52 やり直し
「アンジー! そんな人より、私の方が好きだものね? 一番の親友だものね?」
聞き覚えのある言葉に、アンジェリーナはぱちくりと目を瞬く。
場所は、先ほどからいる秘宝の間だった。
キョロキョロと辺りを見渡すアンジェリーナに、テレーザは不思議そうな顔をしている。
「アンジー?」
アンジェリーナは、ハッとして声の主を見た。
そこには、先ほど失ったはずの親友がいた。
自分を犠牲にアンジェリーナを守ってくれた、大切な友達。
「……テレーザ!」
涙目でテレーザに抱きつくアンジェリーナに、テレーザは驚きながらも、「甘えん坊さんね?」と嬉しそうにしている。
そんな彼女達に声をかけたのは、オルトヴィーンとニコラスだった。
「アンジェリーナ様。《時戻り》を?」
「それにしては、秘宝の術者がテレーザとカルロスから変わっていない。これは……」
「……!?」
アンジェリーナが驚いて顔を上げると、オルトヴィーンとニコラスが、扉の方に注意を向けながらも、アンジェリーナの言葉を待っていた。
(そうでしたわ、二人は《時戻り》前の記憶があるんでしたわ!)
二人は、秘宝の光に飲み込まれる直前までの記憶が残っているのだろう。テレーザは、今回の《時戻り》に術者として関与していないせいで、記憶を残していないようだ。不思議そうに周囲の話に耳を傾けている。
それにしても、とアンジェリーナは思う。
(この二人、話が早過ぎませんこと!?)
急に時を遡って驚いているはずなのに、二人は動揺することなく、次の対処へと思考を切り替えていた。少しくらい驚くとかないんだろうか。この二人、ちょっと凄すぎではないか?
『高レベルの闇魔法耐性を有し、精神魔法や認識阻害魔法が効かない高位貴族の令息。その存在にどれだけの価値があるのか、アンジェリーナにも分かるだろう』
以前、ラインハルト第二王子が言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。
(恐ろしい人材……!)
「ええ、そうなのよ、ヴィー、ニック。わたくし達、《時戻り》でこの瞬間まで戻ってきたの」
「時間がない。テレーザを守ってくれ。その後、秘宝を壊す。ヴィーは、テレーザとカルロスを術者から外す術をテレーザに教えてくれ」
阿吽の呼吸で話を進めるアンジェリーナとラインハルト第二王子に、ニコラスとオルトヴィーンは頷く。
「なるほど、了解した」
「今回の術者は殿下でしたか」
「術者は二人じゃないか? いや、今の術者はテレーザとカルロスの二人だから、何かしら違う方法で遡ったのか……とにかく分かった。俺じゃ完全には守りきれないから、リーナは伏せてくれ」
「テトトロン公爵令嬢さえ無事なら、後はなんとかしますよ」
またしても話が早すぎる二人に、アンジェリーナは目を白黒させ、ラインハルト第二王子は苦笑する。
テレーザだけが、「どういうことなの?」と不思議そうな顔をしていて、けれども、説明する暇はなかった。
「――リーナ!」
ニコラスの言葉に、アンジェリーナはすぐさま扉の方を見る。
ちょうど、こちらに向かって炎を纏う刃が投擲されるところだった。
アンジェリーナは、迷わずテレーザに飛びつく。
「アンジー!?」
「伏せて!」
前回と同様に投擲された刃は、アンジェリーナとラインハルト第二王子に向かった。
アンジェリーナに向かう刃は三本。
そのうち二本はニコラスが弾き、残りの一本は、アンジェリーナが伏せたことによってなんとか避けることができた。
(やりましたわー!)
アンジェリーナはやりきった思いで、そのまま一緒に倒れ込んだテレーザに改めて抱きつく。
テレーザは「アンジー、ありがとう……」とお礼を言いつつも、驚きを隠せない様子だ。
「マクファーレン、失敗するとは何事だ!」
「申し訳ありません」
怒声と共に秘宝の間に入ってきたのは、国王達であった。
テレーザが「陛下」と口にして身を固くしたので、アンジェリーナは彼女を庇うように、より強く抱きしめる。
「……テレーザ。お前が秘宝を使っていたのだったな」
国王に名指しされ、テレーザはびくりと肩を震わせる。
「秘宝を壊すとは……愚かな女に育ったものだ」
冷たい、見下すような視線に、テレーザは言葉もなかった。
アンジェリーナは、テレーザの手が震えているのを見て、そっと自分の手を重ねる。
「ア、アンジー……」
「大丈夫」
アンジェリーナは、テレーザに向かって微笑んだ。その顔を見たテレーザは、じわりと目を潤ませた後、涙を拭って「うん」と頷く。
「父上、もうおやめください! あなたにはこの秘宝を使うことはできません!」
「うるさい! ……私に使えなくとも、お前が使えば良い。私の指示どおりにな」
「何を……」
「お前の執着するアンジェリーナ。その家族の命が惜しいなら、言うことを聞くんだ」
「――!?」
アンジェリーナは驚いて、国王の方を見た。
ラインハルト第二王子は唇を噛んでいる。ニコラスから「だめだったか」と呟きが漏れて、アンジェリーナは、彼がこの事態を予想していたことを悟った。
『見つけた後に、いかに惑わされずに秘宝を早く壊すかが勝負だ。……結局、さっきラインハルトが言ってた内容と同じだよ』
『……惑わされずに?』
『そうだ』
ふと、通路を進んでいた時のニコラスとラインハルト第二王子の会話が、アンジェリーナの頭をよぎる。
「連れてこい」
国王の命を聞いた近衛兵達は、扉の外にいると思しき人物のところへ向かった。どうやら、既にアンジェリーナの家族を連れてきているらしい。
こういうとき連れてこられるとしたら、おそらくは弟のエリックだろう。
(エリック、ごめんなさい。わたくしのせいで、恐ろしい目に……!)
「さあ、アンジェリーナ。彼の命が惜しければ、我が愚息に秘宝を手にするよう頼み込むのだ」
国王が指し示した先。
縄で上半身を縛られた状態で、自らの足で歩いてきたのは――。
兄のイアン=アンダーソンだった。
「アンジー、一体何をしているんだ!」
「お兄様!?」
一体なぜ、13歳の弟エリックではなく、20歳の兄イアンを人質に?




