51 時戻り
「時の、大精霊様?」
呆然としているアンジェリーナとラインハルト第二王子に、フェニと名乗る精霊はチュンチュン泣いている。
『そうだよー! ね、分かりやすかったでしょ?』
「そうですね、とても分かりやすかったです。なあ、アンジェリーナ」
「!? ……そ、そうですわね! 一目瞭然でしたわ!」
『やっぱりぃ? えへへ、威厳が滲み出ちゃうんだよねぇ』
照れ照れモジモジするスズメに、アンジェリーナは何度もラインハルト第二王子を見る。ラインハルト第二王子は、目を伏せ、首を振った。彼は聡い王子なのである。
「……大精霊様」
『フェニって呼んでいいよ〜』
「フェニ様。フェニ様は、そのお力で時を戻すことができるのでしょうか」
ハッと顔を上げたアンジェリーナに、ラインハルト第二王子は頷く。
じわりと涙が滲んで、ラインハルト第二王子はハンカチでアンジェリーナの目を拭った。しかし、次から次に、涙は溢れてくる。
『できるよぉ〜。でも、いっつもラジーとアビーは、使っちゃダメだって』
「そうなのですか?」
『うん。だからあんまり使わないようにしてるの。でも、ラインハルト君とアンジェリーナちゃんは使って欲しいの?』
「お、お願いです! テレーザを、あの子を助けてください!」
泣きながら懇願するアンジェリーナに、金色のスズメは目をぱちくりと瞬く。
『分かった〜! ラジーもね、アビーが泣いてる時は使ってあげてって言ってたの。だから多分、使っても怒られないよね』
「ええ、きっと大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「……! あ、ありがとうございます!」
『それで、どこまで戻すの?』
「え?」
具体的なことを考えていなかったアンジェリーナは、投げられた質問に驚き、涙がひゅっと止まる。
(ど、どこまで? 確かに、どこまで戻せばいいんですの? この広間に入る前に戻しても、やることは変わらないのでは……。地下に侵入する前かしら? 国王陛下達にバレないように、もっと綿密に……で、できるかしら? 今回以上に? いえ、暗部の者達には記憶が残ってるから、そんなことをしても意味がなくて、ええと、でも……)
泣いて視界はぼんやりと霞み、頭はうまく回らない。そんな中、アンジェリーナはグルグルと答えを探して思考に耽る。
「アンジェリーナ」
「は、はいっ!?」
「あまり時間を戻すと、国や国民に負担がかかるから、選択肢は少ない。……時を戻すということは、周囲の魔力を使うということなのでしょう、フェニ様」
『そうだよ〜。時を戻すっていうのは、この世界全体に影響することなんだ。僕たち三人だけで戻る訳じゃないからね。僕の力だけじゃ無理だよぉ』
アンジェリーナは項垂れた。
彼女は、ラインハルト第二王子のように、周りへの気遣いを考えることができなかった。《時戻り》の代償について憤ったばかりだというのに、視野が狭くなっている自分が恥ずかしい。
落ち込んでいる彼女を見て、ラインハルト第二王子は微笑んだ。
「アンジェリーナ。君はテレーザのことで動転している。無理はない」
「……ラインハルト殿下」
「フェニ様。それでは、テレーザが《時戻り》の術を解除し、あそこの赤い髪の近衛隊長マクファーレンに傷つけられるより前の時点に、時を戻してもらえますか」
『……どうしよっかなぁ』
「え? フェ、フェニ様?」
モジモジしながらこちらをチラチラ見ているスズメに、アンジェリーナは慌てる。
急にやる気を失ってしまったというのだろうか。テレーザとカルロスの命がかかっているのだ。乗り気になってくれなければ困る!
蒼白になっているアンジェリーナの横で、ラインハルト第二王子は、穏やかな笑みを浮かべたまま、スズメに問いかけた。
「何か、条件が必要でしょうか」
『……時を戻したら、僕はまた箱の中だもん。二人とお喋りできなくなっちゃう。やっぱりやだぁ』
羽をパタパタ広げながら駄々をこねるスズメに、ラインハルト第二王子はクスリと笑う。
「それでは、約束いたしましょう。時を戻してもらい、テレーザとカルロスを救った後、必ずあの小箱を壊します」
『え〜、本当かなぁ』
「はい。約束ですよ。私と時の大精霊様の、初めての約束です。第二王子である私の誇りにかけて、その約束を果たしましょう」
穏やかに紡がれた丁寧な言葉に、スズメはどうやら満足したようだった。
アンジェリーナの手の上で、ふくふくの体を揺らしながら、嬉しそうにチュンチュン泣いている。
『分かった〜! じゃあ時を戻すね。約束、絶対だよ。ラインハルト君、アンジェリーナちゃん、またね!』
「ええ、またお会いしましょう」
「はい。またお話しましょうね」
ラインハルト第二王子とアンジェリーナが微笑むと、金色のスズメの尻尾が、やはり金色の炎を放出した。
二人は声を出す間も無く、その炎に包まれる。
『うふふ。二人とも得意なのは炎属性なんだね〜、不死鳥の僕ととっても相性がいいよ!』
そのまま、アンジェリーナとラインハルト第二王子の周りに、紫色の魔法陣が幾重にも重なる。
『待ってるからね〜。嘘ついたら、許さないから!』
そして、二人の視界が、金色に染まり――。




