5 証拠作りと根回し
その後、アンジェリーナは魔術師に相談することはなかった。
侯爵令嬢であり第二王子の婚約者であるアンジェリーナが魔術師に話を聞いたとなれば、注目を集める。それが、プリムローズ学園の教師であっても、王宮魔術師であっても、市井の魔術師であったとしても。
魔術師に秘密裏に話を聞きたいのであれば、少なくとも、家族の助けが必要だ。
両親は無理かもしれないが、せめて兄だけでも協力してくれなければ難しいだろう。
なのでアンジェリーナは、魔術師から話を聞くことを諦めた。
そしてそこから一週間、学園の図書室や王宮図書館の魔法の基礎の本を読み漁ったのである。
学園の図書室に置いてある書籍にはたいした内容は載っていなかったし、王宮図書館には専門書が置いてあるものの、それを全て読み切ることはとうてい不可能だった。
けれども、実践を伴わずうろ覚えだった魔法に関する知識を、再度詰め込むには十分な期間だった。
(魔法には属性がある。火、水、木、土、光、そして闇……)
アンジェリーナの魔法属性は火属性だ。
烈火のように気が強いという、性格診断ぐらいにしか使われていなかった属性。
護身術程度に火や火花を出すことはできるので、魔法陣の大元の場所さえみつければ、その陣を道具なしに炎の力で破壊することはできるだろう。
そして、あの時見た多重魔法陣は、紫色に光っていた。
紫は闇属性の魔法を象徴する色だ。
闇属性といえば、魔力の一時的な物質化に、精神魔法、重力魔法。そこに、時戻りの魔法もあったということなのだろう。
(それに、時を戻ったというのに、誰もそのことについて騒がない。もしかして、わたくしだけが、そのことを覚えている……?)
アンジェリーナだけが時を戻ったのであれば、アンジェリーナだけがそのことを覚えているのも当然だ。
周りが時戻りの記憶を持っていない以上、その線を主軸に考えることにする。
しかし、もしかすると、時を戻ったのは、アンジェリーナだけではないのかもしれない。
そして、仮に全ての人間が時を戻っているのだとすると、記憶がないのはなぜか。
記憶を持ち越せるのはアンジェリーナ以外には、忘却の精神魔法がかけられているとみるのが妥当だろう。
莫大な魔力を必要とするこの説は考えがたいが……アンジェリーナは、一応可能性として頭の隅に入れておくことにする。
(これ以上は、わたくしでは調べきれないですわ……)
既に一週間が経過した。
卒業パーティーまで、残り三週間だ。
何をするにしても、ここで決断しなければならない。
(覚悟を決めるべきでしょうね)
アンジェリーナは、全て夢だったらいいのにと思いつつ、腹を決めた。
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それからアンジェリーナは、光属性の魔道具を入手した。
あの時戻りの魔法陣は、闇属性の魔法を起動させるものだった。
だから、その弱点属性である光属性の護身具を使えば、時戻りを防ぐことができるかもしれない。
さらに、アンジェリーナは証拠集めと根回しを始めた。
時戻りの魔法陣の起動は、故意か偶然かまだ分からない。
しかし、仮に時戻りの魔法陣の起動が事故なのであれば、それは普段起こりえないような事象を契機に起こったものだろう。
そして、この王国で、普段起こりえないような事態といえば……。
(きっと、卒業パーティーでの断罪、婚約破棄……ですわよね……)
その疑いを元に。
そして何より、自らの汚名をすすぐために。
アンジェリーナは、第二王子に対する断罪返しを試みることにしたのだ。
アンジェリーナはまず、ラインハルト第二王子とマリアンヌに諫言する際に、必ず映像記録をとるようにした。
前回の記憶があり、いつどこにカメラを設置しておけばいいのかは分かるので、記録を取るのは簡単なことだった。
また、教師達に、教師達が会場入りするまでアンジェリーナも会場に入らないことを伝えた。
卒業パーティーで険悪な空気を作りたくないのに、教師のいないところで第二王子達と対面するといつもなじられる、というのが理由だ。
第二王子とアンジェリーナの不仲については教師も把握していたため、同情はされたが、アンジェリーナの対応に疑問を持つ者はいなかった。
そんなふうに動き回っていたところ、宰相の息子のカルロスが声をかけてきた。