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45 助言




 彼はそれから、口を閉ざすテレーザに何かを察したのか、気持ちが軽くなるおまじない――簡単な闇属性の精神魔法を教えてくれた。


 その魔法の効果は、その時のテレーザには救いの手に思えた。

 常用は良くないと聞いていたため、テレーザは彼の指示を守り、週1回以上は使わないように心がける。


 それだけではなく、彼は非常に聞き上手であった。彼と話をするにつれ、テレーザは少しずつ、気持ちがほぐれていくのを感じた。決定的なことは全て伏せているのに、テレーザはなんだか、彼が全てを知っているかのような錯覚をしてしまうほど、彼の傍で安心している自分に気がつく。


 そうやって、彼との交流が深まるにつれ、彼の考えや知っていることを聞くことが少しずつ増えてきた。


「この国の魔法水準は低い」

「魔法……ですか」

「そうです。だから、国家防衛力が低いままなのです」


 彼は、兵士を志望する身として、魔法水準が低いことを気に病んでいるようだった。

 それに確か、彼のお母様は……。


 他にも、彼は多くの情報をテレーザにくれた。

 それは、箱入り娘であったテレーザの耳にはなかなか入ってこない情報で、そういった話に聡い彼に、テレーザは自然と尊敬の念を抱くようになっていた。

 他国では魔法を、15歳から18歳の間に、王立学園で重点的に学ぶこと。女性でも官僚になれること。食べ物を銀箱に入れたりしないこと。ライトフット王国の、国家防衛力の低さと――。


「王家の秘宝」


 その言葉に、テレーザの心臓が跳ねる。

 なぜ、彼の口からその言葉が飛び出すのだろうか。


「巷の噂ですよ。王家の秘宝や、魔女の霊宝が存在しているというまことしやかな戯言です」

「噂……」


 顔色を青くしたテレーザに、彼は少し思案するようにして、口を開いた。


「ここだけの話ですが」


 言葉を選ぶように、静かに話す彼に、テレーザは耳を傾ける。続きを待つ彼女に、彼は背中を押されたように、口を開いた。


「我が国はそれを盾に、独立国家としての立場を維持しているようなのです」


 それは、テレーザにとっては、初めての話ではなかった。

 父と長兄があのとき話していたこと。

 王家の秘宝とその地図が、この国を守っている。


「それで……実は、困っていることがありまして」


 彼が、そんなふうに困っているのは、とても珍しい。

 何しろ、二人の話題はいつも、テレーザのことや、彼の持つ知識の話ばかりだった。彼自身のことはほとんど話してくれたことがないから、テレーザは仄かな喜びを胸に、身を乗り出してしまう。


「……殿下と、カルロスのことなのです」


 それは驚くべき内容だった。


 彼は、見たのだという。


 カルロスが、ラインハルト第二王子に、媚薬入りの紅茶を飲ませるところを。

 そして、男爵令嬢マリアンヌの正体を――。


「そんな……じゃあ、殿下は……」

「はい。今の殿下の状況は、殿下自身が望んだものではありません」

「では、なんとかしないといけませんわ。私達、第三者が――」

「それです」


 え、と言葉を途切らせたテレーザを、彼は見返す。


「私は、それを止めるために、この話をしたのです」


 そこで、今までの話が全て繋がった。


 国家防衛力の低いライトフット王国。

 ラインハルトは第二王子に過ぎないこと。

 魔女であるマリアンヌに、対抗できる手段は、王族にもないこと。

 他の国に頼ると、さらにわが国の脆弱性を露見することに繋がること。


 どの側面から見ても、テレーザにも彼にもできることはない。だから手を出すなと、釘を刺すために彼はこの話をしたのだという。


「で、でも、そんな。このままでは、殿下が犠牲に……」

「どうしようもありません。だから、テレーザ様。彼らに気をつけてください」

「……気を、つける?」

「はい――これ以上、被害が広がらないように。人的被害として一番危険な位置にいるのは、アンジェリーナ様です」

「ええ」

「ですから私は、カルロスが一人でアンジェリーナ様に近づかないよう、いつも彼の近くにいるようにしてきました。そして、物理的被害として一番に危惧されることが何か分かりますか」

「物理的……?」

「王家の秘宝です」


 再び出てきたその言葉に、テレーザは口を引き結び、手を握りしめる。


「謎解きの天才、オルトヴィーン=オルクス。あれがいなければ、まだ状況はマシだったのですが……。おそらくあれは、王家の秘宝まであと少しのところに迫っています」

「えっ」

「あの謎解きフェチは、幼少期から王家の謎に挑戦していますからね。王家の秘宝に関しても、地図さえあればなんとかなるくらいの段階にいてもおかしくありません。そしてそのことは、裏切り者のカルロスも気がついている」

「……なら、既に秘宝を見つけているのでは? マリアンヌとカルロス様は、ラインハルト殿下を――地図を持つであろう方を従えているのだから」

「ラインハルト殿下が命をかけて抵抗しているのでしょう」


 息を呑むテレーザに、彼はふわりと笑う。


「秘宝に関する情報を渡すくらいなら死を選ぶと、そこまで抵抗されるなら、魔女マリアンヌも手の出しようがないですから」


 第二王子を魅了魔法にかけた魔女マリアンヌとカルロス。彼らが、第二王子やアンジェリーナの命を引き合いに出しつつ、第二王子に脅しをかけたであろうことは想像に固くない。

 しかし、今だに王家の秘宝は見つかっていない。壊されたという話も聞かないし、国家上層部にそういった揺らぎは見受けられない。国王とその二親等以内の親族に、闇討ちがあったといった話もない。

 あの二人はおそらく、ラインハルト第二王子の口を割らせることができていないのだ。確かに、第二王子が秘密を守るために自ら命を断つ覚悟をするなら、どんな脅しも意味をなさない。魅了魔法で精神を絡め取られつつも、最後までは踏み込ませていない。


 ――あれは良い施政者になりますよ。


 長兄の言葉が頭をよぎる。


 テレーザは、同じ年の――おそらく自分の異母兄弟である第二王子のことを思い、胸の前で自分の手を握りしめた。


「どうして、こんなことに」


「王家の秘宝があるからでしょうね」


 答えを求めたものではない呟きに、思わぬ返答があり、テレーザはビクリと肩を跳ねさせた。


 目の前の彼を見ると、燃えるような静かな意思を湛えた瞳がこちらを見ていた。彼は穏やかに微笑んでいるのに――なぜだかそれが、薄ら寒い。


「王家の秘宝。あれを隠すために、魔法学の水準を下げた。それが原因で、私達の国は、あらゆる困難に自力で立ち向かうことができなくなった」


 彼は、今までと同様に、穏やかな声で、ゆっくりと言葉を紡いでいる。背が高く体が大きい彼は、女性や子どもに威圧感を感じさせやすいので、ゆっくり話をするように心がけているのだと言っていた。


 それなのに、テレーザは彼の紡ぐ言葉が、恐ろしくて仕方がない。


 彼自身が、怖いのか。


 彼の言葉を、恐れているのか。


(分からない……けれど、分かることが一つだけあるわ)


 テレーザが、震えている理由。


 それは、彼の望みを叶える手段を、テレーザが持っているからだ。


 王家の秘宝、その地図。


 地図があれば、秘宝の場所が分かる者。


 分かる者を動かすために必要な手段。


 他の誰も手を伸ばすことしかできないその場所に、今、テレーザだけが、手を届かせることができる。


「……すみません。色々と話し過ぎたな」


 ふと気がつくと、蒼白な顔をしているテレーザを、彼はいつもどおりの優しげな顔で見つめていた。


「テレーザ様といると、話しやすくてつい口が滑ってしまいます」

「滑ったんですの?」

「……そうですね。今のは……他愛もない戯言ではありますが……場合によっては、国家への重大な反逆とも捉えられかねない」


 そう自嘲するように呟くと、彼はテレーザに向かって朗らかに笑った。


「けれども、テレーザ様も同じ気持ちでいるのではないかと思いまして。こんな話をできるのは、学生のうちくらいですし、興が乗ってしまいました。困らせてしまいましたね」

「……いえ。沢山、情報をいただいて感謝していますわ」

「絶対に、だめですよ」

「え?」


 彼の念押しに、テレーザは目を瞬く。


「なんとかしようと思ってはいけません。正義感にかられて、大局を見失ってはいけませんよ」


 そういうと、彼は話を切り上げるためにその場から去っていった。


 テレーザは、悩んだ。


 自分の手に、全てが委ねられているような、誰も頼ることができない、そんな不安感。


 どうしたらいいのか、分からなかった。


 自分の異母兄弟であるラインハルト第二王子は、国のために今も戦っているというのに、……テレーザは公爵令嬢であるのに、国のため、周りのために、そして己のため――何より彼のために、どうしたらいいのか分からない。



 そして、そんなふうに迷子になったテレーザに突きつけられたのは、残酷な事実だった。



「テレーザ。お前に婚約話が上がっている」



 父の言葉に、テレーザは目の前が真っ暗になった。




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