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41 台座の間




 長い通路を抜けたアンジェリーナ達の目の前には広い空間が広がっていて、その一番奥に、重厚な石の扉が存在していた。


 その石の扉には、模様が彫られていた。

 大きく描かれているのは、二匹の獣だ。複数の手が生えたその獣は、それぞれの手に人を捕まえている。そして、中心部に描かれた祭壇に、二人の王冠を被った人間が載せられている。


「これは、先日まで認識阻害の効果を持つものとされてきた模様です。今では阻害の効果は、影も形もありませんがね」

「どうして効果がなくなったの?」

「ラマディエールに聖女が現れたからとのことですよ」

「聖女様が?」


 アンジェリーナがニコラスを振り返ると、ニコラスは肩をすくめる。


「これは聖女の選定方法を描いたものだ。聖女とその伴侶が選ばれるまでは、世界の法則(ルール)によって、認識することができないものだった」

「今は選ばれた後だから、見えるってこと?」

「大体そんな感じだ」


 それ以上話す気がなさそうなニコラスに、アンジェリーナは首をかしげる。

 扉絵の祭壇に乗せられた人間は二人。

 片方が聖女で、もう片方がその伴侶ということだろうか。


 オルトヴィーンは広場の中心にある、アンジェリーナの腹部くらいまでの高さの正方形の石――台座に近づく。

 彼は懐から巾着袋を取り出すと、五種類の石を取り出した。


「ヴィー、それはなぁに?」

「国内にある遺跡から算出される宝石や鉱石です。初代ライトフット国王ラジェルドが生前に(おとな)った順に、この穴に並べます」

「へえ。これ、この溝にはまるサイズに削ったのか。凄いな」

「……」


 沈黙のオルトヴィーンに、ニコラスはアンジェリーナに目で合図を送る。


「ヴィー、もしかして相当大変だったのね?」

「はい」

「どのくらいかかったの?」

「忍び込める日は限られてましたから。削りながら調整して三ヶ月ほどでしょうか」

「……!?」

「ヴィー、それは正規の手順なのか? 石を削るところからやれと、初代国王は……?」

「鋭いですね、ラインハルト様。私は地図を持っていませんからね。各遺跡の最後の鍵を開けられないんですよ。ですから、こうして代用品を作ったんです」

「それは……凄いな」

「本当に凄いわ! 地図がなくてもここまでやり遂げるなんて……ヴィーのやることって本当に、いつも浪漫があって素敵ね」


 ラインハルト第二王子とアンジェリーナの素直な賞賛に、オルトヴィーンは満更でもなさそうな顔をする。実はオルトヴィーンは、幼い頃から、こうしてこの二人に褒められるのが大好きだった。今も二人に褒められて、かなり浮かれている。「フフン」という声を抑えるので必死である。

 そしてその浮ついた様子は、ニコラスが褒めた時とは雲泥の差であった。流石のニコラスも、若干不満そうな表情を浮かべた。


 オルトヴィーンはそのまま、石を台座にはめ込むと、台座の上に光の文字が浮かび上がった。



 ――地図を、示せ。



「……なるほど。あんたはここで詰まったんだな。それを、テレーザ嬢が手助けした」

「分かりきったことを言わなくても結構。――さあ、ラインハルト様、こちらへ」

「あ、ああ」


 ラインハルトが台座の前に立つ。

 すると、オルトヴィーンが魔力を固めて黒いナイフを作り出し、ラインハルトに手渡した。


「ラインハルト様。申し訳ありませんが、指を切るなどして血を出していただけますか。ささくれから滲む程度の量で大丈夫です」

「……分かった」

「血が空気に触れましたら、呪文を唱えてください。古代ライトフット語なので、よく聞いてくださいね。『時の流れに打ち勝つもの、継がれしものを映せ』」

「――『時の流れに打ち勝つもの、継がれしものを映せ』」


 中指の腹を切り、血が滲んだところで、ラインハルト第二王子はオルトヴィーンに言われるがままに呪文を唱えた。


 唱え終わった瞬間、ラインハルトの血から金色の光が溢れ、目の前に映像が現れた。


 それは、羊皮紙の映像だった。

 ところどころ虹色に輝くその羊皮紙の隣には、金色に輝く羽ペンがついている。


 その羽ペンは勝手に動き、映像の中の羊皮紙に、古代ライトフット語で文字と図を描き出した。

 光を散らしながら図が出来上がっていくその不思議な光景を、アンジェリーナはうっとりしながら見つめる。

 一方、自らの血液を元にその映像を生み出した本人は、狼狽えた様子だった。


「……これ、は」

「なるほどな。王家の秘宝を使えるのは王族のみ――それだけじゃあなく、秘宝のありかを記した地図自体も、その血に仕込みをしていた訳だ」

「そうです。しかもこれは、王家の血を引いていれば誰でも有するというものではありません。他にも条件が設定されています」

「へぇ、そこは一応考えているんだな」

「初代ライトフット国王ラジェルドは甘ちゃんの間抜け野郎ですが、血が薄まった遠縁にまで地図を渡すほど馬鹿ではなかったようですね」


 オルトヴィーンがラインハルト第二王子を見ると、ラインハルト第二王子はため息をついて肩を落とした。


「初代国王に対して不敬だぞ、ヴィー」

「これだけ後世に迷惑をかけているのです。これくらいは当然ですよ」

「……そうか。……地図が授けられるのは、王宮にある戴冠の間で正式に戴冠したライトフット国王。あとは、国王の2親等以内の者に授けられるものと伝わっている」

「……え? それって……」


 目を見開いたアンジェリーナに、オルトヴィーンはクスリと笑う。


「先に扉を開きましょう」

「……え、ええ。そうね」

「ラインハルト様。さあ、その地図に命じてください。『扉を開き、道を繋げ』と」

「『扉を開き、道を繋げ』」


 ラインハルト第二王子の声に反応して、羊皮紙に書かれた図が消え去った。そして、白紙になった羊皮紙に、金色の羽ペンは魔法陣を描いていく。

 魔法陣が完成すると、金色の羽ペンは魔法陣の中に溶けて消えてしまった。

 そうすると、魔法陣が紫色の光を放ちながら、くるりと丸まって台座の上に吸い込まれる。

 アンジェリーナがあっと声をあげそうになったその時、 重厚な扉が意外と軽い音を立ててゆっくりと動き出した。

 扉の奥には、台座の広間よりもさらに広い空間が存在しているようだった。

 扉の奥から紫色の光が淡く漏れている。


 そして、アンジェリーナは息を呑む。


 扉の奥は、無人ではなかった。


 幾重にも張り巡らされた魔法陣の中、部屋の中心に立つ人物は二人。


 その一人が、扉の外にいるアンジェリーナに目線を走らせ――ふわりと、笑ったのだ。


 いつもと変わらぬその笑顔に、アンジェリーナは唇を噛む。


 何故。


 どうして。



「いらっしゃい、アンジー」



 深みのある茶色の髪を揺らしながら、彼女は笑う。



「待っていたわ。ずっと、待っていたの」



 公爵令嬢テレーザ=テトトロンは、そう言って、侯爵令嬢アンジェリーナと向き合ったのだった。




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