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42 秘宝の求める代償


 台座の間の奥に在る広間に立っていたのは二人。


 一人は、ふわふわの茶色の髪が美しい、チョコレート色の瞳をした制服姿の令嬢だ。

 テレーザ=テトトロン公爵令嬢。

 アンジェリーナの記憶と思いが正しければ、彼女はアンジェリーナの親友のはずだ。

 けれども、何故か彼女はこの場に居て、アンジェリーナを待っていたのだという。


 もう一人は、すらりとのびた背丈の令息だ。

 アッシュグレーの髪に、ブルーグレーの瞳をした制服姿の彼は、宰相であるカーペンター侯爵の息子、カルロス=カーペンター。

 アンジェリーナの幼馴染であり、クラスメートだ。

 しかし彼は、やってきたアンジェリーナ達に目を向けることはなく、(うつろ)な顔をしている。


 彼女達二人は、台座の間の奥の広間で、幾重にも重なるように展開された魔法陣の中心に立っていた。


 いや、彼女達を中心と言うのは、語弊があるか。

 魔法陣の中心にあるのは、小さな祭壇だ。彼女達はその脇に立っているに過ぎない。


 それは、テレーザの腰ぐらいの高さで、人が一人寝られそうな横幅のものだった。

 祭壇の中心には、小さな金色の宝箱が置かれている。

 その上に、八つの輝く紫色の宝石が、円を描くように浮かんでいた。

 その中心には、金色に輝く、透明な玉が浮いている。


 しかし、アンジェリーナは、このループの中でも初めて見るその光景について思考することができなかった。

 この場に友人二人が現れるという異様な状況を、受け入れることができていないからだ。


 だから、一緒にこの場に来たラインハルト第二王子とオルトヴィーン、そしてニコラスのように、二人を見た瞬間、身構えることもできない。


「……テレーザ」


 台座の間から開いた扉越しに、やっとの思いで名前を呼んだアンジェリーナに、テレーザはクスリと笑った。


「どうしたの、アンジー。そんなふうに固まって」

「……そんなの、当たり前でしょう? こんなところで、何をしているのよ」

「何をしているんだと思う?」

「テレーザ!」


 アンジェリーナの声に、テレーザはチョコレート色の目を伏せ、ふうとため息をついた。


「……本当に、何をしているのかしらね、私は」


 自嘲気味にそう呟くと、テレーザはアンジェリーナより扉よりに立っている青い髪の伯爵令息を見た。


()()()ニ日目に、この扉を開くなんて……今回は早すぎるわ、オルクス卿。これでは、カルロス様が一ヶ月も行方不明になってしまう」

「そんなことにはなりませんよ、テトトロン公爵令嬢。ここで全て終わらせるのだから」

「そうだといいのだけれど」


 オルトヴィーンと謎の会話を繰り広げたテレーザは、自分の傍を降り仰いだ。

 彼女の視線の先に居るのは、なにも見ず、ただそこに立っているだけの、カルロス=カーペンターである。

 そうして隣に居るテレーザの視線を受けてなお、カルロスはなんら反応を見せることはない。


 その様子に、さしもの鈍感アンジェリーナも眉をしかめた。


「カルロス様……? テレーザあなた、カルロス様に何をしたの?」

「私は何も。ただ、そうね。運が悪かったのよ」

「言い逃れはよしてください、テトトロン公爵令嬢。あなたが彼をここに連れ込まなければ、こうはならなかったのだから」

「手厳しいわね、オルクス卿。……まあでも、それはそうね。そういう意味では、私がやったことだわ」


 テレーザは苦笑する。

 そんな彼女の傍で、カルロスがようやく、ピクリと身動きをした。


 テレーザとカルロスの間に存在する、祭壇。

 その中心に浮かぶ、八つの――今まで通過してきた過去の回数と同じ――輝く紫色の宝石に囲まれた、金色の光を放つ透明な玉。 


 カルロスはふらふらとした足取りでその祭壇に近づくと、宝箱の真上に浮かぶ金色の玉に、ためらうことなく触れた。


 そうすると、そのままカルロスはその透明な玉に吸い込まれてしまったではないか。


「カルロス様!」

「いいのよ、アンジー。これはいつものことなの」

「いつもの……!? テレーザ、一体どういうことなの!」

「これがね。この小さな箱が、王家の秘宝なのよ。知っているんでしょう、アンジー。第二王子の婚約者として王子妃教育を受けてきた、侯爵令嬢アンジェリーナ=アンダーソン」


 静かな海を思わせるその視線に、アンジェリーナは息を呑む。

 テレーザは、そんなアンジェリーナに向かって、ふわりと笑みを浮かべた。


「話をする前にみんな、この秘宝の間に入ってきたらどう?」


 穏やかに笑んでいるテレーザ。

 貴族令嬢として最高級の教育を施された彼女の表情の裏側を、アンジェリーナは読むことができない。


 ぐっと唇を噛んだアンジェリーナの肩に手を置いたのは、ニコラスだった。


「リーナ、呑まれるな」

「……ニック」

「あら、アンジー。留学生さんと愛称で呼び合う程、仲が良くなったのね。仲良くなったこと、私には教えてくれなかったみたいだけど。寂しいことだわ」


「――オルトヴィーン。秘宝の間に入る条件はあるのか」


 ニコラスはテレーザの言葉を受けることなく、テレーザから視線を外さないままオルトヴィーンに尋ねる。

 同じく、テレーザから視線を外さないオルトヴィーンは、ニコラスの言葉を受けて皮肉気に笑った。


「おや、私に頼りきりですか」

「いいから答えろよ」

「入るだけなら、条件は特にありませんよ。秘宝を使いたいなら別ですが」

「……分かった」

「アンジェリーナ、こちらへ」


 頷くニコラスを見たラインハルト第二王子が、アンジェリーナに手を差し出す。

 ニコラス達の邪魔になってはならないと、アンジェリーナはこれに素直に従い、第二王子の傍に侍った。

 四人は一瞬顔を見合わせた後、先程通路を進んでいたときと同じ順――オルトヴィーン、ラインハルト第二王子、アンジェリーナ、ニコラスの順に、扉から秘宝の間に入ることにした。

 それぞれがゆっくりと秘宝の間に足を踏み入れ、そして、オルトヴィーン以外の三人は、入室するなり戸惑いの表情で辺りを見渡す。


「これは一体……」

「……? な、何か聞こえるわ……沢山の人……?」

「……」


 秘宝の間に入室したとたん、王都の祭りを思わせるような喧騒が頭の中に鳴り響き始めたのだ。

 アンジェリーナは思わず耳を塞いだけれども、頭の中に鳴り響く声は止まらない。

 ならばと、気になる声だけに意識を傾けてみたところ、その声の主の見ている情景や温度、風のなぐ感触まで感じられ、意識を吸い込まれそうになる。


 その迷惑な情報量に、ラインハルト第二王子とアンジェリーナ、それにニコラスは思わず顔をしかめた。

 そんな三人に声をかけたのはオルトヴィーンだ。

 

「これは、王家の秘宝が発動している間の効果の一端です」

「……これが? だが、これは……時間がどうというより…………遠視、なのか?」

「鋭いですね、ラインハルト様。これは、時を遡る魔道具が捕らえているの力の源――生贄達の声ですよ」

「生贄……!?」


 まさかの言い様に、ラインハルト第二王子は渋い顔をする。

 そんな彼を嘲笑うように、テレーザは優しく微笑みかけた。


「驚くことかしら、ラインハルト殿下」

「……テレーザ」

「時を遡る。それだけのことを成すための代償は、あって然るべきでしょう?」


 テレーザは祭壇の端に手を置くと、冷たい眼差しで金色の小箱を見つめる。



「王家の秘宝、《時戻り》の魔道具。その発動のための力の源は、ライトフット王国に存在する国民全ての魂の力よ」



 冷たく言い放つテレーザ。

 言われた内容に、アンジェリーナは血の気が引いて、指先が冷たくなるのを感じる。


 魂――人の心、命の元。体という器だけでなく、魂があってこそ、人は命を得て動くことができる。それを動力源とし、削り取るということは、今世のみならず来世以降の寿命をも削るということだ。


 アンジェリーナは、前回はあえて《時戻り》が起こるように動いた。

 動力源が何か知らなかったとはいえ、国民の寿命を削るような真似に加担した……?


「時を戻った後も、魂に影響は残るのか」

「殿下」

「魂を削り、《時戻り》を起動させる。時間を戻るのだから、動力源となった私達の状況は、魂の状態を含め、全て元に戻るんじゃないのか」


 アンジェリーナは、ハッと顔を上げる。

 アンジェリーナは、時戻りによって命を救われたことがある。

 同様に、時を戻ることで、消費されたライトフット王国民の魂も元に戻るのではないか。


 ラインハルト第二王子の方を見ると、彼はアンジェリーナに向かって頷いた。彼は、アンジェリーナが自分を責めていることに気がついていたらしい。

 その気遣いに感謝しながら、アンジェリーナが期待を込めてテレーザを見る。

 しかし、テレーザは困ったように微笑みながら、首を緩く横に振った。


「ごめんなさい、アンジー。そんなふうに万事上手くいけばよかったのだけれど」

「アンジェリーナ様。時を戻っても、削られた魂は戻りません。時が戻り、魔術が完了するのは、その魂の犠牲があってこそのものですから、それだけは元通りにならないのです」

「そんな……」


 アンジェリーナは両手を強く握りしめた。


 アンジェリーナが認識している限りでは、《時戻り》は8回起こっている。

 それはどれだけ、ライトフット王国の国民の命に負担をかけたのだろうか。


「燃料にされているのは人間だけじゃないな」


 ニコラスの言葉に、アンジェリーナはビクリと肩を震わせて彼の方を振り向く。

 今まで聞いたことがない低い声に、ニコラスの怒りが滲み出ていた。


 アンジェリーナは、驚きを隠せなかった。

 彼はいつだって余裕があって、怒りとはかけ離れたところにいる人だったのに、こんなふうに怒りを見せるなんて、よほど怒っているのだろう。


 ニコラスの紫色の瞳は、真っすぐにテレーザとオルトヴィーンを睨みつけていて、オルトヴィーンはそんなニコラスに、そこはかとなく満足げに頷いた。その後、「ふん。まあ、それくらいは簡単に気がついて当然です」などと呟いている。


「この秘宝の間に繋がっているのは、国民だけじゃない。ライトフット王国内のありとあらゆる物の気配をここから辿ることができる。その王家の秘宝とやら――≪時戻り≫の魔道具は、国内の魔力資源を直接消費しているな」

「そのとおりです」

「ライトフット王国には長年、精霊が居ないと聞いている。この魔力資源の消費は、《時戻り》の魔術の起動に関係なく、常に行われてきたんだろう」

「そうですよ」

「……本当に、大間抜け野郎だな」


 オルトヴィーンの返事を聞いて、吐き捨てるようにそう呟くニコラスに、彼が何故そんなに怒っているのかわからないアンジェリーナとラインハルト第二王子は困惑しきりである。

 そんな二人に、オルトヴィーンは微笑みかけた。


「そこの小箱。あれは、《時戻り》の魔術を起動しなくても、存在しているだけで、ライトフット王国内の魔力資源を常に食い尽くしているのですよ」

「食い……尽くす?」

「そうです」

「……それは、具体的にはどういう影響があるんだ?」


 戸惑うラインハルト第二王子に、ニコラスは答える。


「土地に、風に、水に、魔力がない。養分が足りない。作物はできにくいし、できたとしても栄養価が低い。できた先から魔力を吸い取られるから、萎びるのも早い。食べても栄養が少ないから、生き物も弱る」

「……!?」

「国を統治する者として、土地の魔力を無闇に吸い上げるというのは、一番やってはいけない愚策だ。むしろ、リーナ達はこんな環境で、一体どうやって生きてきたんだ」

「そ、そんなことを言われても……」


 アンジェリーナは動揺しながらも、ラインハルト第二王子を見る。

 彼はあごに手を当て、言葉を選びながらゆっくりと答えた。


「……我が国の大地は枯れているので、作物の増産は諦めている。魔獣や獣が食べるような、味が悪く冷害に強い作物は育つが……食物の供給は、全面的に他国からの輸入で賄っているな」

「輸入した食べ物の保管方法は? 普通に置いておくだけだとすぐダメになるだろう」

「生鮮食品に関しては、銀製の底ばりをした箱か、特殊な紋様を刻んだ陶器の壺などで保管する習わしになっている」

「え? 食べ物って、すぐに銀箱に入れて保管しますわよね?」

「リーナ。食べ物を銀箱保管するなんて、他の国では聞かない習慣だ」

「そうなの?」

「収穫したトマトをただの机に置いて放置するとどうなる?」

「魔法陣を敷いた侯爵邸内だと長持ちしますけれど、外に野晒しにしたら2日で風化しますわよね?」

「……ラインハルト。国民の平均寿命は」

「男性56歳、女性61歳」

「ラマディエールでは男性68歳、女性72歳だ」

「え? 人間って70歳を超えて生きられますの?」

「……」


 厳しい表情のニコラスに、アンジェリーナはようやく、この国の置かれている歪な環境に気がつき始める。


 初代ライトフット国王ラジェルドが作ったという、王家の秘宝。


 その効力は確かに稀有な物だ。


 しかし、国王として、国の魔力資源を代償として設定するのは如何なものなのか。

 国王なら何をしてもいいのか?

 この爆弾のような魔道具を使いこなせる者が後世に現れると、しかも自分の子孫に限定して、期待した……?


「とんだ甘ちゃんの間抜け野郎ですわ!」

「とんだ甘ちゃんの大間抜け野郎だな」

「とんだ甘ちゃんの大間抜けクズ野郎だ」

「皆さん、不敬ですよ」


 (けな)す三人を(たしな)めたのはオルトヴィーンだ。しかし、その顔には満足げな表情を浮かべている。


 一方、テレーザは突然の三人の団結具合に目を丸くしていた。


「皆、本当に仲良くなったのね」


「いや別に」

「テレーザ、そんなことはない」

「テトトロン公爵令嬢、心外です」

「…………この三人、絶対に仲がいいのに……」


「本当に……いつもアンジーの周りは人で溢れてる。清廉潔白で、明るくて、前向きで……」

「……テレーザ?」


 様子のおかしいテレーザに、アンジェリーナは眉をひそめる。

 それに対して、テレーザは、ふわふわと髪を揺らしながら、穏やかに笑った。


「私は、ずっと一人だったの」

「テレーザ」

「私、ずっと一人で見てきたの。オルクス卿がこの扉を開くたびにここに呼ばれて、みんなの命を使ってこの魔法が起動するのを、私はずっと。水晶に吸い込まれて、物言わぬカルロス様の横で。一人で!」


 ずっと微笑んでいるテレーザ。

 しかし、アンジェリーナにはそれが、泣き顔に見えた。


 アンジェリーナは、つい、テレーザに向かって一歩踏み出した。


 友人に――親友に近づくために、歩みを進めたのだ。


 とても、不用意に。


「――リーナ、だめだ!」

「えっ……」


 駆け寄ってくるニコラスの手は、しかしアンジェリーナには届かなかった。


 気がつくと彼女の足元まで魔法陣が伸びていて、紫色の輝きが、広間を覆う。


 その瞬間、世界の音が止まった。


 魔法陣の外にいる、ニコラス、ラインハルト第二王子、オルトヴィーンは、まるで人形にでもなったかのように動かない。


「な、なに……これ……」


 アンジェリーナは震える手で魔法陣の外へ手を伸ばすけれども、魔法陣を中心としたドーム型の見えない壁に阻まれ、外に出ることは叶わなかった。


「アンジー」


 アンジェリーナは、心臓が飛び出すかと思った。

 後ろから聞こえたのは、彼女の親友の声。

 いつもアンジェリーナを安心させてくれるその声が、今は何よりも怖い。


 涙目で振り返るアンジェリーナに、テレーザは失笑した。


「少し、二人でお話ししましょう?」


 そう言うと、テレーザはアンジェリーナの真似をして、コテンと首を傾げた。





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