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54 王妃



 石の床に金色の小箱が叩きつけられ、その重厚な見た目に反して、キィーンという軽い音がした。


 いくつかの破片に別れてしまった小箱からは、金色の光と魔力の渦が発生する。


 そして、最終的に金色の炎が燃え上がり、中から金色のスズメが飛び出してきた。


『ラインハルト君、アンジェリーナちゃーん!』

「フェニ様!」


 打ち上げ花火のような勢いで、金色の炎の軌跡を作りながら飛び上がったスズメは、くるくるとアンジェリーナの周りを回ると、ポスンとアンジェリーナの手の平の上に落ち着いた。


『また会えたねー!』

「はい、お会いできて嬉しいです!」

「私もお会いできて光栄です。約束しましたからね」

『うん! ラインハルト君、約束守ったー!』


 羽をパタパタ揺らしながら、金色のスズメは喜んでいる。

 ラインハルト第二王子が穏やかに微笑み、アンジェリーナが金色スズメの可愛らしい様子に癒されていると、後ろから声がかかった。


「リーナ、その方は?」


 アンジェリーナが振り向くと、硬い表情をしたニコラスがそこにいた。不思議に思ってオルトヴィーンを見ると、彼もまた硬い顔をしている。

 国王達は何が起こったのか分からず唖然としており、近衛隊長のマックス=マクファーレンは固まっている。

 魔女マリーに至っては、なんと金色スズメに向かって片膝をついていた。

 テレーザだけは、愛らしい金色スズメを見て、頰を上気させている。


「王家の秘宝の中にね、《時》の大精霊様がいらっしゃったの。秘宝が壊れたから、出てこられるようになったみたいなのよ」

不死鳥(フェニックス)のフェニだよ! よろしくね〜』

「フェニ様ですか。私はニコラス=ニューウェルと申します。神々しいお姿を拝見できて光栄です」

「私はオルトヴィーン=オルクスと申します。以後、お見知り置きを」

『ニコラス君とオルトヴィーン君ね! 覚えたー!』

「ありがとうございます」

「光栄です」


 即座に金色スズメに取り入って頭を下げる黒い男と青い男に、アンジェリーナは目を丸くする。

 遠くから、国王の声がした。


「は、はは……はははは! わ、私の秘宝は、まだ生きている!」

「えっ?」

「私の、私のだ! 私のスズメ……!」


「――陛下、いけません!」


 近衛隊長のマクファーレンの叫びも虚しく、金色のスズメから金の炎が立ち上がった。


「きゃっ!?」

「アンジェリーナ!」


『――僕はスズメじゃない』


 ラインハルト第二王子とニコラスとオルトヴィーンが、慌ててアンジェリーナの体を引き寄せ、金色スズメから引き離した。しかし、金色スズメから立ち上がった炎は、アンジェリーナを傷つけることはなかった。そして、その炎はライトフット国王に向かい、彼を包み込む。

 国王の悲鳴が上がったけれども、周りの者は誰一人として動けなかった。そうして、包み込まれた国王は、次の瞬間、へたり込んだ。


「…………」

「陛下! ご無事ですか」

「……あ、う……」

「……!?」


 見た目は変わっていないのに、一気に老け込んだ様子で涙を流す国王に、アンジェリーナは絶句する。

 一体何が起こったのか……。


「フェニ様、何をなさったのですか?」


 ラインハルト第二王子が尋ねると、金色スズメが彼の方に向かってきたので、彼は手を差し出した。

 第二王子の手の平の上に止まった金色スズメは、ふくふくの胸を「ムン」とそらしている。


『ラインハルト君、あのね。ちょっとお仕置きしたのー』

「お仕置き?」

『時の止まった空間に、三年くらい閉じ込めたの』

「……そうですか」

『魂は削ってないからね! アビーが、ちょっと怒ったくらいで魂を削ってはいけませんって、よく言ってたのー。僕、言いつけを守るいい子でしょ?』


 ラインハルト第二王子の掌の上で、羽をパタパタさせる金色スズメ。

 後ろに控えるニコラスとオルトヴィーンは神妙な顔をし、アンジェリーナとテレーザは真っ青な顔をしていた。

 ラインハルト第二王子が「素晴らしい自制心です」と金色スズメの頭を指で撫でると、金色スズメはチュンチュン鳴きながら喜んでいる。


 ここで、急にテレーザの傷口、少し固まっていた彼女の血が、金色に輝いた。


「えっ、わ、私?」

「テレーザは地図を放棄したのに……! ヴィー、どういうことなの!?」


 青ざめるテレーザに、アンジェリーナも慌てふためく。

 彼女がオルトヴィーンを振り返ると、彼も蒼白な顔をしていた。


「分かりません。秘宝を壊すならば相応の覚悟を、というのが、地図の最後の記述でした」

「そんな! テ、テレーザ!」

「……!」


 焦る周囲に構わず、テレーザの指先に光る金色の輝きは、テレーザの目の前の空間に集まり、何かを作り上げていく。


 ――それは、日記帳の映像だった。


 そして、その日記帳の周囲には、金色の羽ペンが舞っており――その羽ペンは、ホワイトブロンドの女性へと姿を変えた。


『アビー!』


 金色スズメが、歓喜の声を上げる。


 アビーと呼ばれたその女性は、なんとアンジェリーナ――の祖父の妹にそっくりであった。

 彼女の歳は50歳くらいだろうか。若い頃はアンジェリーナにそっくりの容姿をしていたに違いない。

 宙に浮かぶ貴婦人の映像は、優雅なカーテシーをした。


【ここまで辿り着いたみなさま、初めまして。この映像記録を作成したわたくしは、アビゲール=ライトフット。ライトフット王国が初代国王、ラジェルド=ザルツ=ライトフットの妻です】


 やはりというか、金色スズメのいう《アビー》とは、初代ライトフット国王の妻、初代王妃のことを指していたらしい。

 金色スズメは、チュンチュン鳴きながらラインハルト第二王子の手を飛び立ち、貴婦人の映像の周りをくるくる回り出した。


『アビー! アビー、聞こえないの? フェニだよ、アビー!』


【……聞こえていますよ。フェニ、いい子にしていましたか?】


『してた! してたよ、アビー! 僕、いい子に寝てたもん! 見てたでしょう!?』


 会話をする二人にギョッと目を剥いたアンジェリーナは、ニコラスとオルトヴィーンを振り返る。ラインハルト第二王子も、アンジェリーナと同じように二人を振り返っていた。


「会話していますわ! 彼女は王妃本人なんですの?」

「……本人じゃあないな」

「おそらく、簡単な思考回路を有する映像記録なのでしょう。記録された以上のことを話すことはできないでしょうが、ある程度は本人と似たような反応を示すことができるのだと思います。あの時代に、ここまでの物を作り上げていたのか……」


 オルトヴィーンの呟きを背景に、アンジェリーナは貴婦人と金色スズメを振り返る。

 金色スズメは、必死に貴婦人に触ろうとして、映像にすぎない彼女を何度もすり抜けていた。


『アビー、アビー! せっかく会えたのに、どうしてアビーに触れないの?』

【フェニ。わたくしはもう死んでいるのです。今のこのわたくしの映像は、わたくしの残滓にすぎません】

『そんなのやだ! せっかく会えたのに、やだぁ!』

【――約束、守ってくれないの?】


 貴婦人は、少し幼い素振りでそう告げると、コテンと首を傾げた。

 年に見合わないその仕草が、どうにもたまらず可愛い。

 アンジェリーナの心もキュンキュンときめいていたが、それは金色スズメも同様のようであった。


『あぅ……でもね。でも、やなの……アビーがいないと、いやだよぅ……』

【仕方のない子ね。そこにわたくしの親戚の子がいるでしょう? 彼女に慰めてもらいなさい】

『うぅううう……』

「わたくし!?」


 指し示されたアンジェリーナは、びくりと体をこわばらせる。金色スズメがアンジェリーナの方に向かってきたので、動揺しながらもそっと両手を差し出すと、彼はそこに止まった。ポロポロ涙をこぼしている金色スズメが悲壮感たっぷりで、アンジェリーナは優しく指で彼の頭を撫でる。金色スズメは、悲しそうにチュンチュン鳴いた。


【ごめんなさいね。でも、可愛い子でしょう?】

「は、はい……。……あの、初代王妃様」

【アビゲールでいいのよ】

「アビゲール様。あなた様は、過去から通信していらっしゃるのではないのですか」

【いいえ。先ほど、そこの青い髪の青年が言っていたとおりです。わたくしは、王家の血に宿る記憶情報の塊にすぎません。地図を永遠に放棄した者の血だけが、わたくしを呼び起こすことができる……】


 アビゲールは、テレーザの方に向き直った。

 テレーザは強張った顔をし、アビゲールはそんな彼女に微笑む。


【苦労をかけましたね、わたくし達の子孫。可愛いテレーザ】

「あ……わ、私のことを……?」

【わたくしは、あなたの血に宿る記憶情報ですから。アビゲールの記憶情報だけでなく、あなたのことも知っていますよ。だからこそわたくしは今、現代のライトフット語でこうして話をすることができています。わたくしには、あなたが生まれた時からの記憶が刻み込まれている】


 優しい笑みに、テレーザは手の震えを抑えることができない。

 目の前の貴婦人は、知っているのだ。

 テレーザの出生の秘密を。彼女が、誰の子なのか……。


【テレンス=テトトロン。あなたのお義父上が、全てを知っています】

「お、お父様、が……」

【大丈夫。彼は全てを知った上で、あなたのことをとても愛しています。信じてあげて】


 じわりと視界が歪み、テレーザはそのまま、泣き崩れた。

 アンジェリーナは、金色スズメを片手に、テレーザを抱きしめる。


【みなさま。わたくしの日記帳に、今後に向けての大切なことが書いてあります】

「日記、ですか」

【そうです。そちらをまずは読んでください。現代ライトフット語に翻訳してありますから】


 いぶかるラインハルト第二王子に、アビゲールは頷く。

 アンジェリーナは思った。


(本人の口から聞くのでは、いけませんの?)


「あの、アビゲール様本人の口から聞くのでは……」

【あー、あー! フェニ! こちらに来てちょうだい!】

『なぁに、アビー』


 グスグス言いながら、金色スズメは返事をする。

 急にキョドキョドと様子がおかしくなったアビゲールは、大声で続けた。


【あのね、今からわたくしの日記をこの人達が読むのよ】

『……! に、日記を!? アビーの!?』

【そうよ】

『僕も見たい!』

【許しません】

『僕も……』

【あら、わたくしの許しもなく、読むつもりなの? わたくしの日記帳を勝手に読んだラジーがどうなったか、あなたも知っているでしょう?】


 震え上がった金色スズメは、【こっちでおしゃべりしましょ。そもそも、フェニは文字が読めないでしょう】と言うアビゲールに連行されていった。二人は秘宝の置いてあった台座に座っておしゃべりを始めている。アンジェリーナが物言いたげにアビゲールを見ると、(早く読みなさい!)という圧力を込めた瞳で睨みつけられ、アンジェリーナはサッと目を逸らした。


「まずは読もうぜ」

「ニック」

「そうだな。情報は大切だ」

「テレーザ様、ページを進めてください。念じるだけで可能かと」

「わ、分かったわ……」


 テレーザは、アンジェリーナのハンカチで涙を拭いながら、残された日記帳の映像を見つめる。


 すると、その表紙がパタンと開かれ、最初のページに書かれた文字が見えた。


 その文字を読み、その場の一同はしばらく動けなかった。


「ええと……」


【人の日記を読むときは、静かにするものですわよー!】


 口を開いたアンジェリーナは、神妙な顔で口を閉ざす。


 日記帳の最初のページに書かれていた文字は、こうだった。



[世紀の論文!

 世界はあなたの手に委ねられた!


 世界の敵・時の大精霊フェニの

       正しい飼い方について★


      著者 しがない金髪クイーン]



 ……アビゲール様?




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