることはできませんか。もし可能であるならば、最も周囲への負担が少ない対処方法です」
その文章を見て、参加者は全員、ラ◯ェルドの方を見つめました。
ラジェル◯は、その文章を読んだ後、真っ青な顔で、机の上で握りしめた自分の手を見つめます。
わたくし達が死ぬ時、フェニを連れて行く。
それが、わたくし達の責任をとる方法なのでしょうか。
わたくしは……ラジェル◯は……。
「王妃、泣かずともよい」
「……陛下」
ラジェル◯にハンカチを差し出され、わたくしはようやく、自分が泣いていることに気がつきました。
ハンカチを受け取り、涙を拭うと、ラ◯ェルドは微笑んでいます。
「私も王妃も、時の大精霊フェニに、死を促すことはない」
「陛下、しかし」
「オーウェン卿。私と王妃は、フェニに人の世の理を伝えてきた。その結果、フェニは愛を知り、道理を知り、私達に寄り添い、成長してきた。私達の教えたことを、あの子は真っ直ぐに信じ、大切にしてくれている」
迷いのない筆の進みを、わたくしは固唾を呑んで見守ります。
「そうであるならば、私達は何よりも正しく、人としての誠意をみせるべきだ。周りへの影響を考え、安全を優先して、フェニの命を奪うことは、正しいと言えるのか」
「国を守る王として、正しいお姿です」
オーウェン卿の言葉に、会議の参加者はみな一様に頷きます。
わたくしだけが、ラ◯ェルドのハンカチを握りしめて固まっていました。
ラジェルドは国王で、わたくしは王妃です。
国を守るための決断をするならば、きっとそれは、この上なく正しい。
……けれども、心が悲鳴を上げるのです。
頭で考えていることを、受け入れられません。
最小限の犠牲で、みなの安全が守られる。
わたくし達の家族である、フェニを犠牲にして。
――それの一体、何が正しいっていうの!
「それでは駄目なんだ」
わたくしが筆を取ろうとしたその時、ラ◯ェルドが筆を走らせました。
みな、疑義を感じた表情を浮かべながらも、彼の言葉を待っています。
「それだけでは駄目なのだ。国王としてその選択肢が正しかったとしても、それでは足りない。私も王妃も、その手段を取ることはない」
「国家の大事よりも大切なことがありましょうか」
「陛下。あなたは国民よりも、家族としての情を優先なさるのですか」
「そうではない。もちろん、フェニは私の家族だ。いたずらにその命を終わらせるようなことはしたくないと思っている。そういった感情が、判断を鈍らせている可能性もあるだろう。だが、私は、そんな瑣末なことよりも、優先すべきことがあると考えている」
「それは一体?」
「私達は、フェニにとって、人類の代表だ」
怪訝な顔をする参加者達に、ラジェル◯は微笑みます。
「人類のために、精霊であるフェニを犠牲にし、彼を守るべき対象ではないとして扱うのであれば、精霊であるフェニにとってそれは、人類から阻害されたことと同義だ。そのような話を、身内でなくなった者達の言葉を、彼は素直に受け入れるだろうか」
その文字を見て、その場の全員がハッとした顔をしました。
わたくしは、胸が熱くて、たまらず机の上のラジェルドの手を握りました。彼もしっかりと、わたくしの右手を握り返します。
「私と王妃は、そしてフェニを囲むお前達も、常にフェニに対し、道理を伝えてきた。周囲を大切にすること。相手を信じること。それをフェニに伝え、教えてきた私達が、フェニを信じず、国民や人類のために大精霊であるフェニを大切にしないのなら、その言葉はもう、フェニには届かないだろう。それはもう、フェニの家族の言葉ではないのだから」
それを書き切ると、ラジェルドは会議室にいる参加者の顔を見渡しました。誰も、彼の言葉に反論する者はいません。
「私も王妃も、フェニの死を望まない。彼にその話をすることはない。その選択肢を選ぶことはないし、選んだとしても、フェニが応じることはないだろう。むしろ、私達の裏切りに傷つき、あの子は真の意味で、人類の敵となるだろう」
「……陛下。申し訳ありません。私どもの思慮が足りませんでした」
「よい。この件については、忌憚のない意見が必要だ。失敗すれば世界が滅亡するなど、元々が私達の手に余る案件で、挫けることなく策を練り、提案しているだけでも賞賛すべきことだ。それに、この後の話の内容次第では、今の話を覆さなければならなくなるかもしれない」
そうして、◯ジェルドは、オーウェンに目を向けます。
オーウェン卿は、彼の視線を受けて、頷きました。
「それでは、大精霊フェニ様に永遠の眠りについていただくという策は、一旦ないものとして、次の案に移ります。――フェニ様を、眠らせる方法です」
そうして、オーウェン卿は、筆を走らせたのです。




