59 教育の成果
「フェニ。その……聖女ショコラ様と、ジルベスター様が?」
『うん、死んだ〜』
絶望の宣告に、わたくしもラジェルドも石のように固まるしかありませんでした。聖女ショコラ様とジルベスター様も、まだ、40代でいらっしゃったはずなのに……!
『ラジー? アビー?』
「……」
「……」
『……』
「フェニ」
『チュン』
「……その情報は、間違いないのか?」
『うん。世界樹の精霊が大騒ぎして、精霊達に広まった話だからね』
「……そうなのか」
呆然と呟くラジェル◯に、わたくしも寄り添ったまま、真っ白になっています。
た、だって、聖女ショコラ様は聖女ですのよ? 世界で唯一治癒魔法が使える彼女が、何故、こんなふうに早く……。
「フェニ。聖女ショコラ様は、治癒魔法が使えたはずだ。自分のことは治せないのか?」
『自分も治せるけど、寝てる間に心臓止まった〜。だから治癒魔法かけられなかった』
「それは……、いや、待ってくれ。じゃあ、ジルベスター様は?」
『聖女の死んだ翌日の朝に服毒した』
「……!?」
唖然とするわたくし達に、フェニはコテンと首を傾げる。
『聖女が死んだら、魔王も死ぬ。珍しくないよ?』
「そう……なんですの?」
『うん。聖女を失うと、魔王は大抵、魔属性の魔力で暴走する。周りの魔力を吸い取る怪物になる。だから、自分で死ぬか、周りに殺される』
「……!? そ、そんな酷い……」
『だから、魔王には人の世での呼び名がない。聖女と、その伴侶。存在を隠されている。あの男は幸せな方〜』
澄んだ水色の瞳に、わたくしは言葉を失いました。唐突に真っ黒な話をされて、目眩を感じます。この世の仕組み、理不尽すぎません……!?
「ラジー、わたくし達、どうしたら……」
「……」
「時を戻してはどうかしら! 聖女様が死ぬ前に……!」
「……フェニ。今の話はいつのことだ」
『半月くらい前みたい〜』
結構前の話でしたわ!?
で、ですが、背に腹はかえられません!
「ラジー。少し犠牲は伴うけれど、やはり時を戻して……」
「いや、駄目だ」
青い顔で提案しようとしたわたくしを、ラジ◯ルドはさらに蒼白な顔で静止します。
「聖女様たちの国は遠い。私達は自力で辿り着けない」
「……せ、世界樹の精霊様に、お願いして……フェニが呼びかければ、きっと」
「そうして辿り着けたとして、どうやって救う」
「え」
そう言って顎に手を当てて考えこむ◯ジェルドに、わたくしは思考が止まります。
「寝ている間の、心不全だ。……聖女ショコラ様は、ショコレーヌ王国の第三王女として、聖女として、多くのものを背負っていた。そうした常日頃の負荷が彼女を殺したのだとしたら、私達に彼女を救うことはできるのか」
「あ……」
「遠方に住む私達が、彼女の重責を取り払うことはできない。治癒魔法だって、日頃から自分にもかけていただろう。それを踏まえてなお、彼女は亡くなった」
「……で、でも、何もしないより、は……」
「ジルベスター様は、分かっていたから服毒したんだろう」
ギクリと体をこわばらせるわたくしに、ラジェ◯ドは顔を上げて向き合います。
「時を戻すリスク。時を戻すことにより、聖女ショコラ様を救える可能性。何より、聖女ショコラ様自身の望み。それを一番よく分かっていたのは、ジルベスター様だ」
「……ラジー」
「眠らせてあげよう、アビー。彼女達は、できうる限りのことをして生きたんだ。私達が呼び起こすことは、妥当ではない」
ラ◯ェルドは、ポロポロ涙をこぼすわたくしを、優しく抱きしめてくれました。彼も泣いていました。聖女ショコラ様とジルベスター様は、なんだかんだ、長いお付き合いのお友達でしたから……。
そうして死を悼んで泣いているわたくし達を、フェニは静かにみていました。
まさかの事態だったのです。このわたくし達の姿が、フェニに決断させてしまうとは。
『聖女と魔王……居なくなって、寂しいね』
「そうね」
『ラジーとアビーが居なくなったら、もっと悲しいよね』
「わたくし達は家族ですものね。お別れはそうね、きっと悲しいわね」
『だから、お別れしないようにしたら良いよね』
「え?」
嫌な予感のする発言に、わたくし、涙が引っ込んでしまいました。ラ◯ェルドも同様のようです。
あ、あら? わたくし達、地雷を踏みましたの?
『二人が死んだら、時を戻せば良いんだ』
「フェ、フェニ? 何を……」
『死んだ直後から毎回時を戻ればいいかな』
「フェニ、待つんだ。魔法の使用は最小限にと教えたはずだ」
『うん。だから、死んだ直後から一ヶ月くらいをループするよ。最小限だよね』
「待って、フェニ。わたくし達が死んだからって、そんな……」
『僕、ラビーとアビーと離れ離れなんて、やだよぅ』
ポロポロ涙をこぼすフェニに、わたくしもラジェルドも蒼白になりながらオタついています。
愛を知った精霊が、愛に泣いている。
『ずっとずっと、時を戻せば良いんだ』
「フェニ、それは永遠に続くものじゃない。もう聖女ショコラ様もジルベスター様もいないんだ。いつかは世界の魔力資源を使い切って、世界が滅びてしまう」
「そうよ、フェニ。魔力の塊であるあなたまで、消滅してしまうわ」
『いいの〜』
わたくしの膝に乗ったフェニは、わたくしの手にスリスリと身を寄せてきます。
『世界の終わりまで、ずっと二人と一緒だね。僕はそっちの方がいい』
ええと。
わたくし達の教育の結果。
世界の危機がより間近になりましたわー!!




