58 保護者説明会
「手を引く!? いや、それはダメだろう!」
立ち上がったジルベスター様に、聖女ショコラ様はおっとりと微笑んでいます。
「先程、あなたが出て行った後に、世界樹の精霊にもこの話はしていますのよ」
カッパーンと口を開けているジルベスター様。あまりに驚いていて、せっかくのふわふわ栗毛の少年系美青年がコメディ風味になってしまっていますわ。
「そちらの時の大精霊様――フェニ様、とおっしゃいましたか」
『……そうだけど』
「フェニ様は討伐するには教化されすぎているのですよ」
『強化? 僕、強いもんね。チュン!』
「教化です。道理を学び、節度を知り始めている」
しっとりと返されて、金色スズメは『チュン……』と勢いを無くしています。
「ジルもそう思うでしょう?」
「……」
「ジル」
「……それは、まあ、そうだが」
「ね」
「しかしな」
「失礼ですが、ショコラ様。具体的には、どういうことなのでしょう」
口を挟んだラジェルドに、聖女ショコラ様は振り返ります。プルプルの口元に人差し指を立てながら、言葉を選ぶショコラ様はなんとも可愛らしくて、みな静かにその言葉を待ちました。
「そうですわね……以前お会いした際、フェニ様はたいそう活動的で」
「俺達が話をしている間も、歌を歌いながら風に乗ってふわふわ飛び回っていた」
「息をするように魔法をお使いになっていましたわね」
「特に意味もなく、時を止めて3メートル移動したり、ショコラの膝に現れたりして、そこの猫二匹に食われかかっていたな」
「魔法を使わないようお諌めしたところ、『今回の聖女もお色気可愛いの〜、選定の獣は趣味丸出しなの〜』と会話になりませんでした」
「その後、そこの猫二匹にボコボコになるまで猫パンチされていた」
「仕方がないので、私達が手を下そうとしたところ、大量の金色の炎を放出なさいまして、周囲一帯の魔力資源を根こそぎ消費して姿を消されました」
「あの時は、草原王国が一瞬で廃墟になりかけた。どれだけの時を遡ったんだか。そんなに俺達が怖かったのか?」
おそらくその後、彼らから逃げ出してボロボロだったフェニを拾ったのが、わたくし達だったのでしょう。
わたくしがなんとも言えない顔でフェニを見ると、フェニはわたくしの胸元に駆け込んできて、甘えるように震えました。わたくしがくすぐったくてクスクス笑っていると、すぐさま「そこはだめ」とラ◯ェルドに回収されていきます。そして不満そうに『チュン……』と鳴いています。
「ですが、今は違いますでしょう?」
わたくし達が一斉にフェニを見ると、フェニはコテンと首を傾げました。
最近、わたくしを真似て、よくこの仕草をするのです。可愛い。めちゃかわなのですわ!
「今のフェニ様は、ちゃんと私達と会話ができていますし、以前と違い、人の世の善悪についてある程度理解されているご様子」
『ぎくり』
「このように分別のある大精霊様を問答無用で消滅させてしまっては、人と精霊との間に亀裂が入りかねません」
「だ、だが、どうするんだ。今もこいつは魔法を使って、この土地を干上がらせているじゃあないか!」
「ジル、そこについては、まずは事情をお聞きしましょう。ラジェル◯様、よろしいでしょうか」
聖女ショコラ様に請われて、◯ジェルドは今までの経緯を伝えました。それに対し、聖女ショコラ様は満足そうに頷いています。
「良い傾向です。フェニ様は、愛を学び始めている」
「愛、ですか」
「はい。……フェニ様は、ラ◯ェルド様とア◯ゲール様のことがお好きなのでしょう?」
『うん! 僕はラジーとアビーが大好きだよ!』
「よかった。それはとても良いことです」
『そうなの?』
羽をパタパタさせているフェニに、聖女ショコラ様は微笑みます。
「ラジェル◯様。そして、アビゲー◯様」
「はい」
「な、なんでしょう」
「すべてはあなた方の手にかかっています」
嫌な予感。
お待ちくださいませ。
大変なことを要求される気配しかしませんわ。
ここは逃げるべきでは。
「フェニ様に、人の世の理を教えて差し上げてください」
やっぱりぃー!
「お、お待ちください。私どもには荷が重い話です」
「これはフェニ様の家族であるあなた方にしかできないことです。そして、現時点であなた方ができない判断なさるのであれば、私達は今この時点で手を下すのみ」
聖女ショコラ様の気迫に、言われた言葉に、わたくしは息を呑みます。
「期限は、私とジルの命が持つまでです。私とジルがいる間は、フェニ様が使った魔法の後始末ができますから。私達が生きている間に、フェニ様が世界の敵ではないと信じさせてください。たまに様子を見にきますね」
そうして、聖女ショコラ様とジルベスター様は去っていきました。
残されたのは、呆然としたわたくしとラジ◯ルドと、金色スズメ……。
『ラジー、アビー、今回も命拾いしたよー。助けてくれてありがとう』
お礼を言えるいい子に育ったフェニだけが、嬉しそうに羽をパタパタさせていました。
****
それからというもの、二、三年に一回ほど、聖女ショコラ様とジルベール様は、わたくし達のところに現れました。
なにやら、世界樹の精霊に頼むと、世界樹の道を通って世界のどこにでも行き来ができるそうですの。戦争に使われたら大変なことになりそうなお力ですわ。
「ラジェル◯様。フェニ様はまた人の魂をつまみ食いして遊んでいるようですよ」
「面目ない」
「アビゲー◯様。そこの村の大地の魔力資源が根こそぎ」
「申し訳ありませんわ」
「ラジェルドー、お前のとこのスズメ、せこい技を覚えてるぞ。国中から少しずつ魔力資源を削ってる」
「すみませ(略」
「ラ◯ェルド様、フェニ様が」
「申し訳(略」
「アビ◯ール様」
「(略」
……。
「なんなんですのよ、もー!」
机をバァンと叩いたわたくしを、ラジェル◯は止めません。
「わたくし達、保護者じゃありませんのよ!?」
「……いや、うん。もうそういう扱いなんだろうな」
「いくらフェニと世界のためとはいえ、ストレスですわー!!」
この頃、わたくし達は40歳を超えていました。
わたくしとラジェル◯は既に結婚し、鉱山地帯ライトフット領はライトフット王国にその姿を変え、ラ◯ェルドは初代国王として馬車馬のように働いています。王妃のわたくしも同様です。
本当は、ラ◯ェルドの父君か兄君が国王になる予定だったのですが、二人とも戦の最中、亡くなってしまっていました。
わたくし達は、二人が亡くなった時、本当に迷いました。
フェニに、時を戻すよう頼むべきなのか……。
けれどもわたくし達二人は、決めていたのです。
フェニに、時戻りの魔法を使わせない。
例外として、聖女ショコラ様がフェニを安全と認めるまでの間だけ、わたくしとラジェルドの命に関わる場合のみ、時を戻すようお願いしようと。
それだけは、わたくし達が責任を果たすための、必要最小限の犠牲だと判断いたしました。
わたくしは、大きく深呼吸して、肩を落とします。
王妃としての重圧と、世界とフェニの命を背負う重責に、もうため息しか出ません。
物思いに耽っていると、ラジェル◯がわたくしを背後から抱きしめてきました。
「ラジー?」
「私も正直、聖女達の来訪によって、精神的負荷を感じている」
「そうよね……」
「可愛い妻が慰めてくれないと、私はストレスで胃に穴をあけてしまいそうだ」
「あらっ。やだもう可愛い旦那様♡」
これは、わたくしとラジェル◯のドキドキ夫婦空間の始まりかしら。
国王の執務室でわたくしとラジェ◯ドが夫婦の会話をしていると、そこに割って入る存在が現れました。
『ラジー、アビー』
羽をパタつかせて現れたフェニに、ラジェルドが頭痛でもしているかのように頭に手を当てながら、眉をしかめます。
「フェニ。教えたはずだぞ。私とアビーが大人の話をしているときは、よほどの時以外入室禁止だ。男の約束だったはずだ」
『えっとね、多分、よほどの事なの〜』
パタつくフェニは、ソファに座るわたくしの膝に舞い降り、困ったように首を傾げました。
『聖女と魔王死んだ〜』
ふぁッ!?




