6 エスコートの申込み
アッシュグレーの髪に、ブルーグレーの瞳。
落ち着いた色合いの、どことなくお洒落で優雅な雰囲気のある彼は、クラスメートのカルロス。現在宰相を勤めているカーペンター侯爵の息子だ。
長いまつ毛に彩られた端正な顔立ちには、どことなく知性と色気が感じられる。
彼の優しげな表情を、アンジェリーナは好ましく思っていた。
「アンジェリーナ様」
「カルロス様、ご機嫌よう」
「最近、お忙しそうですね。殿下とはその……変わらずのようですが、なんだか、その」
「?」
「お強くなられたのだろうか。あなたもあまり、落ち込まれていないようだ」
言葉を選んでくれるカルロスに、アンジェリーナは胸が暖かくなって頬を緩める。
今回時を戻ってからは、アンジェリーナはカルロスとあまり話をしていなかった。
それは、アンジェリーナが、ラインハルト第二王子達になじられた後、カルロスに落ち込んだそぶりを見せなかったからだ。
その理由はなんのことはない、落ち込んでいる暇がなかったのだ。なじられた現場を撮影したカメラの回収や、第二王子達の睦み合いの撮影に忙しくて、それどころではなかった。
「そういう訳ではないのです。少し忙しかっただけで」
「そうなのですか」
「はい。しっかり落ち込んでいるので、カルロス様のお気遣いが身に沁みます」
見たくもない睦み合いを撮影し、精神的に疲弊しているアンジェリーナは、カルロスの気遣いが本当に嬉しかった。
心からの笑顔を見せるアンジェリーナに、カルロスも蕩けるような笑みを浮かべる。
「ところでアンジェリーナ様。殿下はあなたに、卒業パーティーのエスコートを申し込みましたか?」
「あ……いえ、その」
「……そうですか。あの方は、本当にどうしようもない」
ため息を吐くカルロスに、アンジェリーナはクスクス笑う。
「アンジェリーナ様?」
「カルロス様はいつだって、わたくしよりも怒ってくださるのね」
「こんなにも美しく健気な令嬢が無碍にされているのですから、紳士として当然ですよ」
「まあ、お口が上手くていらっしゃるわ」
「本心です」
カルロスがアンジェリーナの手を取る。
(あ。今回も、なんですのね)
しまったなと思いつつ、アンジェリーナはカルロスを見つめる。
「アンジェリーナ様。よろしければ、私にあなたをエスコートする栄誉をお与えくださいませんか」
「……カルロス、様」
「ラインハルト殿下は他の令嬢と入場するのです。殿下の代わりに、殿下の側近候補の私があなたをエスコートしても、さほど問題にはならないでしょう」
(あ、あら? いつもの断り文句を言いづらい流れだわ?)
アンジェリーナは毎回、ラインハルト第二王子を差し置いてカルロスがエスコートをする理屈が立たない、カルロスに迷惑がかかる、ということを理由に、カルロスの申出を断っていた。
このように言われてしまうと、今までと同じ理由では中々に断りづらい。
けれども、アンジェリーナはなんとしても、この誘いを断らなければならない。
なにしろ、今回のアンジェリーナは断罪返しを企てているのだ。
カルロスが隣にいては、彼を泥沼の巻き添えにしてしまう。
それに、カルロスは当日、熱を出すはずだ。カルロスは誠実すぎて、アンジェリーナとの約束を守るために、高熱でも出席してしまいそうだ。
なんとしても、断らなければならない。
「カルロス様。お気持ちはとても嬉しいのですが……」
「ならば」
「申し訳ありません。わたくし、お受けすることはできません」
キッパリ断るアンジェリーナに、カルロスは傷ついた顔をする。
「理由をお聞きしても?」
「わたくしとカルロス様が、仲が良すぎるからです」
「え」
カルロスは目を丸くしている。
「カルロス様はこの三年間、わたくしのことを沢山助けてくれましたわ。そしてそのことを、同級生のみなが知っています」
「……それはまあ、そうですね」
「ここでカルロス様にエスコートをお願いしたら、わたくし、ラインハルト殿下と同じ穴のムジナと言われかねませんわ。そしてカルロス様も巻き添えです。わたくし、そんなのは嫌ですの」
頬を膨らませるアンジェリーナに、カルロスは口元を抑えながら、頬を赤くしている。
「……分かりました。そういうことであれば、私は引きましょう」
「ありがとうございます」
「その代わり、殿下との婚約が解消された暁には、私と夜会に出ていただけませんか?」
「……え?」
目を瞬くアンジェリーナに、カルロスは笑う。
「最近、色々と奔走されているそうですね。殿下との婚約解消に向けて、ようやく動き出されたのでは?」
「……それは……」
怖い。
アンジェリーナの手の内は、カルロスなのすっかりバレているようだ。
隠して動いているつもりだったのに……。
「驚かせてしまいましたか。私は宰相の父の教育を受けていますからね。情報収集もカマかけも得意なんですよ」
「……悪い人」
「そうかもしれません」
クスクス笑うカルロスに、アンジェリーナも微笑む。
「……わたくし、まだ婚約解消後のことは考えられませんわ。この数年の殿下の態度に正直傷ついていますし、婚約解消がうまくいくかも分かりませんし」
「……」
「ですが、カルロス様のお気持ちはとても嬉しく思います。お申出、心に留めておきますね」
「……あなたには敵わないな」
どうやらカルロスは折れてくれたようだ。
それ以上を求めることなく、彼は去っていった。
(少し、驚いたけれど。まずは目の前の事態をなんとかしないと)
カルロスの粘りには驚いたが、アンジェリーナにはやらねばならないことがある。
アンジェリーナは、制服の胸元をぎゅっと握りしめた。