57 聖女と魔王と金色スズメ
「観念しろ、このくそスズメ!」
『やだーっ! 大体僕はスズメじゃなーい! このあんぽんたん!』
「処す」
『ラジー! 助けてラジー!』
肩口で震える金色スズメと、黒いオーラを漂わせるふわふわ栗毛に、◯ジェルドは呆れながらも仲裁に入ります。
「二人とも、落ち着いて」
「そいつを渡せ! 庇うなら容赦しない!」
『いやぁあーっ、ラジー!』
「あの、庇う訳ではありませんが、まずは話を」
「そんなことしたら、またそいつが時を操って逃げるだろうが!」
ふわふわ栗毛の言い分に、ラ◯ェルドもわたくしも目を丸くします。
どうやら、ふわふわ栗毛の彼は、フェニの能力を知っているようなのです。
ふわふわ栗毛の周りに、おぞましい真っ黒な魔力が渦巻きだして、わたくしも◯ジェルドも流石に身構えます。
一触即発、フェニも金色の炎を燃やし始めたところで、新緑の香りいっぱいの空間亀裂から、声がかかりました。
「見つかったの?」
それは、女性としては低めで、落ち着いた声でした。ですが、それだけではなく……。
(めっちゃくちゃ色っぽいですわぁー!)
女のわたくしが声だけでときめいてしまうほど、しっとり響く声なのです!
そして、亀裂から現れたのは、女神でした。
深い赤色の髪に、豊満な体つき、白と黒の二匹の猫を侍らせ、吊り目にぽってりとした唇がチャーミングな、まさにお色気の女神!
わたくしは見惚れているラジェル◯の耳をつねりながら、自分はほうっと彼女に見惚れていました。
すると、彼女がわたくしの方を見て、なんと微笑みかけたのです!
「ご機嫌よう。突然お邪魔してしまって、申し訳ありません。私はショコラ=ティル=ショコレーヌと申します。ショコレーヌ王国が第三王女にして……聖女と呼ばれることも多々ございます」
その独特なカーテシーは、とても優雅で、わたくし達はやはり、ほう、とため息をついたのです。
****
その後、わたくし達4人と一匹は、ラ◯ェルドの寝室から隣の応接間に場所を移しました。
それだけではなく、突如として現れた男女お二人に、わたくし達は上着をお貸ししました。
お二人とも、赤と黒を基調とした煌びやかな衣装に身を包み、身分の高い方と思われるのですが……、いかんせん、とても薄着だったのです。
「寒ッ……寒い……! ここ、うちの国とは全然気候が違うんだな。服を貸していただいて本当にありがたい」
「いえ、当然のことです」
わたくし達の貸した毛皮のコートに身を包んで震える美男美女に、わたくしはなんだか微笑ましいものを感じて、笑いを堪えるので精一杯です。けれども、ラジェル◯は営業スマイルで対応していました。流石わたくしのラジー、仕事のできる良い男ですわ!
「まずは自己紹介を。私はショコレーヌ王国が第三王女が夫、ジルベスターと申します。元は小徳の二男です」
「小徳?」
「ああ、こちらではなんと言うのかな。小徳、というのは、我が国での冠位の一つです」
何やら、ショコレーヌ王国では、爵位のことを冠位というらしく、冠位は十二に分けられているとのこと。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5つしか貴族位がないこちらの風習に比べ、わたくし、とっても数が多く感じました。管理できるのかしら。
とにかく、小徳というのは、十二の冠位のうち、上から二番目の位なのだそうです。こちらでいうと、公爵家の令息と同程度の身分の方ということでしょう。
「失礼ですが、王女が夫、というのは……」
「我が国では一夫一妻制が貫かれていまして、婚姻すると、身分の低い者が身分の高い者に嫁ぎます。ですから、今の私は『第三王女の夫』という立場に当たるのです。我が国近辺では珍しくない風習なのですが、そうではない地域もあるようですね?」
「ええ。私達の国では、婚姻すると、女性が男性に嫁ぎます。……お恥ずかしい話だが、あなた方のような婚姻制度については、聞き及んだことがありません。私達の国と、あなた方のいる国は、どうやら大分離れた場所にあるようだ」
真冬に薄着、聞いたことのない婚姻制度……。
言葉が通じるのが不思議なくらいだと思っていたら、どうやら聖女様の連れてきた精霊が翻訳してくださっているそうです。便利ですわ。ずっと滞在していてくださって構いませんわ。
「それで、本題ですが。フェニ――こちらの精霊と、あなた方はお知り合いなのでしょうか」
「知り合い……そうですわね」
「ショコラ、濁す必要はない。ラジェルド殿、そいつは駆除対象です。以前、後一歩まで追い詰めましたが逃げられましてね。引き渡していただきたい」
『ラジー、渡さないよね? フェニはラジーとアビーの家族だよね?』
プルプル震えている金色スズメは、ラジェルドの肩にピットリとくっついて離れません。ふわふわ栗毛の彼は、ずっと鋭い目つきでフェニを睨んでいます。たまに彼から、ウゾウゾと黒いモヤのような魔力が漏れ出ていて、それを見るたびに、フェニが『チュンッ!?』と飛び上がっていました。
そんな一人と一匹を見ながら、聖女ショコラ様はため息を吐きます。
「ごめんなさいね。この人、どうにも仕事熱心で」
「いえ……」
「まず、こちらの国では、《聖女》という存在を把握していらっしゃるのでしょうか」
「いいえ、お恥ずかしながら」
「そうですか。ではまず、そこから説明しなければなりませんね」
聖女ショコラ様が言うには、なにやら《聖女》というのは、世界に一人しかいない聖属性の魔法を使える存在で、その伴侶は、世界に一人だけしかいない魔属性の魔法を使える存在なのだそうです。
「聖属性に、魔属性……?」
「はい。私の使う聖属性の魔法は、生き物の傷を癒やし、大地に命を芽吹かせます。時の大精霊様が削り取った生き物の魂を回復させることも可能です」
「……! そ、それは……。もしや、フェニが消費した大地の魔力資源の回復も?」
「いいえ。私の使う聖魔法の源は、やはり魔力です。魔力を消費する魔法で、魔力を補充することはできません。大地に植物を芽吹かせることはできますが、その場しのぎにしかしならないでしょう」
「……そう、ですか」
「ですが、今は彼がいますから」
聖女ショコラ様の視線の先にいるのは、その伴侶であるジルベスター様です。
ジルベスター様は、聖女ショコラ様の言葉を受けて、頷きました。
「聖女に《伴侶》がいるとき、二人の力を合わせると、世界の魔力資源を回復させることができるんだ」
「……!」
「だから俺達は――悪い、言葉を崩すぞ。俺達は今まで、そこのスズメの尻拭いをしてきた。そいつが気の赴くままに時を操り、周囲の魔力や人の魂を根こそぎ吸い取りながら移動していく後ろから、追いかけて、周囲の魔力を回復させ、人の魂を元に戻してきたんだ」
『スズメじゃなーい!』
「あの……。お手数だとは思いますが、これからもその尻拭いを続ける訳にはいきませんの……?」
「無理だ」
遠慮がちに言葉を挟んだわたくしに、ふわふわ栗毛もといジルベスター様ははっきりと答えます。
「俺達が生きている間はまだいい。だが、次に俺達のような存在が現れるのは、おそらく数百年後のことになるだろう」
「……え? 聖女様は、代襲性ではないのですか?」
「代襲性ですよ。《聖女》もその《伴侶》も、世界でただ一人。そのたった一人は、私達人間ではなく、この子達《選定の獣》が選ぶのです」
聖女ショコラ様は、おっとりとそう言うと、膝の上と腿の横にピッタリ張り付いて寝ている白猫と黒猫を撫でています。どうやら、その白猫と黒猫が、選定の獣とやらのようです。
「この子達が次に世界のどこで選定を行うのか、誰にも分かりません。しかも、選ばれたからといって、すぐに力が使えるものではないのです。力が発現するかどうかは、本人の資質次第」
「資質、ですか」
「はい。詳しくは伝えられませんが……。ですので、《時》の大精霊様のしたことの後始末をできる期間は、とても限られています。聖女とその伴侶として力を発現させた私とジルベールが生きている間に解決することが望ましいでしょう」
そう言うと、聖女ショコラ様は、フェニの方に視線を走らせました。
フェニはまたしても、『チュンッ!?』と飛び上がって震えています。
ラ◯ェルドはすかさず、口を挟みました。
「お待ちください。お聞きしても?」
「どうぞ」
「他の《時》の大精霊様は、どのようにお過ごしなのです。他の精霊様達も、このようにあなた方が……その、後始末を?」
「そいつが特別なんだ」
ジルベスター様は履いて捨てるように言うと、大きくため息をつきました。
「俺達だって暇じゃない。国務だって山ほどあるんだ。そんな中、この件に関しては、世界樹の精霊の依頼で仕方なく動いている」
「世界樹の精霊?」
「はい。世界を作った最古の大精霊様です。彼が世界を見守っているので、この世界は滅びることなく秩序を保つことができています」
また壮大な話になってきましたわ。わたくしもラジェルドも、田舎領地の領主一族の一人に過ぎません。そんな大きな話をされましても……。
困り果てた顔のわたくし達に、聖女ショコラ様は微笑みます。ほああ、色っぽいですわああ!
「人である私達は、精霊達のことについて口を出すことができません。けれども、今回は例外なのです」
「そもそも、《時》の精霊は、他の精霊とは扱いが違うんだよ」
「扱いが違う?」
「そうだ。精霊っていうのは本来、勝手なもんだ。怒れば悪戯をするし、気に入れば贔屓する。気の赴くままに魔法を使い、人の理は通じない」
「ああ……」
「なるほど……」
『ラジーもアビーも、どうして僕を見るの?』
「なんでもないのよ」
不満そうに羽をパタパタさせている金色スズメを、わたくしは指で優しく撫でます。チュンチュン鳴きながら嬉しそうにしているフェニに、聖女ショコラ様は困ったように微笑み、ジルベール様はため息をつきました。
「だが、《時》の精霊にだけは、それが許されない。何故なら、時を操る魔法は、世界の全てに影響を及ぼす大魔法だからだ」
「世界の、全て……」
「時は全ての者に平等に与えられている。それを勝手に操る。当然、莫大な魔力を要する。気の赴くままにその魔法を行使されたら、あっというまに魔力資源は枯渇し、今の世界は滅びるだろう。まさに世界の敵ってやつだ」
「そんな……。それで、フェニの他の《時》の精霊は、どうしているのです」
「他の精霊が潰している」
「潰ッ……!?」
絶句するラ◯ェルドとわたくしに、聖女ショコラ様は目を伏せます。
「時の精霊が生まれると、他の精霊達が時の精霊を処理するのです。まだほんの小さい、ほとんど意識もない小精霊のうちに、それは行われます。時の精霊が育ってしまうと、時を止めて逃げ出してしまうので……」
「そ、それは流石に可哀想ではありませんの!?」
「どうでしょうね。今このように、大きくお育ちになった上で討伐されるのと、どちらがより不幸なのでしょう」
「……!」
聖女ショコラ様がフェニを見ると、フェニは『チュン!』と鳴いて、◯ジェルドの背中に隠れました。
「時の精霊は、他の精霊が潰している。だが、そいつはあろうことか、ありとあらゆる精霊から逃げ続け、大精霊に育ち上がってしまった。もはや倒せるのは、大精霊か、聖女の《伴侶》である俺くらいのものだろう」
「な、なぜ……《伴侶》の力とは?」
「聖女とは逆だ。俺の魔法は、全てを吸収し、消滅させる。魔力の塊である精霊達の天敵だな」
『この暴虐魔王! ヒトデナシ! 性格ぶす!』
「いい覚悟だ」
『いやーっ、助けてラジー!』
ブルブル震える金色スズメに、ラジェルドもわたくしも呆れ顔です。
そんなわたくし達に、最後通告が言い渡されました。
「という訳だ。潔くそいつを引き渡してもらおう」
冷たく言い放たれたそれに、ラジェル◯の執務室は静まり返ります。
わたくしもラ◯ェルドも、あまりのことに、すぐさま判断することができず、動くことができません。
もちろん、こんなふうにフェニの命を奪うのは嫌ですわ。フェニは、わたくし達の大切な家族です。
一方で、わたくしにもラジェ◯ドにも、フェニを制御するのは難しい。そのことはしっかり分かっていますの。
実際に、今の鉱山地帯ライトフット領は、フェニによって魔力資源が枯渇していまっています。作物の育ちが悪く、戦に勝ち、領土を広げ、広げた先で収穫した食物を領地内に配分している状況で……。
ラジェル◯もわたくしと同じように悩んでいるらしく、フェニを背に庇ったまま固まっています。
わたくし達は、どうしたら……!
「実はそれなのですが、状況が変わりましたので、私は手を引きたいと思っているんです」
穏やかに告げられた、その全てをぶち壊す発言に、最も驚き、目を剥いたのはジルベスター様でした。
発言主はもちろん、聖女ショコラ様。
ど、どどどどういうことですの!?




